229 オールスターゲーム開始直前
オールスターゲーム。
それはファン投票や選手間投票、監督選抜などによって各々のリーグから選び抜かれた一流の選手達で構成されたチーム同士が競い合う野球の祭典だ。
年に1度の一大イベントということもあり、球宴とも呼ばれている。
前世のそれは2リーグ制だったこともあり、選抜2チームによる対抗戦だった。
打って変わって今生の日本プロ野球は公営、私営各2リーグによる4リーグ制。
選抜チームは4つとなり、対抗戦ではなく総当たり戦になっている。
各チーム3試合ずつ行い、その結果を以って順位を決定する形だ。
優勝チームには賞金と栄誉が与えられる。
前世では交流戦の登場もあってか、俺が最後に見た時には既に真剣勝負の場と言うよりも正に祭典、お祭りといった雰囲気の方が強くなっていた。
しかし、昔はもっとバチバチにやり合っていたように思う。
交流戦が始まる前は、別リーグの選手と対戦する機会はオープン戦か日本シリーズか、それこそオールスターゲームに限られていたからだろう。
ゴールデンタイムの生放送ともなると日本シリーズかオールスターゲームのみ。
しかも、特定の球団しか地上波では試合が放送されていなかった時代の話だ。
テレビに映る数少ない機会に、実力を見せつけてやろうと考えていたと聞く。
そうした対抗心に煽られ、怪我を恐れぬ闘志に溢れたプレイが多く見られた。
だが、交流戦が始まり、メディア露出も増えたことによってオールスターゲームにあった特別なリーグ対抗戦感は大分薄れてしまった。
加えて、ここで選手を消耗し過ぎるのはどうかという風潮も強くなり……。
どちらかと言えば、一流選手が一堂に会するファンサービスの場といった側面がクローズアップされていった訳だ。
翻って今生のオールスターゲーム。
野球狂神の認識に引きずられたのか、日本プロ野球界も交流戦の歴史が長い。
そのため、前世と同じような方向に行っているかと思いきや、試合はガチだ。
と言うのも、出場選手にとってはWBW日本代表の選考会の場でもあるからだ。
勿論、世間的にはお祭り的な側面も強い。
経済効果が一際高いイベントであることも決して間違いではない。
だが……。
「皆、ピリついてる」
「そりゃそうだろう」
オールスターゲーム1日目の試合前。時刻は17時15分頃。
あーちゃんが言うように、ベンチの空気は張りつめていた。
「分かりやすいアピールの場だし、普段よりも注目度が高い試合だからな」
日本代表の選考という観点から行くと、一部の評論家からも言われていたように同一リーグのみで評価するのは少しばかり正確性に欠いてしまう。
なので、リーグの垣根を超えて戦う交流戦、オールスターゲーム、日本シリーズにおける成績は判断要素として割と大きなウエイトを占めるとされていた。
その中でも各リーグから選抜された上澄みが競い合う超短期決戦であるオールスターゲームは、他に比べて試合数が少ないにもかかわらず注視されている。
数少ない機会をものにすることができる選手。
いわゆる「持ってる選手」を探し出す場として。
1戦1戦負けられない試合が続くWBWには必要不可欠な要素と言えるだろう。
当然ながら安定感を蔑ろにしている訳ではない。
とは言え、余程の人気が先行するようなことがない限り、交流戦を含むレギュラーシーズンで活躍してきたからこそオールスターに選ばれるのだ。
そこはある程度担保されていると考えていいはずだ。
「うぅ、緊張するよ……」
「この場に立つことは、余り意識してこなかったしね」
そんな世間的に重要度の高い試合を前にして、昇二がガチガチになっていた。
美海ちゃんが少し呆れたような表情を浮かべるぐらいに。
「腕が鳴るっす」
「……みっく、震えてる」
「武者震いっす!」
一方で、倉本さんの方は意気込み過ぎて体に力が入りまくっている。
武者震いというのは事実だろう。
私営イーストリーグ選抜チーム、即ちオールイーストの初戦の相手は、私営ウエストリーグの選抜チームであるオールウエストだ。
俺達や磐城君、大松君、山崎選手のような選手がいないせいで今年は影が薄い。
平和なリーグとも、地味とも言われていた。
そして実際に、交流戦が始まるまでは例年通りの様相だった。
しかし、今や彼らは不憫な状況に叩き落されていた。
負けが込んでしまい、2位まで借金を背負ってしまっている。
1位も1位っぽい数字ではない。
辛うじて貯金があるという程度だ。
それで判断してしまうと、残念ながらリーグとして格落ち感がある。
……ステータス的には大差ないんだけどな。
俺達の被害を諸に受けている同一リーグの他球団が、この交流戦で数字を稼がなければマズいと必死になった結果かもしれない。
直接俺達とやり合った経験が、実感を伴った危機感を生んだのだろう。
まあ、それはともかくとして。
「だ、大丈夫かなあ……」
「ここが勝負どころっすよ。更に名を上げてやるっす」
言っては悪いが、相手は傍目には格下な私営ウエストリーグの選抜チーム。
にもかかわらず、昇二も倉本さんも大分ナーバスになってしまっている。
私営イーストリーグから選出された他の選手も同様だ。
相手に依らず落ち着かない様子でいる彼らの姿を目の当たりにすれば、今生におけるオールスターゲームの立ち位置が透けて見えてくるだろう。
まあ、2人は試合前で精神安定スキルが発動していないせいもあるけれども。
いずれにしても、俺達がこれまで経験してきたものとはまたベクトルが違った影響力を持つ試合なのは確かだ。
