215 レンタル・トレード
「と言う訳で、高梁さん、長尾さん。お2人共、トレードで村山マダーレッドサフフラワーズを出てみませんか?」
山形きらきらスタジアムでのホームゲームの後。球場の会議室にて。
事前に用事があると告げて残って貰っていた2人にそう持ちかけると、彼らはしばらく呆けてから複雑そうな表情を浮かべた。
どうやら理解するのに少し時間がかかったらしい。
「何が『と言う訳で』なのかは分からないが、いきなり過ぎやしないか?」
「……もう俺達は、村山マダーレッドサフフラワーズには必要ないってことか?」
そう俺に対して問いながら、しかし、意識は明らかに俺の隣に向いている2人。
彼らの目には尾高監督の姿が映っている。
当然と言うべきか、高梁さんと長尾さんの前にいるのは俺だけではない。
他に新垣選手兼ヘッドコーチ、大法さん選手兼打撃コーチ、村木選手兼守備走塁コーチ……それとあーちゃんがいる。
帰りが一緒だから待っているだけの彼女のことは一先ず脇に置いておくとして。
村山マダーレッドサフフラワーズ首脳陣が勢揃いの状態。
俺の言葉が単なる俺の一存ではないことは、既に彼らも理解しているはずだ。
とは言え、球団にとって不要だから放出しようということでは決してない。
まあ、今それをそのまま口にしたとしても、彼ら2人には正しく伝わらない可能性の方が高いだろうけれども。何故なら――。
「実際のところ、俺達は控えとしてしか出場できていないからな。去年、2部リーグや3部リーグにいた時ですらそうだった」
「そこへ倉本未来に瀬川昇二が加わって、レギュラーになったことで更に俺達は出場機会が減っちまってるしな。レギュラー奪取なんて夢のまた夢だ」
それについては否定することができない事実だ。
高卒新人相当の年齢である俺とあーちゃん。
紛うことなき高卒新人の倉本さんに昇二。
来年にはそこに正樹も加わる予定だし、新人選手も入ってくる。
村山マダーレッドサフフラワーズには若い戦力が非常に多い。
故に今後、この2人がレギュラー争いに勝つ可能性は限りなくゼロに近い。
25歳の高梁さんと26歳の長尾さんも若いと言えば若いが、だからこそ逆に長く飼い殺しのような状態になってしまいかねない。
2人共、それを強く自覚している。
である以上、慌てて必要ないなんてことはないと口にしても心に響きはすまい。
「もう少し器用だったら違ったんだろうけどな……」
不甲斐なさを吐き出すように深く嘆息する高梁さん。
彼らが控え選手なのは、能力的に酷く劣っているからという訳ではない。
いや、俺達と比較してしまうと物足りないのは確かな事実ではあるけれども。
どちらかと言えばタイミング。巡り合わせの問題だ。
これは何もプロ野球という職業に限ったことじゃない。
世間一般でもそう。
レギュラー争い。もといポジション争いは競争相手がいてこそ起こる話。
その競争相手が組織の事情で硬直して動かすことができないような状況にぶち当たってしまったら、もう運が悪いとしか言いようがない。
実力で圧倒してしまえばいいという正論も彼らには少々酷だ。
こればかりは俺にも如何ともしがたい。
2人が【成長タイプ:マニュアル】だったなら違ったかもしれないが。
「コンバートもうまく行かなかったからな」
彼らにとって最大のネックになっているのは守備位置だ。
長尾さんはメインポジションがサードで、サブポジションがファースト。
高梁さんはメインがレフトで、一応センターとライトの守備適性は普通。
他のポジションはと言えば、2人共壊滅的。
申し訳ないが、彼らはメインポジション以外では計算できない選手なのだ。
バッティングは大法さんや崎山選手に劣るため、DHという訳にもいかない。
そもそも俺や美海ちゃんが先発の時にはDH枠は使わないしな。
かと言って、一芸に秀でているようなタイプでもなかった。
そういった能力とチーム事情の兼ね合いが今の状態だ。
2人が所属している我らが村山マダーレッドサフフラワーズには、俺が集めたこともあって【成長タイプ:マニュアル】の選手が多い。
