第3話 美男子なので、美人教師にダル絡みをされたりもする

「なんだよ、結羽ゆう


 元カノと話すのは久しぶりなのか、健介は怪訝な顔をする。

 

「あのさ、健介って何のゲームが好きなんだっけ?」

 

「は? ミリブレのことか?」

 

「やっぱりミリブレだ! 桃花ちゃんが今始めたみたいなんだよね」

 

「へぇ、木下が?」


 ここで初めて興味を持ったらしい健介が、桃花ちゃんのスマホを軽く覗き込んだ。


「あ、えっと、まだチュートリアルが終わったばっかりで全然上手くないから……」


 桃花ちゃんが焦ったように言い訳をする。


「――いや、初めてにしてはめちゃくちゃ上手くね? 経験者?」

 

「う、うん。ゼノック・スキームっていうのをやってて」

 

「あー、パソコンのやつか。っは、ガチ勢じゃん!」


 健介はくつくつと笑った。


「ちょっと、笑わないでよ……!」

 

「ごめん、ごめん。久しぶりに同士見つけて嬉しくてさ。

 ――あ、それ感度下げた方が良いよ」


 そう言って桃花ちゃんのスマホに手を伸ばし、隣からメニュー画面を開いて該当するスライダーを動かす。


 指が一瞬だけ触れ合い、桃花ちゃんは固まった。

 しかし健介が離れると、思い出したように小さくお礼を言う。


 ――そんな二人の様子を静かに見ていた俺と宮瀬は、机の下でグータッチをした。



 ☆


 

 放課後。

 ユーザーIDを交換し合う健介と桃花ちゃんを生ぬるい、いや温かい眼差しで眺めてから教室を出る。


「あ、上城くん!」

 

「――浜野先生、こんばんは」

 

 階段を降りようとしたところで、上がってきた音楽の先生とばったり出くわした。


 恐らくは大学を出たばかりの若い女の先生で、この学校の男子生徒からそれはそれは人気がある。


 俺は音楽選択ではないので彼女を見るのは久しぶりだが、相変わらずの美人だ。

 

 明るめに染められた長い髪はヘアアイロンでくるくると巻かれており、丁寧に仕上げられたナチュラルメイクは可愛らしい垂れ目を際立たせている。

 

 また少し視線を落とすと、薄桃色のミニスカートから除く白い太腿が目を眩ませる。


「ちょっとー、どこ見てるの?」

 

「……いえ。ピンクメイクがスカートによく合ってると思いまして」


 咄嗟の言い訳に、先生は嬉しそうな顔をした。

 

「やん、分かっちゃう? 可愛い?」


 先生は首をこてりと傾け、上目遣いでこちらを見てきた。

 

 ……先生には少々、男に媚びるきらいがある。

 まあ、俺に対してだけの可能性も大いにあるが。


 あーあ、モテる男は辛いぜ……なんて、言ってる場合でも無さそうだな。

 嫌な予感がしてきた。


「……可愛いと思います」

 

「えへへ、そっかそっかぁ。じゃあ今からその可愛い先生をちょっと手伝ってくれないかな?」

 

「手伝う?」

 

「実は音楽室の楽譜がぐちゃぐちゃになってるんだよね。そろそろしっかり整理しないと、何がどこにあるか分かんなくなっちゃうの。だから上城くんが手伝ってくれないかな~、なんて」

 

「あー、なるほど。構いませんよ」


 やっぱり面倒な案件だったか。

 ――そう思った瞬間、先生の目がギラリと光った。


「やった! じゃあ二人でいっぱいお話しようね?」


 ……え、先生もやるの?

 密室でこの人と二人っきり?


「――それくらい一人で大丈夫ですよ。先生のお手を煩わせるまでもないです」

 

「えー、暇だから大丈夫だよ~」

 

「でしたら今日はもうお帰りください。疲れはお肌の敵ですよ?」


 そう言ってにこりと笑う俺に、先生は渋々ながらも階段を降りていった。


 ――男子生徒と関係を持とうとしたなんてことがバレれば、先生はこの学校からの追放を免れないし、俺だって無事ではいられないだろう。


 大きなリスクを先生に負わせる訳にはいかない。

 そう思ったから断ったのだ。


 ――決して、突然やってきた貞操の危機にビビり散らかした訳では無い。


 ましてや小学生のとき俺に襲いかかろうとした、姉ちゃんの友達のギラギラした目が先生のそれと重なって見えた、なんてことは絶対にない。


 絶対に、だ。


 俺は紳士だからな。


 

 ――さーて。

 誰に手伝ってもらおうかなぁ。

 美優みゆちゃんか、千佳ちかちゃんか、詩織しおりちゃんか……。


 

「――何でこんなところで立ち止まってるの?」


 聞き覚えのある声に、俺は後ろを振り向く。

 宮瀬が少し不思議そうにこちらを見ていた。


 距離が近いので、俺よりいくらか身長の低い宮瀬は自然と上目遣いになっている。

 

 だがそこに先ほどの先生のようなあざとさはない。

 まああれはあれで良いんだけどな。


 ……宮瀬のそれは、腹立たしいことにかなり可愛い。


「……」

 

「……聞いてる?」

 

「あー、いや。浜野先生に楽譜の整理を頼まれたところでさ」

 

「ふーん。手伝ってあげるからさっさと終わらせよ」

 

「――え、マジ?」


 意外すぎる申し出に、俺は思わず聞き返す。


「だって上城、今その辺の女の子に手伝ってもらおうと思ってたでしょ」

 

「……」


 黙り込む俺に、宮瀬はため息をつく。

 

「そんな所を他の子に見られたらさ、また噂になるじゃん。何人の異性を落とせるか、私と勝負してるとかいうくだらない噂に!」

 

「……いやでも、宮瀬が彼氏と別れる度に俺が盗ったんじゃないかって噂になるんだからお互い様じゃ――」

 

「――とにかく。上城の勝手な行いのせいで私に被害が及んだって思うくらいなら、共犯者になった方がマシってこと」


 理由には色気のかけらもないが、とりあえず手伝ってくれるらしい。







 




 

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