「昇二君は監督選抜の私と違ってファン投票だし、ホームラン競争にも選ばれてるんだから、もっと自信持ちなさいよ」
「う、うん……」
「そうっすよ! 出られるものならウチだって出たかったっす! ホームラン競争! むしろ今からでも代わって欲しいっす!!」
「ま、まあ、倉本さんは来年だな」
「ん。みっくならやれる」
オールスターゲームの試合前、17時30分からアトラクションとして実施されることになっている御存知ホームラン競争。
昇二の緊張は、もう間もなくそれに参加するからというのもあった。
「出場できる秀治郎君と茜っちにフォローされても嬉しくないっす」
倉本さんが口にした通り、俺とあーちゃんもホームラン競争に選ばれている。
これもファン投票によるものだ。
出場人数は各リーグ最大4人まで。
選考対象になるには、まずオールスターゲームの出場選手であること。
それから昨シーズン15本以上、あるいは今シーズンの7月7日までに7本以上のホームランを打っている必要がある。
パワー不足が指摘されていた倉本さんも今や【Swing Power】がカンストに近づいてきており、7月最初の試合でプロ入り初ホームランも放ってはいたが……。
さすがに7本には届かなかった。
それもあって、私営イーストリーグからホームラン競争に参加するのは俺とあーちゃんと昇二、それと他球団から1人ということになっていた。
ちなみに今生におけるホームラン競争のルールは、前世のオールドスタイルのそれをアレンジしたような感じになっている。
基本は10球の間に何本ホームランを打てるかというもので、形式は個人戦だ。
ボール球に関しては見逃しても球数は消費されない。
それ以外は1球としてカウントされる。
試合前に都度行われ、合計30球の結果で競い合う。
4チーム3試合ということで球場にはどうしても偏りが生じてしまうが、いわゆるパークファクターは一切考慮しないものとしている。
あくまでも前座だからか、その点について文句を言う人は見当たらなかった。
不利な球場での勝利は、エンタメを引き立てるスパイスにもなり得るだろう。
と言うか、そもそもピッチャーだって参加者が指名するから統一されていない。
そういった意味での競技の公平性については最初から疑問符がつくからな。
しかし、それは試合中のホームランだって同じこと。
柵越え勝負とか飛距離勝負とかではなくホームラン競争と銘打つのであれば、むしろその不公平さは実態に即していると言っていいだろう。
ちなみに、俺達が指名したピッチャーが誰かと言えば──。
「未来、今年は打撃投手で我慢しときなさい。3人分だから露出も3倍でしょ?」
「……まあ、それで納得しておくっす」
美海ちゃんが口にした通り、3人共倉本さんにお願いしている。
彼女ならきっと、程よい絶好球を投げ込んでくれるだろう。
「優勝賞金の200万円と景品の新車は野村家のもの」
「茜……アンタはもう」
唐突なあーちゃんの宣言に、脱力したように嘆息する美海ちゃん。
格式あるオールスターゲームの場でもマイペースな彼女に呆れているようだ。
しかし、俺とあーちゃんはこれを日本代表選考の場とは認識していない。
客観的に言って、これまでの成績で俺達が選ばれなかったらもはや敗退行為だ。
数字で言うなら緊張のさ中にある昇二だって当確なのだが、そこはそれ。
この世界で生まれ育って形成された価値観がそうさせるのだろう。
俺は転生者だからな。
あーちゃん? あーちゃんは、まあ、あーちゃんだから……。
ともかく、この3試合。
俺と彼女は賞金稼ぎがメインだ。
勿論、試合でも獲得することを狙っている。
最優秀選手賞を始めとしていくつかの賞があり、それぞれ賞金が出るからな。
しかも、金額は前世比で約2倍だ。
最低保証年俸と大体同じぐらいの比率だな。
「昇二には悪いけど、色々お金が入り用なんだ。獲りに行かせて貰うぞ」
「秀治郎まで……」
完全に金に目が眩んでいる欲深な俺達に、思わずといった様子で苦笑する昇二。
欲深ついでで言えば、正直なところ大リーグ準拠であって欲しかった。
何せ、あっちのホームラン競争も前世比2倍で200万ドル。
そう。ドルだ。
円ではなくドル。それで合っている。
日本円に換算すると桁が2つ違ってくる。
野球狂神のバランス調整には困ったものだ。
「はあ、もう。秀治郎が変なこと言うから緊張が解けちゃったよ」
「勿論、それを狙って言ったんだけどな」
「いやいや、絶対嘘でしょ」
まあ、それはその通りだけれども。
結果として昇二の肩の力が抜けたことは確かだった。
「ま、折角のオールスターゲームだ。楽しんでやろう」
「ん」「そうね」「うん」
「全力で目立つっす!」
「…………多分、あっちの方が注目度は大きいだろうけどな」
いい感じに気合いを入れる倉本さんに水を差さないように、口の中だけで呟く。
同時刻に別球場で行われているもう1つのオールスターゲーム初戦。
オールパーマネント対オールセレスティアル。
公営2リーグ選抜同士のカードだ。
あちらは何と磐城君と大松君が先発だった。
ローテーションをスライドしているため、交流戦での対決はまだ彼らもない。
それがオールスターゲームの場で実現した。
神童と怪物と呼ばれた元同級生の投げ合いだ。
話題にならない訳がない。
俺も彼らと投げ合いたかったが、こればかりは監督の判断だからな。
どうしようもない部分もある。
何にせよ。
俺も今日は正直そっちの結果の方が気になっていた。
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