【第40話】沁みる訓練

 異常なほどの忙しさに忘れていたが、バイト代ってどうなってるんだろう。吉川はいないし、時給で言ったら最低賃金でもかなりの額になっているはずだ。僕は、そんな疑問を抱えながら、今日も今日とてバイトに向かう


「お疲れ様です」

「おっすう!」


 吉川が消えてから沈みがちになっていたが、今日はやけに上機嫌だ。


「アイさん」

「なーにー?」

「ソルボンは?」

「ああ、もうすぐ帰って来ると思うよ」

「そうですか。あの、アイさん」

「なーにー?」

「僕の給料って……」


 ガッシャン!

 その時、階段から大きな物音がした。


「あ、帰ってきた! 悪いんだけどソルボンに手を貸してくれる?」

「はい……」


 前にもこんなことがあったような……。僕が急いで階段に向かうと、御老体には手に余る、大きな木箱を抱えたソルボンがいた。


「はあ、はあ、リュウキ……来ていたか」

「今来たところで」

「はあ、はあ、はあ、悪いが手伝ってくれるか?」

「わ、分かった」


 棒アイスを片手に、「ここに置け」と指示を出すの元、僕たちはやっとの思いで木箱を事務所に運び込んだ。


「いやあ、悪かったねソルボン」

「呪ってやる」

「それは、冗談……だよね?」

「もちろん」


 もちろん、の続きが気になるが今はそんな事を言っている状況ではない。流石の僕にも、この木箱に入っているモノが危険だと分かった。


「あの、これって……」

「リュウキくん気づいた?」

「はい……これほどまでに大きな魔力は見たことがありません」

「それが今回の目的だよ」

「目的ですか」

「うん! まだリュウキくんには魔眼の力が少ないからね」


 『魔眼』あの犬に言われた魔力を視認することのできる能力。ほとんどの魔術師は初歩の初歩で身に付くものらしい。


「この中にはそれぞれ大きな魔力の呪物から小さな魔力の呪物まで入っている。それを使って訓練をしようというわけだ」

「なるほど……で、どうすれば良いんですか?」

「リュウキも知っていると思うが、魔力にはそれぞれ性質がある。その性質を魔眼で見極めてもらう」


 そうして魔眼を手に入れるための訓練が始まった。内容はシンプルだが、簡単そうに見えてとても難しい訓練だった。気が付けば夜も更け始めていた。


「さて、今日はここまでにしようか」

「はい」

「疲れたか?」

「目が痛いです」

「だろうな」

「はい、アイス」

「ありがとうございます」


 カップアイスを受け取り、熱を帯びた目に当てる。声が出るほど気持ちがいい。というか声が出た。


「ああー」

「おっさんみたいな声出さないでよ」


 アイさんが笑いながらスプーンをくれた。目の熱で溶けたアイスを頬張りながらソルボンの話を聞く。


「時計台から魔女の行方を掴んだとの連絡があった。魔術師数人が作戦を練り、魔女の制圧と霊魂の回収に向かう」

「もちろん私たちも向かうよ」

「いつです?」

「今週末だ」


 いよいよ決戦の時が近づいてきて、ようやくこの生活ともおさらばできる。そんな呑気な考えは、僕を地獄へと叩きつけた。


 事件は次の日の夜に起きた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 おかげさまで、遂に第一章が完結いたしました!

 この場をお借りして御礼を申し上げます。本当にありがとうございます。


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