【第18話】強化

 今日は家を出た途端、アカリが出迎えてくれた。


「待ってたの?」

「ううん、家の前通ったら扉開いたから、水口くん出てくるかなぁって」

「そっか」

「うん! 学校行こ」

「うん」



 昨日の事で、僕の目に映るアカリがいつもと違って見えた。しかし、本人に言えるはずもなく、いつものように一日を過ごした。


「今日もバイト?」

「うん」

「そっか、忙しいね」

「アカリはバイトとかしないの?」

「私は家の手伝いしてるの」

「あ、そっか」


 アカリの家は、家族で飲食店を経営している。その手伝いを昔からしているらしい。


「じゃあ、また明日ね」

「うん」


 

 アカリと別れた僕は、真っ直ぐ事務所へと向かった。


「ううううむ」

「んんんん?」


 事務所に着くと、吉川とアイさんが何かを見つめながら唸っていた。


「なにしてるんです?」

「おっ! 我らのエースが登場した!」

「今日の仕事だ」

「これがですか?」

「ああ」


 2人の手元にあったのは、ただのだった。


(まさか、これを解くだけ……?)

「いや、違うぞ」

「ソルボン」

「これは私が入っていたものと似ている。つまり、呪物だ」

「これを開けようってわけだよ!」

「ただ、綺麗に開けるには強すぎる魔物だ」

「僕が壊せば良いって事ですね?」

「そういうことだな」


 ようやく僕の出番が来たか、と意気揚々とソファに腰掛けたところまでは良かったものの、昨日の木箱と違い、針金が組み合わさっているコレは、壊すにも壊しにくい。


「これ、難しくないですか?」

「難しい」

「うんうん」


 まったく、他人事ひとごとだ。ソルボンにヒントを貰おうと目を向けたが、コーヒーにハマっているらしく、楽しそうに豆を挽いていた。


(いっそ、手で壊せないのか?)

 

 僕は、知恵の輪に手を触れようとしたその瞬間、ソレは僕の手を避けるように動いた。


「え?! 動いた?!」

「そりゃ呪物だからな」

「うんうん」

「えぇ……」

「うわああ!」


 柄にも無く雄叫びを上げたのは、ソルボンだった。見ると、コーヒー豆を床にぶちまけていた。どうやら、使い捨てのコーヒーフィルターの加減が分からず、切れてしまったようだ。


「もう! ソルボン!」

「す、すまん……」


 その様子は、娘に怒られる親父といったところか。


(ん?)


 僕は、名案を思いついた気がした。

 呪物に手をかざし、手のひらよりも一回り大きめの蜘蛛を2匹出した。蜘蛛は、呪物が動かないよう糸で両端を縛りつけた。


「ほう、なるほど?」

「おお! 綱引きだね!」


 アイさんの言う通り、2匹の蜘蛛は呪物の両端をそれぞれ、反対側に引っ張った。これで、しばらくすれば金具が曲がり、壊れるだろう。



「壊れないな」

「蜘蛛さん疲れてるよ」


 10分ほど綱引きを続けていたが、壊れるどころか、曲がる気配すらない。蜘蛛の体力と僕の魔力は比例するようで、かなり疲れが来ていた。


「一回休もう」

「は、はい」


 蜘蛛を消した僕は、100メートルを全力疾走した気分だった。


「蜘蛛に力仕事は難しいな」

「そうみたいですね……」


 悔しいが、仕方がない。


「力が足りなかったなら、力を増やせば良いじゃないか」


 ソルボンがコーヒーを啜りながらソファに座った。


「それはそうですけど、今の僕の力では厳しいですよ」

「どう思うかな? 青年」

「俺に聞くのかい? そうだねぇ、確かにリュウキくんの魔力は一人前とは行かないけど7割以上の力はある」

「じゃあ、次はもっと大きい蜘蛛ヤツで試してみます」

「そうじゃなく、大きさよりもパワーだよ。君の力にもう一人分加われば良い話だ」

「誰か蜘蛛が出せる人がいるんですか?」

「居ないさ。だが、君自身の力を上げられる者は居るぞ」


 吉川の視線の先は、アイさんだった。アイさんは先程までの元気は消え、俯いていた。


「で、でも……リュウキくんには」

「何を考えてるんだこの石頭は」

「いでっ!」

「倍増まではいかなくても、その半分で十分だろう」

「そっか!」


 アイさんは突然僕の腕を取り、キラキラした目で見つめた後、思いっきり噛みついた。


「痛い、痛い!!」

「ちょっとまっふぇふぇ」

 

 痛みを例えると、蜂に刺された時ってこんな感じだろうか。

 ようやく腕を離したアイさんの口は、ケチャップをつけたかのように赤く染まっていた。当然ケチャップなどではなく、僕の血なのだが。


「いきなり何するんですか?!」

「めんごめんご! 」


 反省の色がまるで見えない。


「さあ、もう一度やってみなさい」

「この状況で?!」

「ああ」

「は、はぁ」


 当然の事のように言われ、僕もそれに流されてしまった。

 先程と同じように、蜘蛛を出し、綱引きを始める。ものの数秒、カチャンという音を立て、知恵の輪は破壊された。あまりにも呆気なく終わったので、僕は拍子抜けしてしまった。


「なんだ?」


 僕は、壊すことに夢中で、が出てくることをすっかり忘れていた。



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 ご覧頂きありがとうございました😊

 作者は蜘蛛嫌いなのですが、この話を書いていて、好きになりそうです。見たくないですか?蜘蛛の綱引き。あ、でも、デカいのか。

 やっぱり嫌です。

 あ、あと、作者は蜂に刺された事ないです。


 またお会いしましょう♪




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