【第21話】旅行

「早く早く! 」

「は、はい」


 事務所には、既に準備万端のアイさんと吉川がいたが、ソルボンの姿が見えない。


「さあ、行こうか」

「ソルボンは?」

「彼とは向こうで合流する」

「そんな事より早く行こうよ!」


 いつもに増してウキウキのアイさんの目の前には、高級感のある箱がある。吉川が箱を開けると、中には古びた鍵が一本入っていた。


「じゃ先に行ってるね!」

「向こうに着いたら安全を確保しておいてくれ」

「あいあいさ!」


 アイさんは鍵を手に取ると、何もない空間に差し込むようにして手首を捻った。その瞬間、空間が歪んだかと思うとアイさんは鍵を残して消えてしまった。


「消えた!」

「まだ、驚くところじゃないぞ」


 吉川は、床に落ちた鍵を拾うと、僕に差し出した。


「君の番だ」


 僕はアイさんの見様見真似で、鍵を空間に差し込み、手首を捻った。そこには何もないはずだが、錠が開く感覚が僕の手に伝わった。それと同時に無数の光が僕の周りを包み、それは次第に目を開けるのも億劫なくらいに強い光を放った。閉じた瞼から溢れる光は次第に弱くなった。


「元気?」


 目を開けると、笑顔のアイさんが僕を覗き込む様にして立っていた。僕は驚いた。アイさんに驚いたのではなく、アイさんの後ろの景色に驚いたのだ。


「ここは……?」

「ロンドンだよ! 」

「そう、ここはイギリスのロンドンだ」


 いつの間にか吉川も着いている。僕はテレビでしか見たことのない街並みに目が釘付けになっていた。


「ようこそ、霧の街ロンドンへ」

「久しぶりだな、ジャック」

「やあ、ヨシ」


 日本を流暢に話し、吉川と握手を交わすこのジャックという男は、時計塔の魔術協会のお偉いさんの息子であり、過去に吉川と仕事をしていた時期もあるという。


「ジャック? 私もいるんだけどお?」

「や、やあアイ」


 天真爛漫なアイさんには、流石のイギリス紳士もタジタジのようだ。


「そして、君がリュウキだね?」

「は、はい」

「ほう、ヨシの言っていた通りだな」

「良いだろう? 俺の弟子だ」

「そりゃあ羨ましい。ぜひ時計塔に来て欲しいものだな」


 吉川の弟子発言にも驚いたが、突然のスカウトを受けた僕はそれほどの男なのか、と少々気恥ずかしくなった。


「じゃ、行こうか。がお待ちかねだ」


 時計塔の中に入るのは生まれて初めてだ。というか、海外に来たのも初めてだけど。大きな歯車の隙間を通り、機械室へと進んでいく。機械室の前につき、ジャックがステッキで扉をなぞってから扉を開けた。


 扉の向こうは、外から見たよりも広い部屋が広がっており、天井には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。目を落とすと、神秘的なその空間に似合う老人がコーヒーを嗜んでいる。


「やっと来たか」

「やあ、ソルボン」

「さ、役者は揃ったな。会議を始めようか?」

「ああ」


 ジャックがステッキを振るうと、部屋は一変し、暗い個室になった。


「ここが私の部屋だ」

「ちゃっちいなぁ」

「アハハハ……」


 アイさんにはどうしても抗えないジャックだったが、直ぐに真剣な顔に戻る。


「事態は、非常に厳しい」

「奴らはどこまで嗅ぎつけている?」

「残りひとつの場所を突き止めているところまでかな」

「なんと……」


 その場の全員の顔が曇った。


「しかし、それは時計塔こちらも同じだ」

「それは朗報だ」

「じゃ、あの外道野郎よりも早く手に入れれば良いってわけだね」


 珍しく悪態を吐いたアイさんだっが、表情は至って真剣だ。


「その通りだが、準備がいる。どうやっても奴らとの戦いは避けられない」

「戦いと言っても、我々だけでは人手が足りん」

「それなら心配不要だ」


 ジャックはステッキで床を2回叩くと、僕たちの周りに白煙と共に白いローブを纏った魔術師たちが現れた。


「時計塔から世界各地の魔法教会に応援要請を出してもらった」


 自信に満ち溢れたジャックだったが、僕たちには不安しかなかった。



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