本来は不遇な【成長タイプ】だが、そこに【マニュアル操作】が加われば複数のポジションに対応可能なユーティリティプレイヤーにもなることができる。
勿論、潤沢に【経験ポイント】があれば、の話ではあるけれども。
当人にその気があれば、二刀流ですら自由自在だ。
そこまでではないにせよ、昇二や倉本さんも実際に内外野どこでも守れる。
そのせいで【成長タイプ:マニュアル】以外の選手が割を食っている訳だ。
何もしなければ不遇極まりなく、干渉すればトップオブトップ。
重ね重ねバランス調整がおかしいと思う。
「最近の子は器用過ぎるよな……」
「全くだ」
嘆息する2人に思わず苦笑する。
最近と言うか、日本だと山形県出身者だけがおかしいんだけどな。
まあ、それはともかくとして。
彼らは昇二や倉本さんがプロ野球選手としての日々に慣れるまでは、ということで新人選手の負担軽減のために今は代打や守備で試合に出ることができている。
機会が減った、とは言っても余所の控えよりは余程試合に出ているのが現状だ。
あの報告会からしばらく経った4月下旬の現時点で、2人の打席数が共に30を超えているのがその証拠だ。
これは試合数を上回る数字だからな。
控え選手としては異常としか言いようがない。
ほぼ毎試合途中出場し、更に打席が2度回ってくるようなことが複数回ないとそうはならないと言えば、そのトンデモ具合が分かるだろう。
ちなみに。
根本的な原因は、村山マダーレッドサフフラワーズがアホみたいに打ちまくって1試合に5回とか6回とか当たり前に打順が巡っていることだ。
場合によっては、それ以上の時もあった。
俺なんかは下手をすると、シーズン1000打席とかいう馬鹿げた数字になってしまう可能性もないとは言い切れない。
育成寄りに切り替えつつあるので、今の状態は続かないとは思うけれども。
……思考が逸れた。
今は彼ら2人の今後についての話だ。
「秀治郎」
「はい」
高梁さんの真剣な視線を正面から受けとめて応じる。
背筋を伸ばす。
「それでも俺はここで、村山マダーレッドサフフラワーズで野球がしたい」
「勿論、俺もだ。企業チーム化する前から所属していた愛着もあるからな」
「そう思うことは我侭か?」
「いいえ。それ自体に何の問題もありません。むしろありがたい話です」
プロという過酷な世界の論理で考えると、甘いと見なされかねないが。
クラブチーム時代からのつき合いだ。
彼らの要望を全て呑みたい気持ちもある。
とは言え、今の状態が彼らの人生にとってもいいとは思えない。
少なくとも選択肢は提示したい。
「俺も少し先走って説明が不足していたので、そこだけは話をさせて下さい」
真面目に口にした俺の言葉に、2人は少し落ち着いた様子で「ああ」と頷く。
心情を吐露して気持ちが幾分か和らいだところに告げたおかげで、冷静に耳を傾けてくれたのだろう。
「まず、今回のトレードというのはレンタル・トレードを想定してします」
「レンタル」
「トレード」
「はい。あくまでも期間限定です」
これは前世の日本プロ野球にはなかった制度だ。
サッカーや大リーグではあったと聞く。
まあ、当然ながら今生のそれとは細かい部分で色々と違いがあるはずだが。
公営の他に私営があり、更に3部リーグまで存在する関係で球団数が前世に比べて非常に多いため、選手の移籍に関する制度も多種多様なのだろう。
「期間はペナントレース終了まで。移籍先がプレーオフに進出することができていたら応相談。満了したら村山マダーレッドサフフラワーズに戻ってきて貰います」
「つまり、村山マダーレッドサフフラワーズがプレーオフに進んでいたら、その一員として試合に出場できる可能性もあるってことか?」
「勿論。クラブチームから一緒にやってきたのに、初年度日本一を達成する前に完全移籍でサヨナラなんて無体な真似はしないですよ」
その部分に対する懸念も脳裏にはあったのだろう。
2人は少しだけホッとした様子を見せる。
