第7話 どこにでもある昔な話
『さて、前回は王様と騎士が国を作るまでの話でしたね。では、今回はその後起こった竜との戦いについて話しましょう』
女性の家の前に村の子どもたちが集まり、その前で魔法で地面を隆起させて椅子代わりにしたハジメが言葉に魔力を乗せて語り始める。
『国を起こした王と騎士でしたが、そんな彼らの前に突然巨大な竜が現れます。竜は言いました「我当代無敵の竜帝也。貴様らには滅びを選択する権利がある」』
ハジメの語りに合わせて魔法によって生み出された炎が形を変え、炎は白と黒の二つの人形を作り、その前に四つ首の巨大な竜を生み出した。
二人の人形は宣戦布告をしてきた竜に果敢に立ち向かっていくが、その竜はあまりにも強く二人は簡単に倒されてしまう。
『竜帝を名乗る竜は最後に三ヶ月の猶予を与えて去り、王と騎士はボロボロの身体を引きずって国へ戻り対策を練り始めました。あまりにも強力な竜帝に対抗するにはどうすればいいのか。皆が頭を悩ませている中、王は突然言いました「なら、竜を味方にすればいいじゃないかっ!!」と』
こうして始まった世界一周の旅。当然、その旅路は楽なものではありません。
そう語るハジメの前で王と騎士の人形が動き回る。
水が溢れ大海となり、船に乗った二人の前に蛇のような巨大な竜が現れる。
大海は砂の海となり、太陽の照りつける砂漠では山のような竜が。
砂の海は炎の大河へと代わり、火山地帯では四つ脚の竜が。
そして空を飛ぶ二人の前には、風を纏った竜が。
『王と騎士は時に竜たちと戦い、時に仲間にしながら竜帝と戦う準備をしていきます。そして、最後の旅から数日後。ついに竜帝との戦いが始まるのです』
四つ首の竜帝に相対するのは、王と騎士が率いる魔族連合軍。
王が剣を掲げ、竜帝との最後の戦いが始まる、と言ったところで人形たちの身体が溶けて幕へ変わって幕が下りる。
そうして幕が下りきると、ハジメはパンっと手を叩いた。
「今日はこれで終わりだ。さあ、散った散った!!」
これからというところで話を切られ、子供たちから「えー!」という非難の声が上がる。
不満たらたらと言った雰囲気であるが、シッシッと手を振るハジメに口々に感想を言いながらハジメの前から離れていく。
「ハジメ!!」
「!? えっ、あ、ああ?」
駆けていく背中を見送っていたハジメの背中に力強い声がかかる。
ビクッと肩を跳ねさせて振り返ると、腕を組んだ栗色髪の女性が顎で家を差して入っていく。
どうやら、リンの服の準備が整ったらしい。
――ってあれ? 俺、あの人に名前教えたっけ?
