バイトの後で。
鳥宮奏
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ただでさえ深夜帯は人手が足りないのにホールが一人サボったせいで普段キッチンの僕が駆り出されることになった。そんなこんなで自分で溢したのに私に謝罪(?)を求める老人、それからいくら注意しても静かにならない高校生たちを僕は延々と対応するハメになった。
今日のバイトも散々だった。飲食は正直僕には向いてないかもしれない。
「ふう……」
吐き出した煙が仄かに冷たい夜に溶けていく。
点々と立つ電柱が僕の行く先を照らしてくれる。所々暗転しているのがなんだか自分の生末みたいで気分が悪かった。
大学生になってからこんなのばっかだ。恋人はいないものの、友達がたくさん出来てそれなりに楽しく過ごせているのに、空っぽだ。ただただすっからかんで、ずっと体に穴が開いてるみたいだ。
「あ、木村君」
「あ……」
咥えたまま立ち止まっていると見知った人が声をかけてきた。同僚の岡宮さんだ。確か一つ年上の専門学校生だ。
「これからシフトっすか」
「いやいや、君と一緒で終わったとこだよ。 一緒に働いてたじゃん……」
そうだったっか、完全に忘れていた。
「それにしても、吸うんだね煙草」
「まあ、一応」
「悪いぞー体に」
「そう言ってる癖に煙草咥えるんすね」
「ま、細かい事は気にすんなってことよ」
岡宮さんは慣れた手つきで火を付けると深く煙を吸い込んだ。
なんだ、この人も喫煙者なんだ。髪も染めてない清楚な印象だったから正直意外だった。
「……にしても何でヤニ吸う人って揃いも揃って体に悪いって釘を刺すんすかね」
「そりゃ自慢? みたいな感じじゃないの。 悪いってわかってても吸っちゃう私かっこえー、みたいな」
「岡宮さんもそうなんですか?」
煙を吐き出すと彼女は自嘲気味に笑った。
「うーん、どうだろ……ちょっと違う。 私は今毒を、毒だと知りながら自分に盛ってるんだって分かってほしいのかも」
「……なるほど」
岡宮さんの気持ちが少しわかった。
僕も友達と話す時、自分カッコいいだろうっていう中身の無い虚栄心と一緒に、今こんなの吸わなきゃいけない状況に僕がいる事を分かってほしいと訴える自分がいる。
「木村君はどうなの?」
「……僕も似た感じかもしれないっす」
「ふーん」
興味があるんだか無いんだか、そんな声音で岡宮さんは答えた。後はひたすらに吸って吐くの繰り返し。
すぐに静寂が訪れた。そんな僕らを雲の隙間から顔を出した月が照らす。普段ならこんな瞬間は死ぬほど決まずいと思うかもしれない。でも不思議と悪い気はしなかった。
ああ、僕はこんな瞬間を求めていたのかもしれない。
孤独だけど、孤独じゃない。そんな瞬間を。
「……ねえ、もう一本どうよ?」
バイトの後で。 鳥宮奏 @eggball
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