「とにかく、まずは武者修行感覚で余所の球団を見てきて欲しいんです。その上で活躍して移籍先から乞われれば、来季の選択肢が増えるでしょう」
「来季の選択肢……」
「今のままだと出場機会が少ないし、そのせいで年俸も上がらないですからね」
下世話な話。
今は全員新人なので一律横並びだが、来シーズンは一気に格差がつく。
それを実際に目の当たりにしてしまうと、出場機会が少ないことに対するもどかしさが一層強く噴出するはずだ。
「移籍先でレギュラーを奪取すれば、出場機会も年俸も跳ね上がるでしょう」
「……できると思うか?」
「当然です。お2人はポジション事情が噛み合えばレギュラークラスですから」
それはハッキリと断言する。
散々彼らがレギュラーになれない理由を挙げてきたが、それはあくまでも村山マダーレッドサフフラワーズの中の話だからだ。
2人もクラブチームの頃から数えて4、5年【経験ポイント】取得量増加系スキルを持つ俺達と一緒に練習してきたのだ。
他球団ならステータス的には1部リーグの上澄みだし、座学や実践守備でいわゆる野球偏差値だって平均以上なのは間違いない。
30打席ながら打率4割超え、ホームラン2本という成績からも分かる。
該当のポジションが薄い球団に移籍すれば、即レギュラー入りも可能なはずだ。
「俺はお2人に、村山マダーレッドサフフラワーズ出身選手というブランディングの先駆けになって欲しいんです。日本野球界全体の活性化のために」
「……ものは言いようだな」
とは言いながら、長尾さんの表情は割と乗り気になっているように見えた。
「尾高監督達も同じ考えですか?」
「そうですね。お2人はこの球団で控えに甘んじるよりも、他球団でレギュラーを奪取した方がよりよい野球人生を歩めるのではないかという思いはあります」
尾高監督の言葉に、大法さん達も頷く。
相手を思ってのこととは言え、トレードの打診は初めてのこと。
俺が発案したことだけに俺が主体となって話をさせて貰っていたが、その実、大法さん達もどう話せばいいものか分からなかったのかもしれない。
他の球団とは違い、強権を振るえる程の実績もないからな。
高梁さんと長尾さんが瞑目して考え込む間、そんなことを思った。
しばらくして2人が同時に目を開ける。
「分かりました。村山マダーレッドサフフラワーズへの愛着もありますが、やはり一選手として試合にレギュラーとして出たい気持ちも強いです」
「村山マダーレッドサフフラワーズ日本一の瞬間にも立ち会えるように配慮していただいている訳ですし、否やはありません」
元々クラブチームという野球界の片隅で野球にしがみついていた男達だ。
最高峰の舞台でレギュラーとして試合に出たい。
その気持ちはチーム愛で抑え込めるものではないだろう。
「大活躍してガッツリ稼いで有名になってきて下さい」
「ああ」
「おう」
表情を和らげる2人に、安堵と共に頷く。
とりあえず話が纏まってよかった。
「……ところで、あの4人はどうするんだ?」
あの4人……夜遊びカルテットのことか。
彼らも立場としては高梁さんや長尾さんと近いところはあるが――。
「ええと、今のままだと素行が……ブランディングには適さないかな、と」
「ああ……」
「だろうな」
「お2人が別の球団で活躍する姿を見て、少しは発奮してくれないものかと」
「そうだな。ポツポツ試合には出ることはできても全く上がり目がないっていうのが、モチベーション低下の最たる要因だろうし」
「村山マダーレッドサフフラワーズで控えに甘んじていても、余所の球団で一花咲かせるルートがあると思えば腐らずにいられるかもしれないな」
実際、そういう効果も狙ってのことではある。
控えの選手も可能な限りいい野球人生を歩めるようになればいい。
絵空事かもしれないが、仮にも首脳陣の一員なのだから努力はすべきだ。
そのために。
早速、球団を通じて相手方に連絡をするとしよう。
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