【第22話】魔術の聖地

「早速だが、今夜出発する」

「今夜か……」

「時差もあるだろうが、急がなければならない」

「そうだな」

「我々の部屋はあるのかな?」

「もちろんだ。長旅になるだろうから、君たちの分のも用意してある」

「やったぁ! テント最高!」


 随分とご機嫌なアイさんだった。

 ジャックは、ステッキを振るって、僕たちを客人用の部屋に現界あんないした。部屋はまるで、高級ホテルのスイートルームだった。大きな部屋にはさらに扉がいくつもあり、ふかふかのソファにふかふかのベッドまで完備してある。


「うわあ」

「気に入ったかい?」

「はい! すごく綺麗ですね」

「それは良かった。じゃあ、私は部屋に戻るが、どこかに行く時は暖炉から出られる」

「わかった。また後で」


 ジャックは、にっこりと笑ってから白煙となって消えた。


「ふわぁ、疲れたなぁ」

「あの、アイさん」

「なにー?」

「さっきテントって言ってたのは……」

「ああ! テントねぇ、楽しみだよね! 」

「楽しみではあるんですけど、そんな大きなテントあるんですか?」

「なるほどねっ」


 アイさんの口角がくいっと上がった。


「お・た・の・し・み。お楽しみ」

「は、はぁ」


 そう言いながら手を合わせたアイさんだったが、僕の反応の薄さにジェネレーションギャップを感じたのか、悲しい表情になった。


「リュウキ」

「は、はい!」

「君は、怖くはないのか?」


 ソルボンからの不意の質問に、自分でも不思議に感じた。


(確かに、何でこんなになんだろう……アイさんの雰囲気に流されてるのか? それともまだ実感が湧いていないだけか?)

「リュウキくんの精神力は並の魔術師の比じゃない。彼の性質や特性からも言える」

「それは、そうかも知れんが……」

「そんなことよりソルボン」

「なんだ? 魔女よ」

「リュウキくんにそろそろ教えたら? 」

「そうだなぁ」


 3人が同じように腕を組みながら、僕を見つめてくる。


(ロンドンまで来て訓練かよ……)

「変身術の訓練をしよう」

「はい……」



 訓練は夜まで続き、結局ふかふかのベッドは、お預けとなってしまった。


(眠たいなぁ……)

「リュウキくん!」

「ありがとうございます。何ですかこれ?」

「イギリスと言えば、フィッシュ&チップスでしょ!」

「へぇ、いただきます」

「どーぞどーぞ」

「美味しい!」

「でしょお」


 訓練のおかげで、食事もろくに口にしていなかったので、2割り増しの美味しさだった。いや、今まで食べたことがないので何とも言えないが。

 そんなことをしながら、ジャックを含めた5人は鉄道入り口へと進んでいた。


「あ、あの」

「ん? どうした?」

「他の皆さんはどこへ?」

「彼らも来ているんだ。姿を消したり、変身しているだけだよ。あんな白い連中がゾロゾロ歩いてたら目立つだろう?」

「確かに」


 惚れそうなくらい、優しい笑顔のジャックの表情が歪んだのは、鉄道の階段を降りようとした時だった。


「リュウキ、しゃがんで!」

「……?!」


 ガシャンと音を立てて、ナイフが壁に衝突した。何が起きたのか分からなかったが、僕の背後の建物に、黒いもやが薄ら浮いていることに気がついた。


「あそこ!」

「俺が行く」


 僕が指を差すと、血管を浮き上がらせた吉川が靄の方に走って行った。


「ここは危険だ。一旦、どこかに入ろう」


 僕たちは、近くのカフェへと入る。しかし、吉川はなかなか帰って来なかった。





 

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