多分リンが教えたのだろう。そんなことを考えながらハジメは家のドアノブに手をかける。
さて、どんな格好をしているのだろうか? ボロボロのドレスから着替えたリンの姿を想像しながら扉を開けたハジメは、
「あっ……」
「――――――」
リンの姿を見た瞬間、あらゆる言葉を失った。
リンが身に着けていたのは、胸元や袖の先にフワリとひらひらのあしらわれた白い上着と同じようにフワフワひらひらした明るい橙色のスカート。
ハジメの脳に思い描いていた地味で簡素な衣服と違い、淫魔族が身に纏っていたようなしっかりとしたお洒落な服装。
それだけでも衝撃的だったのに、淡い色に頬を染めたリンの顔立ちも大きく変わっていた。
まず目を引くのはボサボサだったはずの頭髪だろう。
跳ね放題伸び放題でくすみきった色の髪は所々跳ねた癖っ毛が残っているが、光を受けて黄金色に輝く艶のある髪に変わり、伸び放題だったところはバッサリと切られうなじが見えるほどに切り揃えられていた。
櫛も通して髪全体が整ったからか、顔全体の印象も大きく違う。
削げてしまっていた頬はまだ細いものの丸みを帯び始め、病人のように青白かった肌も血が通い赤みを増していた。
何より、澱んで荒みきった瞳に光が戻っている。
快晴の空を思わせる青色の瞳は生気を感じさせるほどに輝いていて、少し目尻のつり上がった目やぷっくりと色づいた唇は色気を薫らせる。
目元の隈こそ濃いものの、女性の家で身だしなみを整えたリンは、死を待つ枯れ木のような病人ではない。
血の通った一人の女性だった。
「nanituttatterundai!!」
ドンッと背中を叩かれ、女性からガヤが飛ぶ。
随分と見惚れてしまっていたらしい。こういう時は何か褒め言葉があるといいとは知っていたので、ハジメは何か言おうと口を開こうとして固まった。
――ヤッベェ。なんて言えばいいんだこういうとき。
黄金で編まれた糸のような頭髪。淫魔のように色気を感じさせる目尻の切れた目。淫魔を思わせる線の整った目鼻立ちや豊満な胸。
部分だけなら言葉は思いつく。だが、それらを組み合わせて相手を褒める言葉を生み出せない。というかこの世界で淫魔という単語が褒め言葉として機能するのかすら分からない。
この世界に来て初めて全神経を集中させて頭の中をひっくり返すハジメ。
こういうとき、淫魔族からどう言われていたか。同性の淫魔族はどんなことをしていたか。過去をとにかく掘り出していたハジメの脳に稲妻のように思い出が駆け抜けた。
「貴方みたいな人は素直に思ったことを口にすればいいの。過度な装飾は必要ないわ。そうね……貴方風に言うなら、呪文を唱える魔法使いと魔具を使う魔法使いってところ。貴方は複雑な呪文を組み合わせたり出来ないでしょう? 貴方みたいな男は素直な気持ちだけを言えばいいの。そういうのが刺さる娘って意外と多いもの。あ、でもそういうことを言うのは私くらいにしておきなさいな。私くらい耐性があるならいくら言われても問題ないけれど慣れてない娘だと攻撃力が高すぎるわだから――」
それは、親しかった淫魔族のアドバイス。
自分のような男は、複雑な口説き文句を言う必要はない。
必要なのは、その時の感情をどれだけ端的に表現するかである、と。
思考の海から抜けたハジメの前では、リンが落ち着きない様子でソワソワと手を擦り合わせていた。
――意識して言うってなるとムズムズするなぁっ。
ふぅ、と一息吐いたハジメは意を決して口を開いた。
『リン、凄く綺麗だ』
自分の言葉は通じないが、どうか届いて欲しい。
そんな思いで放った一言は、リンに大きな変化を起こした。
彼女は大きく目を見開いたかと思えば次の瞬間にはその場にしゃがみ込んでしまったのである。
「えっ、もしかして不細工とかって伝わったか? 違うぞ!? すっごく綺麗だぞ!」
「iikara、tyottoantahadetena」
慌ててリンに近寄って声を掛けようとすると、間に女性が割って入ってハジメを止める。
そしてリンの顔を覗き込んで一言二言離すと、ハジメに顔を向けてシッシッと手で払う仕草をした。
離れろ、ということらしい。
意味不明な反応をしたリンのことが気になるハジメだが、言葉を交わせる女性の指示には逆らえずに家を出ることにする。
扉を閉めて天を仰ぐハジメ。
状況は飲み込めないが、少なくとも悪くはないはずだ。
なぜなら、ハジメを追い払った女性の表情は優しいもので決して嫌悪感を滲ませるようなものではなかったから。
だが、それはそれとして、
――なんだなんかスッゲェ、すっげぇああもうっ!
なぜか無性に胸を掻き毟りたくなって玄関先でしゃがみ込んでしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます