第3話 どこにでもあるバトルな話

 ハジメが女性を拾ってから一週間ほど。お互いに名前を知った二人は穏やかな日々を過ごしていた。


 朝、ハジメが畑仕事をしていると、後から起きたリンが彼を呼びに家から出てくる。


「ハジメ」

「おっ、もうそんな時間か」


 畑で熟した野菜を収穫していたハジメは、リンに呼ばれて作業を切り上げて小屋に戻る。


 机の上には二人分のパンとスープ。


 リンの名前を知ってから三日ほど経った日から始まった習慣だ。


 夕食を作るときにしきりにこちらを見てくるので、もしかしてとやらせてみたところ、リンは慣れない食材や調味料を上手く使ってスープを作ってくれたのだ。


 これにはハジメも驚き、そして喜んだ。


 ハジメは料理が嫌いではないが、毎日料理を作るのが面倒と感じることがあった。


 そんなときに、そんな作業を肩代わりしてくれそうな人の登場である。ハジメは喜々としてリンに毎日の料理を任せることにしたのだ。


「うん、うめぇ。俺が作るよりよっぽど美味いな」


 ニコニコとスープを啜っていると、それを見たリンも心なしか嬉しそうにパンをかじる。


 そうして食事が一段落した頃、ハジメは「あ、そうだ」と切り出した。


「今日、しばらく出てくるから。お前は家で待っててくれ」


 ハジメが自分に話しかけていることは理解しているが、何を言っているのかわからない。


 そんな風に分かりやすく首を傾げるリンに、ハジメは身振り手振りで説明する。


「ハジメ、外。リン、ここ。待つ。いいか?」

「……aa。wakarimasita」


 理解したのか、コクリ、と頷いたリン。


 それを見て満足そうに頷き、ハジメは立ち上がると皿を台所に置くとそのまま家を出る準備を始める。


 腰下げ鞄にいくつかの薬品を放り込み、最後に魔具を背負うとハジメは振り返ってリンに声をかけた。


「それじゃあ行ってくるから、くれぐれも戸締まりして大人しくしとけよー」


 扉を締め、小屋の外へと出たハジメ。


 と、そこでハジメは扉が閉まる直前に見たリンの顔を思い出した。


 こちらに中途半端に手を伸ばし、何か言いたそうな、そんな表情。


 何を言いたかったのだろうか? と首を傾げるが、そんなに深刻なことではないだろうと決めつけ、ハジメは森に入っていくのであった。






『必殺!』

「そらぁっ!」


 魔具の咆哮と共に強力な斬撃が放たれ、どう、と音を立てて巨大な蜥蜴が地面に崩れ落ちる。


 各所に金と赤の装飾が施された暗闇のような漆黒の全身鎧を身にまとった騎士――ハジメは周囲の気配を探り、危険がないことを確認すると剣を背負って蜥蜴の解体を始める。


 鱗を削ぎ、甲殻を剥がして肉を削ぐ。


 手慣れた手付きで成人男性を上回る大きさの巨大蜥蜴を解体していくのだが、それが三匹目に突入したところでハジメは手を止め、背中の剣を引き抜いた。


 重たい足音を響かせて草木から顔を覗かせる巨大蜥蜴。


 よく見れば、ハジメの周りの木々の間からも蜥蜴だけでなく狼や虎のような異形たちが顔を出している。


 巨大蜥蜴の血の匂いに惹かれてきたのか、それとも何か他の要因があるのか。


 威嚇しゆっくりと近づいてくる異形たちの様子をうかがいながら、ハジメは眉をひそめていた。


――いくらなんでも数が多すぎる。


 彼がこの森で暮らし始めて一年と少し。


 今までもこの手の凶暴な異形たちを相手にしたことはあったが彼らのほとんどは群れることはなく、群れていても蜥蜴は蜥蜴、狼は狼と種類ごとの群れに分かれていた。


 しかし、今襲ってきそうな異形たちは全てバラバラのものばかり。しかも他の異形には目もくれずハジメだけに狙いを定めているのが分かる。


――ま、この数ならそんなに問題はないが……。


 帰るのが遅くなりそうだなぁ、などとのんびり構えていたハジメだったが、そんな彼の耳に硝子を割ったような甲高い音が響く。


 驚いて空を見上げたハジメは遠くで断続的に光るものを見た。


 それを見たハジメの背筋が凍り付く。


「チッ!」


 背後から飛び掛かってきた虎のような異形を裏拳で殴り飛ばし、ハジメは振り抜いた手を剣の鍔の魔石に当ててスライドさせる。


『必殺!』

「無駄な殺しはするつもりなかったんだが……」


 虎のような異形が倒されたのを皮切りに、次々と走り出す異形たち。


「邪魔すんならぶっ飛ばす!!」


 異形の群れの中に、ハジメは剣を振り上げて飛び込んでいった。







 異形の群れを突破したハジメが全速力で走る。


 木々をなぎ倒し、一直線に小屋に向かって走るハジメの視線の先では未だに謎の発光が続いていた。


 ハジメの耳に聞こえた硝子を割ったような音は、彼が小屋の周りに仕掛けた罠が作動したことを知らせる音だった。


 そして、先程から断続的に続いている発光はハジメがリンと会う前に何度か見たもので、小屋が異形たちに襲われているのは明らかだ。


――油断した! 下手に出歩かなきゃよかった!!


 結界術などでキチンと防備を整えて出てくるべきだった、と迂闊な自分を叱りつつ両足に力を入れて加速。


 もうすぐ小屋の前、というところで剣を抜き広場についたらすぐに攻撃できるように覚悟を決める。


「……あぇ?」


 そして森を抜けて小屋前の広場に飛び出したハジメは、あ、とも、え、とも言えぬ間抜けな声をあげて足を止めてしまう。


 小屋の周りに積み上がったおびただしい数の死骸。


 圧倒的な死の気配の真ん中に彼女は居た。


 身の丈を超える異形たちに囲まれているのに、リンはシャンと背筋を伸ばし真っ向から異形たちを見据えて立っている。


 彼女の背後から、狼のような異形が飛びかかる。


 が、リンはタタンッ、とステップを踏んで飛び掛かってくる狼とすれ違い、彼女とすれ違った直後狼の身体が真っ二つになる。


 巨大蜥蜴がその大顎を開けば、リンの身体はふわりと宙を舞って雷が降り注ぐ。


 リンが踊れば彼女の周りを炎が舞って、その炎は容赦なく異形を焼き滅ぼす。


 ハジメが手を出そうとも思えないほど圧倒的な、それは戦闘とも呼べない蹂躙劇だった。


「なんつー、とんでもないもん拾っちまったかも……」


 惨劇を見て、もしもリンが攻撃してきたら、と想像してしまい身震いする。


 だが、そんなことが起こることはない。一瞬脳裏に浮かんだ想像を首を振って否定するハジメ。


 その理由は、小屋と畑の周りに張り巡らされた半透明の膜のようなものだ。


 地面が焼け、死骸だらけにも関わらずその二つの周りだけは朝と同じ青々とした自然の姿が保たれている。


 混乱に乗じて逃げることもなく、むしろ小屋と畑を護るために戦ってくれているのだ。そんな彼女が自分を害するとは思えなかった。


「……いつまでもぼーっとしてる場合じゃねーか!」


 リンがどうとかではなく、ここで彼女に手を貸さないのは間違っている。


 ハジメは、よしっ、と気合を入れると剣を手にリンに向かって走り出す。


 彼女の動きは常に異形を意識して動いていて、その攻撃は確実に周囲の異形を狙って放たれている。つまり、下手に近づけば自分が巻き込まれるのは確実だ。


『必殺!』

――狙うのは、彼女の後ろ!

『暗黒重波斬!!』


 走りながらハジメが剣を振ると巨大な三日月状の力が放たれて、リンの背後に迫っていた異形の一団を切り裂いた。


「リン!!」


 走りながら大声でリンの名前を呼ぶと、リンはちらりとハジメの方を一瞥して正面の異形たちに向けて走り出す。


 信じてもらえた。そう信じてハジメもまた殺しきれなかった異形の群れへと飛び込んでいく。


 それからほどなくして、二人は襲い来る異形全てを撃破することに成功するのであった。

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