【第27話】陽動
「作戦の決行は、明朝5時だ。各員はこの資料を確認し、自身の立ち位置や陽動の訓練に励んでくれ。以上だが、質問のあるものは?」
「あ、あの……」
「作戦に不慣れな者は、この後別で説明をする」
「……」
「他に質問が無ければ散会とする」
僕は、会議終了と同時に彼に話しかけた。
「あの、僕はどうすれば……」
「案ずることはないさ。言わば君は、後方支援の後方支援だ。何か非常事態が起こった時に私の手伝いをしてもらいたい」
「わ、わかりました」
「よろしい。早速だが、ソルボンが君を待っているようだから行って来てくれ」
「ソルボン?」
「やっと来たか。チームの雰囲気はどうだ?」
「何が何だか分からなくて……」
「それはそうだろうな」
ソルボンは少し笑いながら僕の肩を叩いた。ふと、そんな彼の後ろにある書物が目に入った。
「それは?」
「ああ、これか。これは、君の役に立つものだ。持っていなさい」
随分と年季の入った赤茶色の表紙には、『A ceux qui sont des démons et des héros』と書かれている。
「なんて書いてあるんです?」
「フランス語で、『悪魔であり英雄である者たちへ』と書いてある」
「僕、フランス語読めないんですけど……」
「読めなくてもよい。ただ、持っておくだけで良いんだ」
「は、はぁ」
気休めにしかならないが、お守りのようなものだと解釈した。しかし、コレがただの本ではないと気付いたのは、作戦決行時間の数分前のことだった。
「全員集合したな」
気合い十分の魔術師たち。その中に、僕やソルボン、アイさんもいる。いよいよ、敵陣へと向かう時間になった。朝は苦手だったが、今回ばかりは、妙に頭が冴えてスッキリとした感覚だった。
「作戦決行までは各自待機。時間になり次第、それぞれ飛行魔法で向かってくれ。それと飛行魔法が使えない者にあっては、誰かと一緒に行くように」
最後のは、完全に僕に向けられた言葉だ。
「リュウキくんは私とね」
「はい!」
アイさんが飛行魔法を使えて良かった。
「でも私下手だから、酔っちゃったらごめんね」
「え……」
前言撤回だ。飛行魔法の上手い魔術師に連れて行ってほしかった。
「それでは、カウントを始める!」
遂に戦場へと向かうことになる。僕の心拍数はドンドンと早くなっていく。
「5、4、3、2、1……GO!」
グルグルと白煙を出しながら、魔術師たちが飛び立つ。
「リュウキくん!」
アイさんの手を握り、僕たち2人も飛び立った。朝焼けがゆっくりと空を染め始めている中を、貫くようなスピードで飛んで行く。空の旅は快適とは言えなかったが、初めて見る景色はまるで天国のような景色だった。そんな景色も徐々に暗くなる。
「よいしょっと」
僕たちは、吉川とジャックの捕えられている廃工場の近くの草陰に降り立った。
「酔わなかった?」
「はい、平気です」
ニッコリと笑ったアイさんの顔は、すぐに険しい顔へと戻った。
「リュウキ……」
アルバースが僕を呼び、アイさんとは一旦お別れとなった。アイさんは何も言わなかったが、小さく頷いた。僕もそれに答えるように頷いてから、アルバースの元へと向かう。
「君は私の後ろにいなさい」
「はい……」
緊張からか、あるいは小声だからか、声が上手く出せない。
アルバースがステッキを空に突き上げると、大きな雲がゆっくりと降りて、辺りは霧で包まれた。
「各員陽動初め!」
掛け声と共に魔術師たちは、杖を工場に向け、魔術を行使した。見張りの者が異変に気付き初め、工場内も慌ただしくなる。
「「グゴゴゴゴゴ……」」
「「キイイィ……!」」
虫や動物、植物の魔獣が工場に傾れ込み、陽動の第一段階を突破した。このまま、第二段階に進もうとした時、それは起こった。
陽動部隊を取り囲むような気配と共に、霧の中から彼が現れたのだ。
「どういうこと……?」
気付いていたのは僕だけではないようだった。
「なんでだ?!」
「どうして……」
「どうして、ジャックがここにいるんだ?!」
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