【第45話】現実の狭間

「あっ!」


 アカリが勢いよく指を刺した先には汚い小屋があった。木板で貼られた壁は所々穴が空いており、一見しただけでは人が住んでいるとは到底思えなかった。


「シャボンちゃん!」

「んだよお」


(この人がシャボンちゃん……?)


 アカリの声に出て来たのは、小さな老人だった。お玉杓子型に垂れた目と腹部まで伸びた白い髭は、いかにもといった雰囲気だ。


「久しぶりだね」

「なんだアカリちゃんか。どうぞ中に入って」

 

 小屋の中はカビ臭く、虫が飛び交っている。こんな所に長居はしたくないが、2人は積りに積もった話に花を咲かせていた。

 ひと通り再会の余韻に浸ったアカリは、本題に入った。


「シャボンちゃんにお願いがあって来たの」

「結婚式の仲人は無理だぞ」

「真剣な話なの」

「わかっている。霊魂の事だろう?」


 見透かしたように鼻をふんと鳴らす老人。


「だが、それには協力できん」

「どうして?!」


 老人はどんよりとした視線を僕に向けた。その時に僕は気がついた。


 この人は老人じゃない。


「思ったよりも強力な彼氏を連れてるんだね」

「うん、リュウキは強いよ」

「そうか、君が……」

「……」


 老人は僕をじっと見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。


「montrez votre vrai moi」


 小屋は一瞬にして清潔感のある広い部屋へと変わった。これは時計塔でも経験した魔術だったので大して驚きはしなかった。


「なんだ、驚かないのか」


 振り返るとそこには、小さな少女が不服そうな顔でこちらを見上げていた。


「やはりアレが真の姿ではなかったのですね」

「というか別人だな。ここは君たちの想像の中。よって私は実在しない者だ」

「つまり……これは夢?」


 ピクリと口角を上げ、少女は首を横に振る。


「近いが違うな。夢というのは言わば並行世界。君がその現実を経験するまでは、常にいくつかの世界が同時に起こっている」

「は、はぁ……」


 画面の向こうの皆さんが少々混乱し始めたところで、話を戻そう。


「アカリちゃんは霊魂コレをどうしたいんだ?」

「封印する。だからここに来たの」

「私には無理だ」

「どうして?!」

「分かっていたはずだ。私には出来ないと。君のはなんだ?」


       ★


 階段を駆け上る音。上がった息は心拍音を超える。


「ソルボン!!」

「騒がしいな」

「リュウキ君が……」

「まさか」

「どこにも居ないっ!」


 2人は事務所から飛び出した。

 側から見れば、家出をした子供を探し回る夫婦に見えなくもないが、事態はそれ以上に深刻だ。


「どうしよう……もし見つからなかったら、吉川に顔向けできなくなっちゃう」

「大丈夫だ。生きてはいる。相当遠いのだろう。場所までは分からない」

「まさか、魔女に?!」

「そうだとすればリュウキの身が危ない」


 空には雲が漂い始め、今にも雨が溢れ落ちそうに震えていた。



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