第6話 どこにでもある村での話

 リンの服が破れた。


 かなりの年数使ってきたのだろう。洗濯していても生地が薄い箇所が何箇所もあったし、いずれ破れていたものが今破れただけ。


 そう考えられれば良かったのだが、ハジメの頭に思い浮かぶのは同僚の淫魔族の言葉だった。


「なに? なんでこの国の男と女があんな高い服を買うのか? ……はぁ、コレだから山から降りてきた田舎者は」

「そんなに怒らないでよ。いい? 世の中必要なのは魔力や腕力だけじゃないわ。相手を使いこなすための魅力というのも立派な力よ。貴方も見たでしょう? 淫魔族に操られた子たちのこと。魅了の魔法? 淫魔王様はそんなもの使ってないわよ。私達は魅了の魔法も使えるけど、見た目や仕草だけで同じ効果を発揮させることができるの。知らなかった?」

「貴方たちが鎧や剣にお金をかけるように、雌や女って生き物は服や装飾品、化粧にお金をかける。貴方が魔法や剣技を学ぶように、私達は会話や仕草を身に着けることで相手を意のままに操るの。あっ、そうだ! 貴方にも戦い方を教えてあげるわそれがいいそうと決まれば早く行きましょ?」


 女性の身嗜みというものはかなりお金がかかる。


 だが、それも自分が武器や防具にお金をかけていることを考えれば納得だ。


 さらに身嗜みというものは、相手に舐められない為の手段だとも聞いた。


 ある程度の文明を持つ者を相手取った場合、身につけているものの高級感や着ている人を引き立てる衣服を身に纏っているかで力関係を決めるらしい。


 ならば、リンの衣服が破れた現状はハジメの管理不足によって武具を損傷させた。しかもこのまま放置すれば自分や彼女への評価に直結する、ということになる。


 誰かに評価されようとも思わないが、言われもない理由で糾弾されたりリンが迷惑を被ることがあってはいけない。


 だからハジメは丸一晩頭を悩ませて、


「きゃっ!?」

「しっかり捕まってろ!」


 朝食を食べたあと、ハジメはリンを抱えて森の中を走っていた。


 彼が目指しているのは、森に近い位置にあるよく取り引きをしている村の一つ。


 他の村と比べてハジメに対する警戒心が薄く、良好な関係を築くことができている村だ。


「dokoheikunndesuka!?」


 リンの叫びは恐らく、どこに連れて行くのか? という問い掛けだろうと当たりをつけつつ、質問を無視してハジメは足を早める。


 ハジメからの返答が返ってこないことを理解したリンは、ため息混じりにハジメの首に回した腕に力を入れるのであった。








 森を抜け、平野を駆けることしばらく。二人の前に高い塀に囲まれた村が見えてきた。


 ハジメは適当なところでリンを下ろし、そこからは歩きで移動することにする。


 良好な関係が築けているとはいえ、衣服がボロボロな人を抱えていれば要らぬ誤解を招くかもしれない。


――ん? そもそも、俺がこっちの人を連れてる時点で誘拐の疑いをかけられるんじゃ?


