【第5話】禍福は糾える縄の如し

 目が覚めると、時計は22時を回っていた。

 お腹が空いている事に気がつき、台所へと向かう。これから何かを作るのは面倒臭い。棚から買い溜めて置いたカップラーメンを手に取り、お湯を沸かす。何もしない時に待つこの3分は異常に長い。ぼうっと、どこでもないどこかを見つめながら完成を待つ。

 

 湯気の立ったカップ麺を啜りながら、スマホを開くと、一件の通知が来ていた。何の気も無しに通知を見る。


「失敗した……」


 思わず、独り言を漏らした。スマホを使ったことがある人間なら分かるだろうが、通知を押すと直接トーク画面を開いてしまい、相手に既読がつくのだ。

 さて、僕がなぜ失敗したと言ったのか。その理由は、通知の送り主がアカリだったからだ。


–ひま。起きてる?


 既読も付いてしまったので、とりあえず返信する事にした。


−今起きたよ

–お!何してるの?


 アカリはとにかく既読が早く、返信も早い。


–カップラーメン食べてる

–ちゃんと食べなきゃダメじゃん!

−作るのめんどくさいし

−まあそっか


 夕方のことは何も聞かれないので少しホッとした。どうやら僕の考え過ぎだったようだ。


−ねえ

−何?

−通話しない?

 

 これは予期していなかった。ここで断れば、やましい事があると思われかねない。


−良いけど

−やった!


 そのメッセージとほぼ同時に着信音が鳴った。


「もしもし?」

「もしもし! ごめんね急に」

「大丈夫だよ」

「……」

「……」


 話すことが無いのは目に見えていたが、かなり気まずい。今すぐ切りたい。


「あの、さ……」

「ん……?」


 嫌な予感がした。


「明日、お弁当持って行っても良い?」

「うん?」


 嫌な予感は外れたが、それは正に不幸中の幸いと言ったところか。今日、僕の為に弁当を持ってきてくれたアカリに対して、ガン無視を決め込んだにも関わらず、また持ってきてくれると言うのだ。


「え、でも……」

「今日の事は良いの! 私も空気読めてなかったから」

「いや、そんな事……」

「だから、明日はね! 学校に行く前に水口君のおうち寄るから。受け取ってくれる……?」

「分かった。ありがとう」

「やった! じゃあ、おやすみ!」


 アカリの嬉しそうな声と共に、通話が唐突に終わった。感情がゆらゆらと揺れる感覚は目眩に近い。僕には、これが正解だったのかよくわからない。そんな答えの無い問いを、伸びきったラーメンを啜りながら考えていた。


 結局、一睡もできずに朝を迎えた。

 制服に着替え、準備を済ませた後、玄関に向かうと、見計らったかのようにインターホンが鳴る。画面に映ったのは、アカリだった。画質が悪いはずのインターホンでもここまで可愛いと、逆に怖い。

 

 僕が玄関の扉を開けると、アカリは眩しい笑顔で出迎えてくれた。


「おはよ!」

「おはよう。早いね」

「あ、ごめん」

「いや、嬉しいよ」

「え……」

「あ、いや、その……」


 しまった。つい本音が出てしまった。


「これっ……!」

「あ、ありがとう」


 アカリは、弁当が入っているだろう袋を押し付けると、僕と目も合わさずに駆けて行ってしまった。


(やっちまった。)


 最高な朝だが、これから大変な一日になりそうな気がしてならない。


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 それでは。

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