214 日本のレベルアップのために

「イタリア、オーストラリア、オランダ、キューバ、メキシコ、ロシア、そして日本。アメリカのみならず、これまでとは明らかに一線を画した選手が次々に出現しています。激動の時代が訪れたと見て間違いないでしょう」

「奇妙な偶然。シンクロニシティって奴かしらね……」


 纏めに入った佐藤さんの言葉に、美海ちゃんが考え込むように呟く。

 実際には野球狂神が思いっ切り介入しているので偶然ではないのだが、その辺りの事情を知る由もない人々からすれば奇怪極まりない話だろう。

 まあ、そこにロシアが入っているのは完全に偶然だけれども。


「元プロの評論家が言っていた野球に関するパラダイムシフトが今正に世界規模で起こっているのだとすれば、今回取り上げた選手達が全てとも思えません。眠れる獅子が今もどこかで虎視眈々と牙を研いでいる可能性もあります」


 実際、俺も転生者が実際に何人いるのかは聞いてないしな。

 野球狂神との会話を思い出す限りでは2桁ということはさすがにないと思うけれども、もう1人や2人ぐらいであれば存在していてもおかしくはない。

 あるいはロシアの選手達のように。

 ほぼ間違いなく転生者が関与していないにもかかわらず、独自の成長(?)を遂げるに至った天然の脅威が隠れ潜んでいるかもしれない。

 故に、この報告を以って調査完了とはならない。

 そのことについては、むしろ転生者周りの事情を全く知らない彼女達の方が弁えているに違いない。


「今回ご報告した選手達は勿論継続して注視していきますが、他の国に関しても継続して調査していきたいと思います」

「ええ。頼りにしています。今後もよろしくお願いします」

「はい、お任せ下さい!」


 深く頭を下げた俺に対し、佐藤さんは背筋をピンと伸ばして応じた。

 ……何か今日は妙に堅苦しいな。

 意図して気を引き締めた結果、無駄に力が入っている。そんな感じだ。

 初めて会った時やこの仕事に勧誘した時は俺がお願いした通りに、もっとフランクな応対をしてくれていたはずだが――。


「あの。もう少し気楽にして構いませんよ?」

「いえ、そういう訳にはいきません」

「大事なお仕事だからねぇ」


 首を横に振った佐藤さんをフォローするように藻峰さんが続く。

 口調こそ砕けているものの、声色と表情は真剣そのものだった。

 インターンシップとは言え、給料が出ている以上は彼女達も被雇用者だからな。

 この報告会は間違いなく仕事の一環だし、公私をしっかりと分けるタイプであれば佐藤さんの態度も特別おかしなものではない。

 とは言え、慇懃も過ぎるとかえって気になってしまう。


「うーん……」


 もしかすると。

 佐藤さん達は1部リーグで順調に実績を積み重ねていっている俺達に、畏怖や畏敬の念のようなものを抱いてしまっているのかもしれない。

 今生のプロ野球選手の立ち位置を考えると、1部リーグは正に別格だからな。

 日を追う毎に、社会的な地位が急上昇していっていると見なすこともできる。

 知り合いが突如として雲の上もまで駆け上がっていってしまい、どういう態度を取ればいいものか決めあぐねているような状態なのではなかろうか。

 仕事のパフォーマンスを考えると適度にリラックスしてやって欲しいところではあるけれども、そこはもう慣れていって貰うしかない。

 まだまだ俺達は階段を駆け上がっている最中なのだから。


 などと、こんなところで考え込むべきじゃないな。

 俺の様子を気にして佐藤さんが少し固まってしまっている。


「報告はこれで終わり?」

「あ、すみません」


 彼女は美海ちゃんに声をかけられ、ハッとしたようにパソコンを操作した。

 スライドが切り替わる。

 しかし、直前のものが最後だったらしい。

 プロジェクタースクリーンには黒い画面が映った。


「ほ、報告については、以上になります」


 佐藤さんは少しバツが悪そうに礼をして、スライドショーモードを終了させた。

 プロジェクタースクリーンにプレゼンテーションソフトの編集画面が映る。

 今日は一先ずこんなところだな。


「ありがとうございました」

「その、問題なかったでしょうか」

「大丈夫でしたよ。とても分かり易かったです」


 俺が笑みを浮かべて言うと、佐藤さん達も少しばかり肩の力を抜いてくれた。

 会議室の雰囲気も幾分か和らぐ。

 お仕事モードはこれで一先ず終わりだ。


「にしても、見れば見る程、前回大会の日本代表なんかじゃ勝ち目がないわね」

「グループリーグ全敗の最下位だったっすからね。どうしようもないっす」


 身も蓋もないことを言い出す美海ちゃんと倉本さん。

 第31回WBW直後の世間の反応とは違い、2人の会話には悲壮感が全くない。

 次回の第32回大会では、日本代表メンバーは一新される。

 それを確信しているが故だろう。


