315ピース分の気持ち
ひなみ
本文
厳格で寡黙な人だった。
歳の離れた長男である
良く言えば職人気質。悪く言えば頑固者。
私達の父親が亡くなったのは九年前。私が小学四年の頃だ。
深夜に突然、タクシーで病院に連れられ小さな部屋で最期を看取った。母が声を上げないようにして泣いていたのを今でもよく覚えている。
それからは大変だったと思う。母はいつも仕事に追われていて、帰宅は暗くなってから。学校行事に来られない事も多く、当時の私は我侭ばかり言って彼女を困らせていた。
*
六月のある日。大学進学とともに上京し新たな住まいとなった女子寮に私宛の手紙が届いた。機械音痴すぎる母は携帯での電話やメールがどうにも苦手らしく、こうして手紙を送ってくる事があるのだ。
『圭と
珍しく母にしては簡潔な内容だったものの、思い当たる節が一つだけある。今の時期を思えば長々と語りたくないのかもしれない。
手紙にあった指定日時に従って、私は二ヶ月ぶりに実家へと戻った。
「よっちゃん!」
「トモちゃん元気してた? 大学楽しい?」
「いまのところはねー」
この人は圭にぃのお嫁さん。良子だからよっちゃんと私は勝手に呼んでいる。
圭にぃは母の今後の面倒を見るからと、結婚を機にこの家に戻ってきて今は三人で暮らしているのだ。
「お
「いいえ、まだまだ良子さんには負けないわよ?」
よっちゃんはとにかく人当たりがよく裏表がない。母ともすぐに打ち解けて今では仲良く買い物にも行くようになった。私も彼女を姉のように慕っている。
彼女の力も借りつつ各部屋の不要な物を洗い出していく。
まずは居間から始まって台所や寝室、続けて二階の各部屋だ。
私が到着してからずっと動いているのもあって、圭にぃと春くんの表情にも疲れが見える。
階段を上がったところで、まだまだ元気いっぱいのパワフルよっちゃんとは別行動になった。
次に私達は父の使っていた書斎の片づけに取り掛かった。
春くんが、何かの賞の盾らしきものを次々とダンボールに入れる。私と圭にぃとで日に焼けた古い書物をビニール紐で一纏めにしていく。誰も口を開く事もなく黙々と。
「三人とも、ちょっといい? これはお父さんからあなたたちへの贈り物よ」
母は突然机の引き出しを開けた。中には、ジグソーパズルのピースが雑然とばら撒かれたように潜んでいた。
「贈り物って……こんなのが!?」
春くんが素っ頓狂な声をあげて、真っ先にピースを一つ摘まんだ。
「親父ってこういうの好きだったっけ?」
圭にぃは眼鏡の鼻当てを押し上げながら母に尋ねた。
「ええ、あなたたちは知らないはずよ。あの人は手先が器用だったの。それはもう毎週と言っていいほど組み立てていたわ」
「ん、でも……。他にはないよね?」
私は部屋を見渡した。けれどそれに該当するだろうものを見つける事はできなかった。
「完成させたらすべて捨ててしまうから残ってないの。じゃあ、三人で協力してやってみたら?」
「でも片付けの途中だよね?」
「大丈夫よ智代。ここまで進めてくれたし何とかなるわ。それにね、そのパズル……お父さんが頼んで作ってもらった特注品なのよ」
そう言い残して母は書斎から出て行った。
「どうしよっか?」
私が大体こう切り出す。
「あんまり気が乗らないなー。なんかもう眠くなってきたしさ……」
ふぁあと大きなあくび。春くんはいつもこうだ。
「特注品か。あえてそれを俺たちだけでやらせるのには、何か意味があるのかもしれない。智代は気にならないか? ハルは……そうだな。やる気になったら手伝ってくれ!」
そして、長男らしく率先しつつ無理強いをしないのが圭にぃだ。
寝ている春くんはいったん置いといて、私もパズルに取り掛かる事にする。
ああだこうだと喋りながら、少しずつピースを繋げていく。
同じ家でずっと暮らしてきたはずなのに、時が経つにつれてこんな風に遊ぶ事もすっかりなくなっていた。子供の頃を思い出せば楽しかった気持ちが鮮烈に蘇る。
「じゃあ、ここオレやるわ~」
いつの間にか起きてきた春くんも加わって、皆笑いながらパズルを組み立てていく。
そうして、ついに――。
「最後のピースは智代、お前に任せよう」
圭にぃからそれを受け取って、春くんに視線を移せばにこっと二度頷いた。
ちょうどその時母が部屋に戻ってきた。私は空いていた窪みをじっと見つめた後、ぐいと押し込む。
そこに浮かんだのは昔撮った写真の、私達きょうだい三人が並んで笑っている場面。私は完成する前の、半分仕上がった時から気付いていた。驚いた様子がなかった事から見て二人もそうだったのだろう。
けれど、ここにいる誰一人それに触れはしなかった。きっと私達は、それぞれの記憶の中に残る父のおぼろげな輪郭を手繰り寄せている。
「母さん、俺はこれをずっとこの家に残すよ。間違っても捨ててはいけないものだ」
圭にぃが母に対して柔らかな視線を向ける。
「そうならないように絶対に完成はさせないって、嬉しそうに言うのよ。鬼瓦みたいな顔しておかしいわ。あの人ったら本当におかしいんだから……」
そう言って母は私達に体を寄せていつまでも、いつまでも泣いていた。
*
「本当に行かないの?」
「いいからいいからー。こういうのは親子水入らずって言うもんなの。だから行っておいでよ、トモちゃん!」
手を振るよっちゃんだけを一人残し家を出て、私達は父が眠る墓前に佇んでいた。
命日のこの日は、毎年のように花やお供え物が沢山置いてある。
一年振りに見た墓石は、もうすぐ十年が経つというのに相変わらず綺麗だ。
何度思い起こしても厳格で寡黙な印象しか浮かんではこない。
けれど、私達は父があのパズルを作り完成させるに至らなかった真意を知った。今年は315ピース分の優しい気持ちを乗せて手を合わせる。
優しく風が
目を開ければ晴れ渡る青い空。
故郷の新しい夏はもう、すぐそこまで来ている。
315ピース分の気持ち ひなみ @hinami_yut
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