222 対埼玉セルヴァグレーツ戦2戦目

「皆、さすがにちょっと疲れが残ってるみたいね。……大量得点した試合の翌日は全然打てなくなっちゃうのって、これが原因なのかしら」


 埼玉セルヴァグレーツとの交流戦2戦目の試合開始直前。

 前日先発していながらも一応出場選手登録されてベンチ入りしている美海ちゃんが、村山マダーレッドサフフラワーズの面々を見回しながら冗談っぽく言う。

 彼女は昨日7回まで投げたにもかかわらず疲労回復に役立つスキル群のおかげで元気そうだが、それらを持たない選手達は確かに疲れ気味だ。

 さもありなん。

 フル出場は俺とあーちゃん、倉本さんぐらいだったが、とにかく長丁場だった。

 たとえ出場時間は短かったとしても、それなりに疲れも出ようというものだ。

 とは言え……。


「それは野球あるあるっすけど、疲労のせいじゃないと思うっすよ」


 よく耳にするそのネタの原因については、倉本さんの言葉の方が正しいだろう。

 大量得点とは言っても一般的なそれは10~20得点程度だ。

 それだと精々2~3打席増えるぐらいのもの。

 プロ野球選手たる者、それで打ち疲れなんてことは言っていられない。

 毎日のように試合をしてる時点で、そんなの目じゃないぐらいハードだからな。

 まあ、64-1なんて異常事態の後で俺達が打てなくなったとしたら、それは確かに疲労の影響も少しはあるかもしれないけれども。

 野球界隈であるあるネタとされるそれとは、また少し前提条件が違う。

 同じ枠組みで考えてはいけないだろう。


「まあ、普通なら打線爆発なんてそうあることじゃないっすからね。2試合連続なら尚更っす。ただ単に、そういうイメージがあるだけじゃないっすか?」

「逆にわたし達は連続2桁得点もザラだけど」

「いや、ウチらは例外中の例外っすよ、茜っち」


 倉本さんとあーちゃんのやり取りに軽く肩を竦める美海ちゃん。

 ちょっと浮ついているな。

 昨日の緊張から緩和された直後の試合だからか、今日の美海ちゃんは何か緩い。

 俺が投げる日だからと安心し切っている部分もあるのかもしれないけれども。

 まあ、それはともかくとして。


「前日の影響で大振りになったり、早打ちになったりするせいだとか。爆発炎上する程調子の悪いピッチャーが連日出てくる可能性は低いからっても言われるよね」

「そうだな」


 昇二の言葉に同意するように頷く。

 2試合も大量得点が続くことがほとんどない理由は、後者に集約されるだろう。

 お互いにプロ野球球団だ。

 余程の戦力差がなければ、そんな事態には普通はならない。


「それで行くと、今日はローテーション的にエースピッチャーが相手だから多少なり打ちにくくなる……はずだったんだけどな」


 バックスクリーンに視線をやりながら呟く。

 昨日が木曜日だったので、当然ながら今日は金曜日。

 埼玉セルヴァグレーツも中6日の6人ローテーションを採用しているため、開幕戦にも登板していた松口選手が先発するはずだった。

 しかし、メンバー交換の大分前に今日の登板を取りやめる旨が通達されていた。

 聞くところによると、どうやら腰に違和感があるらしい。

 次回登板は現時点では未定とのことだ。


「露骨に秀治郎君との対決を避けたわね」

「しゅー君相手なら逃げるのも仕方ない」

「いやいや、本当に負傷したのかもしれないだろ」

「……秀治郎君、本当にそう考えてるっすか?」

「え? いやあ……」


 ジト目気味な倉本さんの問いかけには、目を逸らして言葉を濁すことで答える。

 明言はしなかったが、これに関しては俺も彼女達の言う通りだろうとは思う。

 タイミングがタイミングだからな。

 腰云々は敗色濃厚な試合を回避するための言い訳である可能性が高い。

 もっとも――。


「今日がそうかは分からないけど、一応それもルール上は許される戦術だからね」


 真実がどうあれ、昇二の言う通りではある。

