【第8話】偉人変人

 声の主はお察しの通り、この人形だ。


「名前はなんて言うんだ?」

「「この時代で通用する名前といえば……ソルボンヌとでも名乗っておこうか」」

「ソルボンヌねえ」

「ソルボンヌ……? ソルボンヌってソルボンヌ?」

「「だったら何だと言うのだ小娘」」

「小娘じゃないし!」


 口を尖らせたアイと吉川はわかっているようだったが、僕はこの名前を聞いてもいまいちピンと来なかった。


「あの、ソルボンヌって……?」

「何だ、知らないのか?」

「ソルボンヌ大学とか聞いたことない?」

「あるような、無いような」

「「全く、失礼な奴だな」」

「す、すみません……」

「ソルボンヌは中世パリを起源とした大学の名で、人の名前でもある。彼の名前は、ロベール・ド・ソルボン。有名な聖職者で、ルイ9世の宮廷でキリスト教徒に向けて聖書を教えていた者だ。表向きはな」

「表向き……?」

「「表も裏もない。悪い事をしていたような言い方はよせ」」

「こりゃ失敬。彼は地名にもなっている程有名な聖教師であり、魔法使いだ」


(そんな人が何故人形になってるんだ?)

「「人形になった理由は、楽だからだ。自分の足や魔力を使う必要がないからな」」

 

 恐らく、僕の考えていることは筒抜けのようだ。言わば、彼は歴史に残る偉人だ。しかし、今は呪物と成り下がっている。ただでさえ人形が喋るという異常事態に、様々なことが重なり僕はパニック状態だった。


「「まあ、そこにいる魔術師は分かっているだろうが、これから起きる災難を、ひと目見ようと思ってな」」

「それで僕に取り憑くってことですか?」

「「取り憑くという言い方は心外だな。君の役に立てると言うことだ。それに、もう君との契約は済んだ」」

「そうか、すまないリュウキくん。彼の魔力は金庫と人形に付いているものだと思っていたが、二層目の箱に付いていたらしい」

「え…?」

「触れるだけで契約しちゃうってこと?!」

「ああ、彼ほどの力があれば容易いことだろう。」

「え、全然分からないんですが……」

「簡単に説明すると君とソルボンは、魔法使いと使い魔の関係となったと言うことだ」

 

 簡単に説明されたところで、分からないものは分からない。


「「まあ、今すぐに分からずとも良い。それと、一点失念していたが、私が扱うのは黒魔術なのだが、大丈夫かね?」」

「くろまじゅつ……?」

「ソルボンよ、彼は魔術の心得は全く無いんだ。使い魔になったからには、一からご教示頂けるのだろう?」

「「何だと? しかし、この少年の魔力は……貴様まさか!」」


 吉川は、クククと笑って見せた。


「「はあ、承知した。この人形ハコは捨てて構わない」」

「そうか、それは良かった」


 そう言って吉川は、コーヒーを淹れると僕に差し出した。


「僕には水が……」

「ん? ああ、リュウキくんにじゃない。後ろの彼にだ」

「え、後ろ? 」


 僕がゆっくり振り向くと、黒いローブに金髪の老人が立っていた。


「merci.」


 コーヒーを受け取り、一口飲んでから僕を見た。


「私がロベール・ド・ソルボンだ。ravi de vous rencontrer.」


 そう言って手を差し伸べた。


「よ、よろしくお願いします」


 訳もわからず握手を交わした僕を吉川はニヤニヤと見つめていた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ご覧頂きありがとうございました!

 今日は良い天気でしたので2話更新しました(´>∀<`)ゝ

 それでは、明日も良い1日を。

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