【第14話】結ばれぬまま解けもしない

 僕の身体は連日の訓練で疲弊しきっていた。


「水口くん、水口くん」

「んん…?」

「授業全部終わったよ」

「うそお……マジで……?」


 大きめのあくびをかいてから、重大な事に気がついた。


(しまった! アカリに貰った弁当食べてない!)

「ごめん、お弁当食べるの忘れてた!」

「あ、良いよ。最近疲れて、ずっと寝てるもんね」

「バイトが忙しくて……今食べても良い? 」

「うん、あ!!」


 思いついたように、アカリが大きな声を上げた。


「今日バイト休みなんだよね?」

「そうだけど、どうして知ってるの?」

「朝自分で言ってたじゃん!」


 頬を膨らませたアカリも可愛い。じゃなくて、そんな事を言った記憶は全くないが、何となく思い出したように見せる。


「ああ、そうだったね!」

「だからさ……この後、公園とか行かない?」

「良い…けど……」

「やった! じゃあ行こ!」

「う、うん」


 アカリに手を引かれたまま、学校を出て近くの大きな公園に向かった。人生初めてのデートは、公園でアカリお手製の弁当を食べる事になったわけだが、公園に着き、弁当箱を開けると、謀ったようにサンドイッチが入っていた。


「え! 凄い!」

「えへへ、偶然だね」

 

 嬉しそうに笑うアカリ。そんな姿を見ていると、僕まで照れてくる。


(可愛い……好き、なのかな)

「そんな見ないでよ」

「あっごめん」

 

 アカリは耳を赤らめながら笑った。

 

「さ、食べて!」

「うん」


 アカリに対する気持ちは、僕の中で確かなものになっていった。


「うん、美味しいよ」

「本当? 良かった!」

「アカリ……」

「なに? 」

「……」

「どうしたの? 」

「一緒に食べようよ。2人で食べた方が美味しいじゃん? 」

「そう? じゃあ食べる!」


 結局伝えられないまま、アカリと別れた。

 不甲斐ないのは自分でも分かっている。でも、もし付き合えたとしても、ずっと一緒に居れるとは限らない。そんな別れを経験するくらいなら、思いは伝えないままの方が良いのではないか。そんな思考がグルグルと僕の脳内を巡っていた。


 

 バイトが無い平日は初めてだったが、家に帰れば、特にやる事はない。ゴリ…監督からもらった大学の資料を広げ、首を傾げてみる。推薦状は3校から来ているが、空手を続けるなら出来るだけ楽な方が良い。

 悩み疲れて、5分も経たないうちにソファに横になった。ゴロゴロとしていると、机上に置いてある空の花瓶が目に入った。


(できるかな……?)


 出来る自信は半々と言ったところか。ソルボンとの特訓で、一度だけ成功した織物魔術をやってみることにした。自主練習するにはちょうど良い環境だ。

 姿勢を正すと、瞳を閉じて綺麗な花を想像する。思い浮かんだのは、真っ赤な薔薇だ。その形を思い浮かべ、花瓶に手をかざす。


「うわあ!」


 中途半端に目を開けたのが失敗だった。花瓶の中には、赤くて小さな蜘蛛が生まれてしまった。


「なんだよ、もう!」


 手を逸らすと、蜘蛛たちは散り散りに消えていった。ソルボンとの訓練中も、蜘蛛ばかり生み出してしまう。そう簡単にいかないのは当然だが、こうも成功例が少ないと、やる気が削がれてしまう。僕は、冷蔵庫の扉を開け、オレンジジュースをラッパ飲みする。

 部屋に戻ろうと、大学の資料をまとめた時、花瓶の中にまだ蜘蛛が一匹だけ残っていることに気がついた。消そうと手をかざしたが、蜘蛛の様子が気になった。


「え、作ってる?!」


 その小さな蜘蛛は、糸を出しながら、明らかに何かを作っていた。しばらく眺めていると、ようやく完成し、蜘蛛は消えた。


「凄い……」


 花瓶の中には真っ赤な薔薇が一本咲いていた。


 

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