【第47話】大切なもの

「馬鹿! バカバカバカバカ!」


 ドスドスと鈍い音が病室に響き渡る。


「そんなに殴ったら悪化してしまうぞ」

「くうううっ……!」

「すみませんでした……」


 目が覚めたアイは、まるで女性とは思えないほどの力で僕を殴った。


「リュウキも反省しているんだ。許してやれ」

「良かった、良かったよおお!」


 彼女は相当心配していたようで、半泣きで殴ったかと思えば、今度は大泣きで僕に抱きついてきた。これはこれで痛い。


「さて、この娘の気が済んだところで聞きたいことがある」

「……」

「あの魔女は霊魂をどうするつもりだ?」

「分からない。最初は封印するつもりだと言っていたけど、本当の目的までは……」

「そうか」


 ソルボンは立ち上がり、扉に手をかけて立ち止まる。


「リュウキに言い忘れていた事があった。彼女は、清水アカリは3年前に家族から死亡届が出ていたそうだ」

「え……」


(アカリは死んでる……?)


 何がどうなっているのか全く理解できなかった。今まで話していたアカリはということで、彼女に想いを寄せていた僕の気持ちはどこに向かえば良いのだろうか。

 最早言葉は出ず、涙すらも出てこなかった。


「リュウキくん……」

「大丈夫です」

「そんなわけないよ。私もソルボンも吉川も彼女の本当の姿に気付けなかった。これは私たちの責任でもあるわ」

「……」


 アイさんの慰めは、右から左へと通り過ぎる。僕の心にはポッカリと穴が空き、そこには少しずつ怒りが溢れ始めていた。


 あれから数日。両親が食べれるはずもない果物やお菓子を持って見舞いに来ていた。


「気分はどう?」

「良くないよ」

「ご飯は食べられてるか?」

「あんまり」


 実に淡白な会話だ。2人は盛り上げようとしてくれているが、今は楽しく会話をする気分ではない。そんな僕に父が追い討ちをかけるように話し始めた。


「リュウキ。バイトは辞めなさい」

「は?」

「ちょっとあなた……」

「お前の事を心配して言っているんだ。今回生き延びれたのは奇跡に近い。一歩間違えれば命を落としていたのかも知れないんだぞ!」


 父は目に涙を浮かべながら語気を強めた。

 実の弟を亡くした父からしてみれば、当然と言えば当然のことだった。だが、僕にはまだやる事が、やらなければならない事がある。


「父さんの言う事は分かる。だけど、僕は奴に裏切られた。その踏み躙られた僕の心はもう戻らないんだ。その仮を返さないといけない」

「普通の生活に戻ろう。俺も母さんもお前を二の次にして、かまってやらなかった。父さんな……今の仕事を辞めて今度は2人のため、家族のために時間を使おうと思うんだ」


 それは、初めて聞いた父の本音だった。家庭を、僕をないがしろにしてきた父の言葉は信用に値するかどうかは定かではない。でも、初めて見る父の姿に僕の心は揺さぶられた。


「ごめんな今まで。3人で田舎に引っ越そう」

「父さん……」


 家族3人の温もりは、何者にも代え難い大切な存在だ。僕はその安心感から泣いた。直ぐ先に見え隠れする、狂気に気付くこともなく。

 


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