192 ファン感謝祭午前の部
村山マダーレッドサフフラワーズファン感謝祭当日。
会場である山形きらきらスタジアムは、内も外もお祭りモード。
普段は駐車場として使用されるスペースにも屋台が縁日の如く立ち並んでいる。
定番の射的や輪投げ、クジ引き、高反発ボールすくい、ヨーヨー釣り。
食べ物系では綿菓子にチョコバナナ、フランクフルト、焼きそば。
山形のソウルフードの1つであるどんどん焼き(お好み焼きのような粉ものを箸に巻きつけた食べ物)を売っている出店もあった。
近くには写真撮影用のコーナーもあり、等身大の選手のパネルや村山マダーレッドサフフラワーズのユニフォームが描かれた顔はめ看板が並んでいる。
折角なので、俺とあーちゃんも昨日の内に自分のパネルと記念撮影しておいた。
その写真は公式ササヤイターにも掲載され、ファン感の宣伝に活用されている。
ちなみに、一緒に投稿されたササヤキは以下の通りだ。
『当日は駐車場エリアを紅花パークとして開放します。
多種多様な屋台と写真撮影用のパネルをご用意しております。
紅花パークはチケット不要で入場可能ですので、お気軽にお立ち寄り下さい。
※当日は駐車場エリアへの車両の出入りができません。
お越しの際は公共交通機関か、近くのコインパーキングをご利用下さい。
#村山マダーレッドサフフラワーズ #ファン感謝祭』
交通アクセスについては、特設サイトとチケット販売サイトでも同じような文言を記載して球場の駐車場は使用できないことを周知徹底している。
この紅花パークと名づけられたエリアから球場の方に近づいていくと、スタジアム外周の数ヶ所に大きめのブースが設置されているのが見えてくる。
こちらはガラポン抽選会場や地元協賛企業の出店が主だ。
推し選手投票箱や質問箱なども置かれている。
出店には紅花パークよりもしっかりとした食べ物系のものもあり、中には11月だと言うのに元祖冷やしラーメンや冷たい肉そばといった屋台まで出ている。
勿論、県内を探せば冬でもお品書きにある店はいくらでもあるけれども……。
11月下旬の屋外となるとどうかと少し思う。
まあ、興奮で火照った体をクールダウンするには丁度いいかもしれないな。
別に氷水のようにキンキンに冷やしている訳ではないようだし。
その他、山形名物芋煮会の出張簡易版も開催される予定になっている。
ちなみに芋煮は醤油ベースで牛肉が入っているものだ。
山形内陸で味噌ベースにしたり、豚肉を使ったりしたら戦争が起こる。
両方使った日には、それは豚汁だろうがという誹りは免れない。(暴論)
まあ、それはともかくとして。
そんな外周からゲートを抜けていけば、メイン会場となるグラウンドに出る。
午前中はパーティションで細かく分割されており、複数の企画を同時に行うことができるようにいくつかの区画が設けられている。
午後からは広くスペースを取り、メインイベントが開催されることになる。
「しゅー君、そろそろ開場時間」
念のためにギリギリまで自分が参加することになっているイベントの最終チェックを行っていると、あーちゃんが球場の時計を視線で示しながら言った。
確かに、もう間もなく開場時刻の午前9時だ。
「分かった。行こうか」
「ん」
頷く彼女と共にグラウンドを後にし、スタジアムのメインゲートに向かう。
まずはそこで来場者をウェルカムハイタッチでお出迎えだ。
15分程度、グラウンドに向かうファンとひたすら笑顔でハイタッチし続ける。
それから事前の抽選で当選した人達向けの特別企画の対応に向かった。
俺の担当は、まずマウンドとバッターボックス近辺を利用して行われる100マイル&ナックル特別体験コーナーだ。
名称から何となく予想がつくだろうが、当選者がバッターボックスに入って俺と美海ちゃんが投げる球をバッター目線で体験するという内容だ。
勿論、安全には十分配慮している。
バッターボックスには暴徒鎮圧用の盾にも使われるポリカーボネート製の透明な衝立が置かれ、金網による補強でガッシリと固定されている。
160km/hの硬球が直撃しても問題ないことは事前に確認済みだ。
チェーンで立入禁止区域も明示しているし、スタッフが目を光らせてもいる。
もっとも。
俺も美海ちゃんも制球力を左右するステータスの【Pitching Accurate】はカンストしているし、それに作用するスキルバフも網羅している。
更にあーちゃんや倉本さんが持つキャッチャー側からのスキルバフまで加われば衝立にぶつかったり、明後日の方向にすっぽ抜けたりすることはまずない。
「では、行きますね」
最初の1組がバッターボックスに入ったのを確認してから、俺は可能な限り柔らかい表情と口調で告げて投球動作に入った。
そして、あーちゃんのキャッチャーミット目がけて腕をしっかりと振る。
――パァン!!
さすがは俺のパートナー。
【直感】を活用していい音を鳴らして盛り立ててくれる。
さて、その球速は……。
「162km/hです!」
彼女の少し後ろでスピードガンを構えていたスタッフが、マイクを使った上で少し声を張って計測結果を告げる。
今現在バッターボックスに入っている家族の歓声や、1塁から3塁のベースウォーク中の来場者達の喧騒に負けないように。
「凄っ、速っ」
「え、加速してない?」
「いやいや、加速してたら宇宙の法則が乱れてるから」
「でも、言いたくなる気持ちも分からないでもないぐらいエグい」
「バッセンの160km/hよりも速い気がするんだけど」
まあ、機械と人間ではリリースポイントからして全く違うからな。
その上でスキルのおかげもあって球持ちがよかったり、回転数や回転軸が最適化されていたりと並のストレートとも一線を画している。
いわゆる生きた球というものを極めて明確に体感できているに違いない。
「次、左で」
左投げ用のグローブに変え、マウンドに用意されているボールを手に取る。
コースはクロスファイヤー気味に……。
――パァン!!