 メンバー交換前の変更で、こちら側もそれを了承している。

 なので、予告先発回避のペナルティである3日間出場停止も今回はない。

 周りの目はともかくとして、制度の上では何の問題もないのだ。


 だが、何度も言うように結局は何のための日本プロ野球かという話だ。

 打倒アメリカ代表を目指す身としては余り賛同できる起用法ではない。

 あくまでもWBWのためのレギュラーシーズンがあると考えるなら、エース同士投げ合って切磋琢磨した方が健全なのは間違いない。


 とは言え、今日のところは別に構わないと思っていた。

 残念ながら【不幸の置物】の影響を諸に受けている松口選手では、切磋琢磨しようにも一瞬で脆くも磨り切れてしまいかねない。

 何より、この試合の目的は別の部分にある。

 急遽建てられた代役相手なら、それこそ大量得点しやすくなるはずで……。

 その方が今回に限っては都合がいい。


「そう言えば、今日は海峰永徳が絡んでこなかったわね」


 チラッと相手ベンチに視線をやって呟く美海ちゃん。

 勿論、だからと言って来て欲しい訳ではないと顔に思いっ切り書いてある。

 しかし、大人しいのも何だか不気味ではある。そんな感じの表情だ。


「昨日の今日だからな。あの大敗の後で呑気に絡んできたりしたら、いくら何でも面の皮が厚過ぎて逆に尊敬するぐらいだ」

「でも、最後ホームランを打ってたから調子に乗ってるかと思った」


 冷たく淡々と言い放つあーちゃん。

 案の定と言うべきか、海峰永徳選手に対する評価が酷いな。

 気持ちはよく分かるけれども。


「アメリカ代表戦の時ならいざ知らず、さすがに今回は海峰選手も自己正当化できないだろ。今まで散々難癖つけてきてたんだから」


 言いながら、俺もまた美海ちゃんに倣って3塁側ベンチに視線をやる。

 ムーンストーンドームは1塁側ではなく、そちらがホームチームのベンチだ。

 海峰永徳選手の姿はそこにあった。

 珍しく、静かに目を閉じて集中力を高めているようだ。

 かなり追い込まれているのが見て取れる。


「……少なくとも、ここで格づけは済ませないとな」

「もうとっくに済んでる気がするけど」

「いやいや、格づけってのは相手を屈服させてこそっすよ、茜っち」

「確かに。みっく、正解」


 2人の不穏当な発言の是非はともかくとして。

 海峰永徳選手には全ての力を出し切って貰わなければならないのは事実だ。

 そうでなければ、彼自身も負けを受け入れることができないだろうから。

 であれば、彼には昨日取得したばかりの【隠しスキル】【死中求活】の効果も十二分に発揮した状態で戦って貰う必要がある。

 つまるところ、再び致命的な点差で最終打席を迎えさせる必要がある訳だ。

 その観点で言えば、予告通りに松口選手が先発投手ではないのはありがたい。


「ま、とにかくボコボコにしてやりましょ!」

「みなみーの出場予定はない」

「だ、代打で出るかもしれないじゃない。一応ベンチ入りはしてるし」

「うん。実際にその可能性はあるから、美海ちゃんも気持ちを引き締めること」

「わ、分かってるわ」


 少し慌てたように応じる美海ちゃん。

 ちょっと緩んでいた自覚はあったようだ。

 間もなく試合開始だからな。

 俺も気合いを入れ直していこう。


「しゅー君」

「ああ」


 相手投手がマウンドに上がり、投球練習を始める。

 それをいつものようにあーちゃんとネクストバッターズサークルから観察する。

 若手の選手だ。

 ステータスは今のところ並のプロ野球選手という感じだが、伸び代はある。

 割と今後に期待が持てる選手だ。

 ただし、今日の試合で心を折られるようなことさえなければ、の話だが。

 まあ、これも試練だ。

 逆に乗り越えることができれば一足飛びに成長できるかもしれないしな。

 その機会だと思って何とか耐えて欲しい。


「ボールフォア!」


