第4話 学校一の美少女との、全然キュンキュンしない恋バナ
俺たちは音楽室に入り、棚の上に置かれた楽譜の山に顔を
少しでも早く終わらせようと、すぐに作曲者ごとに仕分けていく作業に入る。
「……絶望的なまでに単純作業だな」
「そうだね」
「暇だから雑談でもするか。まあ、俺らで出来る雑談なんて一つしかないが」
「何?」
「恋バナ」
「……は、私と上城が? 正気?」
宮瀬はバケモノでも見るかのような目つきになった。
しかし俺は表情を変えない。
「至って正気だ。他に共通の趣味なんかないだろ」
「……恋愛を趣味って呼び始めたら終わりだと思う。あと、上城の爛れた生活の話なんか聞いてたら吐く」
「爛れてねぇよ、失礼な奴だな。まあ、どうしてもって言うなら宮瀬の話にするか」
宮瀬は一瞬手を止めた。
「……別に大したことしてないよ」
「ああ、キスしたことも無いんだったな。手を繋いだりは?」
「無いわけじゃないけど、あんまり。彼氏に触れたいとか、そんなに思わないんだよね」
それはもう、恋人じゃないような気もするが。
「……何を目的に付き合ってるんだ?」
「話し相手、かな。親の帰りがいつも遅くてさ。たまに顔合わせても、疲れてるから干渉するな、って顔される。だから話し相手が欲しくて。本当、勝手だよね」
宮瀬は自嘲気味に笑ったが、俺は一瞬口を噤んだ。
心当たりが無いでも無いような気がしたのだ。
「……話し相手なら、友達でもいいんじゃないか?」
「うーん、友達と話す時はどうしても気を張っちゃうというか。恋人なら嫌なことがあれば別れるだけだけど、友達の縁を切るのって難しいでしょ? 友達に嫌な思いをさせてないか、我慢させてないか、考えながら話さなきゃいけない」
「……そうだな」
「話し相手が欲しくて、私の名前を使いたいだけの人を受け入れてる。……恋愛ってよりはもう、取引って言った方が良いのかもね」
そんな状況が辛いとか苦しいとかは一切言わないが、宮瀬の顔は少し翳った。
だが俺には、いつかきっと運命の人が……なんて言ってやることも出来ない。
そんな都合の良いことはそうそう起きないんだと、身をもって知っているからだ。
「――もう、顔も何も分からない状態でマッチングアプリでもやってみたらどうだ?」
俺の冗談めかした発言に、宮瀬はようやく肩の力を抜いた。
「あー、それアリかも。――東京在住の女子大生です。趣味は編み物とフラワーアレンジメントです」
「ははっ、猫被り過ぎだろ。特技は別れて三時間以内に新しい彼氏を作ることです、が抜けてるぞ」
「さすがに三時間は無理だから!」
ひとしきり笑い合ったあと、宮瀬は何かを思い出したようにあっ、と声を上げた。
「――私、今彼氏いるんだった。まだ新しい彼氏作れない」
「いや、マジでやる気だったのかよ」
「そりゃあね。まあそろそろフラれるから大丈夫」
「何も大丈夫じゃねぇな」
話している間に随分低くなった楽譜の山に、俺たちはラストスパートをかけた。
「また浮気を疑われちゃって。そんなこと絶対しないのにさ」
「うーん、まあしそうな感じはするよな」
「ちょっと、失礼すぎ! 私は上城とは違うんだからね?」
「いや失礼なのはそっちだろ。俺は彼女がいないから、浮気は原理的に不可能だ」
「うわぁ、お得意の屁理屈」
☆
作業を終えた頃には夕方になっていた。
生徒もみんな帰ってしまっており、辺りはしんと静まり返っている。
「……今日は何冊か、本を持って帰ろうかな」
鞄を背負いながら、宮瀬が呟いた。
「本……? 学校に置いてるのか?」
「うん。家からいくつか持ってきてるんだよね。ロッカーに入り切らないから、別の場所に置いてる」
「別の場所?」
「それが、いい所を見つけちゃってさ。昔生徒が美術で作った作品が保管されてた部屋みたいなんだけど、誰も入って来ないから使い放題なの。仕方ないから上城にも見せてあげる」
仕方ないから、という言葉とは裏腹に、宮瀬は秘密基地の話をするみたいに楽しそうだった。
――ほんの少しだけ、心臓の鼓動が早まったような気がした。
☆
一つ階を上がり、宮瀬は校舎の端へと足を進めた。
色素の薄い髪が、沈みかけの太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
「――そこだよ」
宮瀬は、廊下の突き当たりにあるドアを指差した。
「へぇ、よくこんな部屋見つけたな。――ん?」
中から、うっすらと人の声のようなものが聞こえた。
俺たちは顔を見合わせる。
恐る恐るドアノブに手をかけ、そのままゆっくり引いた。
「……っ!」
目に飛び込んできた光景に思わずドアを閉めようとした俺の手を、宮瀬が掴む。
だが中を見た瞬間、宮瀬も目を見開いた。
――目の前には、抱き合う一組の男女の姿。
「ゆ、
「――
男の方は
宮瀬の浮気を疑っていた、現在の恋人だった。
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