 やつれて服もボロボロな女性を連れた、怪しい鎧男。


 自分を客観的に見たときの印象に気がついてハジメは足を止めてしまう。


――鎧を脱ぐ……そんなことをしたら俺が誰かわからなくなるじゃん。なら思念の魔法を、でもあれこっちじゃ補充できないから使いたくないし……。


 突然額に手を当てて唸りだしたハジメに、 心配するように寄り添うリン。


 そうして頭を悩ませていると、ハジメの耳に馬の嘶きと蹄の音が聞こえてきた。


「ー! なー!!」


 それと同時に聞こえてくる大きな声。


 その声に聞き覚えがあったハジメは考えるのをやめて顔を上げた。


「ダンナー!!」


 そんな大声と共に近づいてくる荷馬車。


 御者台に乗って手を振っている人は、ハジメもよく知る人物だった。


「ダンナー! ohisasiburideーsu!!」


 立ち止まっていた二人の前に馬車が止まり、御者台の上から青年が声をかけてきた。


「ダンナ! norimasuka?」


 整えられた髭に切れ長の目、馬の尻尾のように縛られた青みがかった黒髪の青年。


 彼はハジメがよく利用している商人だ。


 彼が自分たちと荷台を指差すのを見て、ハジメはリンの手を握ると彼女を馬車へと誘導する。


 二人が乗り込むのを確認して、商人は手綱を振るった。


「ダンナ、sonokoha?」


 と、馬車が動き始めてすぐに商人が疑問を投げかけてきた。


 恐らくはリンが何者かという質問だろう。


 今まで一人でいた人が急に見ず知らずのみすぼらしい女性を連れているのだから無理はない。


 どう答えるか、とハジメが悩んでいると隠れるように身体を小さくしていたリンがハジメの陰から顔を出した。


「watasiha、sono……karenihirowaremasita!」

「hirowareta!? sorettedouiu」

「soreha……」

「……soudesuka。soredekyouhananiwosini?」

「wakarimasen……」


――やっぱ、話ができる方がいいよなー。


 何やら話し込み始めた二人の背中を見て、やはり話せる人がいたほうがいいよな、と考え始めるハジメなのだった。







 リンと商人が話をして、ハジメが商人に衣服が必要なことを伝えることに成功して少し。


 無事村にたどり着いたハジメたちは、村のとある家の前にやって来ていた。


「fumu……naruhodone」

「douyara、atarasiifukugahituyounanndesuyo」


 ハジメたちの前で、商人と明るい栗色の髪を詰めた恰幅の良い初老の女性が話をしている。


 この女性はハジメと特に親交の深い村人の一人なのだが、商人が話しているところを見るに新しい衣服に関して伝手があるようだ。


 そうして少しの間話し込んでいた女性と商人だったが、どうやら話がついたらしい。


 商人との話を終えた女性がハジメの隣にいるリンに声をかける。


「anta、konokokaritekuyo?」

「ああ、頼む」


 助けを求めるようなリンの視線を無視して頷くと、女性も頷き返す。


 そうしてリンの腕を掴んだかと思うと、ズンズンと家に向かって歩いていく。


「aano!?」

「iikarakina!!」


 引っ張られていくリンに手を振り、ハジメは隣に並んだ商人に声をかけた。


「なあ商人。ちょっといいか?」

「dousimasitaka?」


 商人の問いかけに頷くと、ハジメは虚空に手を伸ばした。


 すると、肘から先が水面のように揺れる虚空に消える。


 それは、倉庫、とハジメが呼んでいる虚空に収納スペースを作り出す魔法だ。


 しばらく手をゴソゴソと動かしていたハジメは、ようやく目当ての物を引き当てる。


 ハジメが倉庫から引っ張り出してきたのは、手一杯に掴まれた服飾品だ。


 真珠のネックレスや金の髪飾りなど、この世界でも価値があるらしい金品の数々。


 それをハジメは商人に差し出した。


「koreha? naniwoonozomidesyouka?」


 ハジメの行動に商人は眉をひそめる。


 服飾品の輝きに目を眩ませずにハジメを見る商人に、ハジメは分かりやすいように身振りを加えて説明を始めた。


「あいつに似合う服を見繕ってきてほしい。金がいるってんなら、これを使ってくれ」


 まず女性の家を指差し、次に商人の服を摘む。そして身体付きを思わせる仕草を何度かする。


 初めは難しい顔をしていた商人だが、なるほど、と手を叩くと、胸を叩いて頷いた。


 それはハジメに了承を伝えるサインだ。


 商人はハジメから服飾品を受け取ると、深々と一礼して去っていく。


 その背中を見送ったハジメは、さあ自分はどうしようかと歩き始めようとして、


「おにちゃん!!」


 ドンッと膝に走った衝撃にそのまま崩れ落ちてしまうのであった。

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