191 ファン感謝祭前日
村山マダーレッドサフフラワーズ初のファン感謝祭が開催される前日の土曜日。
俺はあーちゃんを伴って山形きらきらスタジアム内にある会議室に入った。
すると、中で待ち構えていた人物がスッと立ち上がったのが目に映った。
フレンドリーに挨拶をしようと口を開きかけるが、圧を感じて封じられる。
「また自分にヘイトを集めるような真似をして! 全く!」
その相手。美海ちゃんは不満げな顔でそんなことを言ってきた。
俺の目の前まで来て、鼻先に指を突きつけながら。
「い、いや、その話はもう大分前に済んだじゃないか」
具体的には、あの動画のプレミア配信が終わった直後の電話で。
けれども、彼女は至近距離から呆れ果てたような表情を俺に向け続ける。
ちょっと近過ぎて、思わず顔を背けてしまう。
すると、美海ちゃんの斜め後ろで苦笑していた倉本さんと目が合った。
そんな彼女に視線で助けを求めようとするが……。
「野村君は仕方のない人っすね」
倉本さんにまで困ったような顔で言われてしまう。
あーちゃんもこの部分に関してはノーコメントで行く様子。
どうやら味方はいないらしい。
「けど、海峰永徳とかメッチャ切れてたみたいっすよ」
「あー……」
それは、あの動画を配信した後のことだ。
彼はドラフト会議直後にも口にしていた「アウトカウント1つも取れずに滅多打ちにされた女性選手を1位指名し、あまつさえローテーションピッチャーとして起用するなんて敗退行為も同然だ(意訳)」といった主張を繰り返した。
更には俺に対しても「現実が見えていない自惚れ屋」だの「実績もないのに大言壮語甚だしい。見ていて恥ずかしい」だの好き勝手抜かしてくれていた。
とは言え、俺に関しての話はどうでもいい。
現時点ではそう思っても仕方がない部分もあるだろうし。
ただ、美海ちゃん達についての発言とタイミングには少し違和感があった。
海峰永徳選手の性格を考えると、ドラフト会議が始まるまでの間に同じようなことを嬉々として発信していても不思議じゃない。
にもかかわらず、番組内でのコメントは何とも当たり障りのないものだった。
それがドラフト会議後には、一転してほぼ非難のようなコメントを出してきた。
その事実と、美海ちゃんに以前メールでアプローチをかけてきていたこと。
この2つを合わせて考えると……。
海峰永徳選手は、彼女達を獲得するように球団に働きかけていたのではないか。
そんな想像に至ってしまった。
そして、そこまで来ると妄想が一気に広がってしまう。
あるいは、あの番組での小細工もまた彼の画策だったのかもしれない。
2人の評価を下げて他球団に指名させないようにしつつ、自分の球団にはいずれかの順位で獲得させてチームメイトとして彼女達に近づくための。
だからこそドラフト会議までは大人しくしていたが、村山マダーレッドサフフラワーズが彼女達を獲得してからは掌を返したように批判を始めた。
今度は精神的に追い詰めてプロ野球選手という立場から身を引かせ、そこから再度甘い言葉でも投げかけながら接触を図ろうとでもしているのではないか。
といったところまでは考えた。
いや、いくら何でも邪推が過ぎるだろうけどな。
色々と間抜けが過ぎるし。
ただ、埼玉セルヴァグレーツから彼女達宛に調査書が届いていたのは事実だ。
……とは言え、その真偽なんて今更どうだっていい。
もう過ぎた話だ。
今この場で確かに言えることは2つ。
美海ちゃんと倉本さんが村山マダーレッドサフフラワーズと正式に選手契約を交わし、再び俺達のチームメイトになったこと。
そして、海峰永徳選手の発言は決して真実になることはないということ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「ま、彼に関してはこのままキレさせとけばいいんじゃないか?」
「適当過ぎないっすか?」
確かにそう聞こえてしまうような提案だろうが、本心からの言葉だ。
彼が騒げば騒ぐ程、後々のダメージが大きくなるだけなのだから。
「……海峰永徳だけじゃなく、ドラフト会議の採点で赤点をつけてきた評論家達まで騒ぎ立ててるじゃない」
美海ちゃんはそう言うと、尚のことジトッとした目を向けてくる。
ある種の煽りが目的の動画を配信してから2週間と少し。
その間に海峰永徳選手や元プロ野球選手の評論家達が厳し過ぎる反応を示したことで、美海ちゃんは現状に改めて思うところができてしまっていたようだ。
その結果が冒頭の発言に繋がったのだろう。
「大丈夫なの?」
「言っても、遅かれ早かれのことだっただろうしなあ」
吐いた言葉を飲み込むことはできない。
俺が煽ろうと煽るまいと、来シーズンの結果が出れば今回のドラフト会議での村山マダーレッドサフフラワーズを辛口評価していた人らの面目は丸潰れになる。
ネットで馬鹿にされるだろうし、それが続けば鬱憤が溜まっていくだろう。
それはやがて、姿の見えぬアンチではなく、主要因たる俺達に向く恐れがある。
だからと言って、わざわざ火に油を注いで確執を大きくするのはどうかとは思うが、今後の日本野球界を考えると俺がヒールになるぐらいが丁度いいと思う。
それによって間接的にでも選手達の心が燃え上がり、日本野球界の異物とでもいうべき存在に真正面から挑みかかる流れができてくれれば。
打倒アメリカの一助にもなるだろう。
いずれにしても。
誤った情報に引っかかって的外れな意見を垂れ流した挙句、反撃されたらキレるような評論家については過去の遺物に過ぎない。
そういう連中への対応をどうするかは決まっている。
「結果を突きつけ続ければ、ぐうの音も出なくなる」
「そういうことだな」
淡々と結論を口にしたあーちゃんに同意する。
色々思い悩んだところで、俺達がやるべきことはそれ以外にない。
外野どころかグラウンドにすらいない人間の戯言は、気にするだけ無駄だ。
「……随分とプレッシャーをかけてくれるっすね」
「2人なら大丈夫だって」
「全く、簡単に言ってくれるじゃない」
しかし、まあ。
彼女達には【明鏡止水】のような精神安定効果のあるスキルを取得させているので基本的にそういった重圧には強い。
……のだが、日本代表として日の丸を背負って挑むWBWともなれば、かかるプレッシャーの大きさは比較にならないだろう。
スキルでもカバーし切れないかもしれない。
そう考えると、今の内に可能な限り負荷を与えておきたいところではある。
「実際、簡単なことだと思ってるからな」
「使える変化球を最低2つ覚えろ、ってのも?」
「勿論。俺はできることしか言わないさ」
「……そりゃ、秀治郎君がそこまで言うんなら本当にできるんでしょうけどね」
俺が断言すると、美海ちゃんはそっぽを向きながら不機嫌そうに呟く。
その口調とは裏腹に、言葉の内容には長年の信頼が垣間見える。
ちょっとこそばゆい。
「つまり、ウチはリーディングヒッターになれるってことっすか」
「当然。倉本さんもまだまだ伸び代があるから」
動画の中では村山マダーレッドサフフラワーズのリーディングヒッターという言い方をしたが、それはひいては球界の首位打者ということにもなり得る。
何せ、俺達を差し置いてってことだからな。
【軌道解析】は間違いなく、それだけの効果を持つスキルだ。
そこそこのパワーさえ身につけば、年間最多安打記録更新も容易いだろう。
「ウチがプロ野球選手になれたのも野村君のおかげっすからね。信じるっすよ!」
言いながら、俺に対して挑戦的な笑みを見せる倉本さん。
現時点の低評価を覆す未来を脳裏に思い描いているのかもしれない。
そんなことを話していると、会議室のドアがノックされた。
「失礼します」
入室の挨拶と共に中に入ってきたのは見覚えのある2人。
「来たか、昇二。それと……正樹も」
「ああ」
瀬川兄弟が久し振りに2人揃った姿を見せた。
正樹は再びの手術から約3ヶ月経ち、今はもうギプスをつけていない。
肘や肩の可動域は全然だろうが、意外と余裕のある表情をしている。
2度目の手術ということもあって慣れた……という訳ではないだろう。
「ちゃんと自重してるみたいだな」
「当たり前だ。誰が同じ轍を踏むか」
売り言葉に買い言葉みたいな内容に反し、口調はサッパリとしている。
空元気という感じもない。
落ち着いていて自然体。
この調子なら問題なさそうだ。
「……しかし、まさか前々から聞いていた別の復帰プランがサウスポー転向だったとはな。正直、全く頭の中になかった」
まあ、18歳からってなると非常識極まりないからな。
とは言え、右での復帰よりも間違いなく可能性は高いだろう。
「成程って思ったけど、隠しておかなくてよかったの?」
「動画でも言っただろ? どうせ練習すれば分かることだからな。まあ、サプライズできたら確かに面白いだろうけど、それはさすがに無理な話だ」
何より、再び手術を受ける羽目になった正樹に方針を示す意図が大きかった。
完全に元に戻せる保証のないリハビリに臨むよりも、見込みが高い次善の策があると認識しておいた方が焦りも不安も小さくて済む。
そう考えたのだ。
さすがにドラフト会議前には公表できなかったけれども。
彼の表情を見る限り、今のところ思惑通りに行っているようだ。
「……さて、残るは2人か」
「5位と6位か。初めて会うな」
「それはその通りだろうけど、そういう角の立つ物言いは控えろよ?」
「分かってるよ。今の俺は所詮怪我人だしな。大人しくしてるさ」
「ならいいんだけどな」
今日の集まりは、明日のファン感謝祭で行われる入団会見の事前準備だ。
加えて、ファン感謝祭のイベントにも出演する予定の者はそちら側でリハーサルに参加することにもなっている。
俺とあーちゃんも、最近は色々準備に追われていた。
「っと、来たみたいだな」
会議室の外から足音が聞こえ、少しして再び扉がノックされる。
入ってきたのは案の定、門倉選手と佐々井選手だった。
秋季キャンプ見学の時と同様、集合時間の少し前だ。
彼らは面識のない正樹を意識している様子だったが……。
この場は簡単な挨拶のみで、そこから互いに会話には発展しなかった。
と言うのも、担当者が来て当日の流れの確認に入ったからだ。
そのまま各々リハーサルもこなしていき、瞬く間に時間が過ぎていく。
そうして翌日。11月22日。
比較的日差しの暖かい晴天の下で、村山マダーレッドサフフラワーズ初のファン感謝祭が始まったのだった。
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