【第42話】体貌

 アカリの魔術は想像を遥かに超える力を持っていた。

 転がっている死体に呪文を唱えると、それはムクっと起き上がり、生きている人間のように自らの足で家を出て行った。


「アカリってもしかして……」

「ん?」


(あの時……)


「いや、めちゃくちゃ強いなって」

「そんなことないよ。水口くんがいなかったらやられてたもん」


 にっこりと笑った顔に何故か恐怖を覚えた。

 

「話っていうのはそれのこと?」

「それもなんだけど……水口くんって何か探してる?」


 探しているかと聞かれれば思い当たる節はいくつかあった。連れ去られたままの吉川と、それから……僕はゆっくりと頷いた。


「そっか、探しているのってもしかしてコレ?」

「え……」


 彼女の手にあるのは、この世のものとは思えないほどのオーラを纏った四角形の鉄の塊だった。それは僕が訓練で開けたそれに酷似しているが、僕にも分かるほど魔力量が桁違いの代物だった。


「まさかそれって」

「やっぱり探してたんだね」

「どうして……アカリは味方じゃ無いってこと?」


 彼女は霊魂を懐に仕舞うと、姿勢を正すようにして僕の目をじっと見た。


「味方かどうかは水口くん次第だし、敵は私じゃないことは確かだよ」

「それで、僕に会いに来た理由は?」


 ふうと大きく深呼吸をして瞼を閉じる。

 僕は彼女が次に発する言葉が怖かった。今までとは違う胸の鳴り方。ドクドクと耳の裏に心臓があるような感覚だ。


「私と逃げてほしいの」

「逃げる……?」

「私は魔女で水口くんは魔術師。さっきの戦いを見ても私たちの相性はすごく良いと思うし」

「で、でも」


 正直、僕はアカリが信用できなかった。怖いと言う方が正しいかもしれないが、2人きりで逃げるとなると大きなリスクがある。


「私が信じられない気持ちは分かる。だけど私は水口、いやリュウキが好きだし、信じてる。今までずっと1人だった私の心を癒してくれたのはリュウキだったの」

「そうかもしれないけど……」


 ここまで言ってくれたんだし、信じるべきなのかもしれない。でも、どうしても気になることがあった。


「ひとつ聞かせて欲しい」

「なんでも答えるよ」

「イギリスにいたのはいつ?」

「リュウキとちょうどすれ違いだったはずだよ」

「そっか……」


 それが本当か嘘かを見破る術は無い。でも、僕は彼女を信じることにした。


「わかった」

「信じてくれる?」

「うん。でも、2人だけじゃ逃げきれないと思う。だから皆に助けてもらおう」

「それはダメ」


 アカリは真剣な表情で首を大きく横に振った。


「私はどうしてもあの女を信用できない」

「アイさんのこと?」

「うん。彼女の正体は私の魔眼でも見通せないし、調べても出生がまるで分からないの」


 確かに危険な匂いは微かに漂っている。彼女はおそらく人間でも魔女でも無い。それは僕にも分かっていた。


「そっか」

「ごめんね我儘で……」

「良いんだよ。アカリを信じるって決めたから」

「ありがとう」


 よかった。いつものアカリの笑顔だ。

 そうして、僕たちは街を後にした。



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