「162km/hです!」
「右と全く同じ球速とか……」
「右打席で見ると、内角抉ってきて怖過ぎなんだけど」
「これと衝立なしで向かい合うとか無理無理」
「プロって本当に凄いんだな」
とりあえず1組につき俺は右と左で1球ずつ。
「では、交代します」
続いて、美海ちゃんのナックルが2球。
1組当たり4球ずつで、15組限定のコーナーとなっている。
2~3人バッターボックスに入り、右打席と左打席で1組合計4~6人。
それが15組なので、事前の抽選で60~90人が当選した形だ。
「行きます!」
キャッチャーも倉本さんに変わり、美海ちゃんが振りかぶって投げる。
屋外なことに加えて今日は風もそこそこ強い。
そのおかげか、傍目にも気持ち悪いぐらいグネグネ曲がっていた。
しかし、倉本さんの【生得スキル】【軌道解析】によって、ストライクゾーンに来るように完璧にコントロールされている。
「ヤッッッバ」
「こんなの絶対打てないっしょ……」
「それ以前に、あんな変化球をよく捕れるよね」
「やっぱり、あの採点は的外れだったんだろうな」
ここで体験してくれた人は、そういう考えに至ってくれた人が多かった。
もっとも、基本的にファン感謝祭に来てくれるのは、そもそも村山マダーレッドサフフラワーズのファンという人がほとんどだ。
なので、これもあくまで贔屓目ではあるのだろうけれど……。
それでも、ある程度美海ちゃん達の凄さを感じて貰えたのは間違いないはずだ。
やがて15組全て消化し、100マイル&ナックル特別体験コーナーは終了。
スタッフが次の準備に入る中、俺達はマウンドを降りて外野の区画へと向かう。
これもまた事前応募イベントの1つ。
選手や監督、コーチとの写真撮影&サイン会が行われている場所だ。
俺のところは当たり(?)で、あーちゃんと夫婦揃っての対応となる。
「しゅーじろーせんしゅ、あかねせんしゅ、おーえんしてます!」
このファン感謝祭には、こんな小さな子供連れの親子も大勢来てくれていた。
チケットの送り先を集計した限りでは、ほぼ地元山形県の人間だと聞いている。
この家族も恐らくそうだろう。
「ありがとう」「ありがと」
「えへへ、いえたよ!」
無邪気に親に報告する男の子の反応に、あーちゃんですら自然と顔を綻ばせる。
100人の夢を打ち砕いたなら1000人に夢を見せられる人間になればいい。
俺達に会って嬉しそうな姿を見ると、少しはできてると信じてもいいだろうか。
そんなことを考えながら、男の子を真ん中に写真撮影をする。
俺とあーちゃんは中腰、後ろにご両親という配置だ。
更に、男の子が着てきた村山マダーレッドサフフラワーズのレプリカユニフォーム(子供用で背番号は19)に2人でサインをする。
さすがに相合傘は書かない。
子供相手なので、あーちゃんも自重している。
「ありがとーございました!」
「こちらこそ。これからも応援よろしくね」
「うん!」
元気よく頷いて去っていった子を、彼女と並んで手を振って見送る。
それから次の組の応対へ。
そんな感じで一般のファンと触れ合っていく。
貴重な機会に、時間も早く過ぎていった。
しばらくしてスタッフに促され、また次の区画に移動する。
今度は、外野の反対側で行われているミニ少年野球教室のコーナーだ。
ティーバッティングやキャッチボールの簡単な指導をする。
時間が限られているので、本当に基本的なことだけだ。
そんな中で。
「あの、僕もプロ野球選手になれますか?」
当選者に初対面の頃の瀬川兄弟みたいな少年がいて、そんなことを尋ねられた。
【成長タイプ:マニュアル】でステータスが明らかに低く、この僅かな間でも普段からスポーツは何をやってもうまくいっていないことが分かる。
ティーバッティングですら空振ってばかり。
キャッチボールは当たり前のように暴投する。
ちょっと懐かしい気持ちになる。
「無理、ですよね」
「……いや。むしろ君だからこそなれるよ」
「ほ……本当、に?」
「勿論。腐ることなく、努力を続けていくことができればね」
言いながら指導と称して体に触れて、未使用の【経験ポイント】を使用する。
時間経過では低減しない程度に全てのステータスをバランスよく上げていき、スキルも可能な限り取得させておく。
これで一先ず、小学校の間はそれなりにやれるだろう。
その効果は、ミニ少年野球教室でも即座に発揮された。
「普通に打てる、投げられる……? どうして急に?」
「何を置いても体の使い方が悪かったんだ。けど、一度コツを掴めば大丈夫」
俺の適当な発言に驚きの表情を浮かべた後、今にも泣き出しそうな顔になる彼。
野球に狂った世界だ。
この少年もまた、その価値観に打ちのめされてしまうような出来事を幾度となく体験してきたのだろう。
「その内、村山マダーレッドサフフラワーズもユースチームを作るはずだから。その時になったら君も応募するといい。歓迎するよ」
「…………はい!!」
そうして最後には嬉しそうに笑った少年を見送ったところで。
午前の部は終わりを告げた。
これから昼の休憩を挟み、選手主導のイベント満載な午後の部が始まる。
……さて、と。
俺とあーちゃんは一旦ユニフォームから着替えないとだな。
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