 勝負は勝負と言わんばかりに、先頭打者のあーちゃんが無慈悲に球数を投げさせた上でフォアボールを選ぶ。

 それを見届けてからバッターボックスに入ろうとするが……。

 渡井監督が3塁側ベンチから出てきて、タイムをかけてから1塁を指差した。

 スタジアムがどよめく。


「今日は第1打席から申告敬遠か」


 昨日勝負を選んだ理由に海峰永徳選手を挑発したことが関わっているかは分からないが、さすがにもう形振り構っていられないという感じだろうか。

 どうやら11打席連続ホームランは少々効き過ぎたようだ。

 自分でやってて俺自身もちょっと引いたぐらいだしな。


「ま、そういうことなら――」


 その直後。3番打者である昇二に対する1球目。

 ピッチャーが足を上げるより早く、2塁ランナーのあーちゃんが走った。

 同時に俺もまた盗塁を仕かける。

 モーション盗みよりも遥かにタチの悪い【直感】を頼みにしたダブルスチール。

 言うなれば相手ピッチャーの脳が己の体に投球の指示を出し、その上で撤回することもできないような正に神がかったタイミングでのスタートだ。

 キャッチャーの東森選手が捕球する頃にはもう間に合わない位置に至っている。

 下手に送球して逸れる方がまずいと、彼はもう投げることすらしなかった。


「今日は、盗塁数を稼がせて貰おうか」


 2塁まで来た俺のその呟きに応じるように、3塁上にいるあーちゃんが頷く。

 こちらの声は彼女に届いていないはずだが、【以心伝心】で伝わったのだろう。

 ともあれ、これでノーアウト1塁2塁がノーアウト2塁3塁の場面となった。

 更に昇二への初球は外れていて1ボールノーストライク。

 初っ端から大チャンスの到来。

 安易に敬遠すると、こういったピンチを背負うこともある訳だ。


 とは言え、このまま全打席敬遠なら得点の期待値が昨日より低くなるのも事実。

 敬遠の効果が全くないなんてことはない。

 もっとも、勝利の確率で考えると今日に限っては全く変わらないだろうけどな。


「ボールフォア!」


 ダブルスチールで動揺したのか、昇二に対して制球が乱れて連続四球。

 ノーヒットでノーアウト満塁。

 ここでシーズン安打記録も時間の問題な4番の倉本さんが打席に立つ。

 そして当然のように。


 ――カンッ!


 初球を軽く打ってライト前ヒット。

 3塁ランナーのあーちゃんが帰って先制1-0。

 続けて5番の崎山さんが2ベースヒットで走者一掃。4-0。

 6番の大法さんはセンターへの大きな当たりをギリギリ追いつかれてアウト。

 その間に崎山さんは3塁へ。1アウト3塁。

 7番の志水さんの犠牲フライで5-0。

 2アウトランナーなし。

 8番の木村さんは強烈な打球を放つもセカンド真正面。

 セカンドライナーで3アウトチェンジ。

 結果、1回の表終わって5-0。

 初回20得点の昨日に比べれば控え目ながらビッグイニングとなった。


 そうして攻守入れ替わり、1回の裏。

 5点のビハインドを背負った埼玉セルヴァグレーツの攻撃が始まる。

 だが、その前に俺の投球練習だ。


「しゅー君、何%で行く?」

「昨日も言った通り、今日は100%……全力だ」


 マウンド上で確認してきたあーちゃんに対し、方針に変更はないと告げる。

 最近は打たせて取るスタイルでやっていたが、久し振りに本気で三振を狙う。


「虐殺確定」

「言葉選びが悪過ぎる……」


 あーちゃんも緩い態度だが、マイペースな彼女はこれがデフォルトだからな。

 人それぞれ自然体は違うものだ。

 そんな彼女が軽い足取りでキャッチャースボックスに向かうのを見送り、一度軽く伸びをしながら満員御礼のスタンドを見回す。

 埼玉セルヴァグレーツファンには申し訳ない。

 しかし、きっと今日が本当のドン底だ。

 ある種の厄払いのつもりで、最後まで見届けて欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る