「まあ、とりあえず。今のところはアジア予選で当たる国がないのが救い、かな」


 昇二の呟きに、サッカーワールドカップではアジア枠に入っているオーストラリアのところで少し引っかかりを覚えてしまう。

 しかし、野球においては前世でもオセアニア枠だ。

 今生でもそれは変わらない。

 なので、確かに報告会で名前が挙がった国と予選で当たることはない。

 それはともかくとして。


「油断はできないぞ。強敵はどこからともなく、唐突に現れ出るものだからな」

「……うん。そうだね」


 報告の中で佐藤さんが言った通り、今日報告を受けた選手が全てとは限らない。

 特に人口の多い中国とインド辺りは疑わしい。

 転生者は勿論のこと、天然の突然変異が突然生まれても何ら不思議ではない。

 いずれにしても。

 アジア予選で当たる可能性のある国は警戒しておくに越したことはない。


「……アメリカ戦だけに照準を合わせる訳にもいかなくなるな」

「ああ。次回大会は激戦に次ぐ激戦になるだろう」


 正樹の言葉に深く頷いて同意を示す。

 特に決勝トーナメントは間違いなく厳しい戦いを強いられることになるはずだ。

 磐城君、大松君クラスの選手が普通に立ちはだかると考えておいた方がいい。

 ピッチャーは160km/h超えを容易く連発し、変化球は四隅に決まる。

 バッターは硬球をピンポン玉のように弾き飛ばし、隙を見せれば1つ先の塁へ。

 各ポジションの守備範囲が広過ぎて、ヒットゾーンが極めて限定的。

 引き合いに出した2人には申し訳ないけれども、それが当たり前となるかつての常識が全く通用しない大会になることは間違いない。


「だからこそ、正樹には完全復活して貰わないといけないんだ。いいピッチャーは何人いてもいい。特にサウスポーなら、喉から手が出る程欲しい」


 起用面で最も厄介な問題はやはり球数制限。

 そして、登板間隔の制約だ。

 ルール上、突出した能力を持つピッチャーが1人だけいればいいとはならない。

 連続して登板させることもできないし、1試合の球数制限もキツイ。

 準決勝、決勝以外は継投が必須だ。

 とにかくピッチャーのやり繰りが難題となる。

 可能な限り、選択肢は増やしておきたい。

 だからこそ、正樹には是が非でも日本代表に選ばれて貰わなければ困るのだ。


「……そうか」


 改めて俺の本気具合が伝わったのだろう。

 正樹は少しばかり機嫌をよくしたような声を出し、しかし、その感情を隠そうとするかのように俺から顔を背けた。

 何だかこの態度は――。


「ツンデレ?」

「なっ、馬鹿なことを言うな」


 強く反応して不機嫌そうに口をへの字に曲げる正樹。

 揶揄ったのはあーちゃんだ。

 相変わらず正樹には遠慮がない。

 未だに彼女は昔のことを根に持っているらしい。

 とは言え、これはこれで悪くない関係性ではあるのだろう。


 ともあれ。

 俺の期待が正樹のモチベーションに寄与してくれることを願うばかりだ。


「けど、確かに。これだけ強敵がいるとなると選手層の厚さが鍵になるわよね」

「今の日本代表に秀治郎君達をぶち込んでも、控えがペラッペラっすからね」

「不測の事態が起きたら、何も対処できなくなるわ」


 美海ちゃんと倉本さんの会話。

 こっちはこっちで日本代表に辛辣だな。

 ドラフトの一連の流れが未だに尾を引いているのが分かる。


「まあ、だからこそ。日本野球界全体のレベルアップが急務な訳だ」

「そのために、これからは余程のことがない限りは打たせて取るピッチングを心がけるって前にも言ってたわね」

「でも、それは対処療法っすよね?」

「こればっかりはな。できることからコツコツやっていくしかない」


 僅かな労力で効果覿面。

 そんな都合のいい話はない。


「大体は中長期的な話になる」

「例えば?」

「ジュニアユースやユースチームを作って選手を育成する、とかだな。これはお義父さんにも可能な限り早く実現して欲しいと伝えてはいるけど……」

「もう少し、始動までに時間がかかりそう」


 俺の言葉を引き継ぐようにあーちゃんが言う。

 理由としては村山マダーレッドサフフラワーズのプロ野球参入から1部リーグ昇格までが早過ぎて、関係各所の体制が整っていないというのが大きい。

 どんなに早くても来年度の開始が関の山だろう。


「短期的にできることはないの?」

「今すぐにやれそうことと言えば……トレードとかレンタル移籍とかだな」

「トレードに、レンタル移籍?」


 ピンと来なかったらしく、首を傾げる美海ちゃん。

 そんな彼女に、俺は少し勿体振るように仰々しく首を縦に振り――。


「そう。いわゆる再生工場って奴だ」


 キメ顔で告げたが、美海ちゃんは一層訝しげな視線を向けてくるだけだった。

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