190 来シーズンの展望とお知らせ

『ここまで、新人6選手にかける期待についてもお伝えいただきました。次にこの6名を加えて戦うこととなる来シーズンの展望をお聞かせ願えますか?』

『ええ、勿論です』


 画面の中の俺は仁科さんの要望に頷くと、またカメラ目線になって続ける。

 キメ顔がアップで映り、隣で一緒に動画視聴中のあーちゃんは嬉しそうだ。


『指名挨拶で申し上げた通り、来シーズンはプロ野球1部リーグ昇格1年目にして日本一という栄冠を勝ち取りたいと思っています。……いえ、必ず勝ち取ります』

『この戦力ならそれができるってことー?』

『その通りです。捕らぬ狸の皮算用のように思われてしまうかもしれませんが、来シーズンのローテーション投手の勝ち星を計算して十分可能だと判断しました』

『勝ち星を計算、ですか。……内容を教えていただくことはできますか?』

『はい。まずローテーション投手は5人体制となります。ただ、自分は今年と同じように右投げ左投げ1人2役で行く予定ですので、実質的には6人体制です』


・既におかしなこと言ってる

・そんなことしてると壊れるぞ、マジで

・尚、今シーズン2部リーグ3部リーグながら実際に週2回登板をやり抜いた模様

・単年なら、まあ……

・それだけじゃなく、登板しない時はキャッチャーで出場したりしてんだよなあ

・1部での実績が皆無にしたって控え目に言って化け物では?

・バッターとしても2部以下じゃ怖がられ過ぎて申告敬遠祭りだったしな

・俺は掛け値なしに化物だと思うけど、1部で活躍しないと有識者が認めないんよ

・まあ、高校通算本塁打がプロじゃ当てにならんって言うのと似た話だな

・そう言えば申告敬遠周りのルールって変えたりすんのかな? 大リーグみたいに

・これも結局、1部リーグで同じことが起きないと何も変わらんだろ


 敬遠については、磐城君や大松君がどうなるか次第だと思っている。

 村山マダーレッドサフフラワーズとしては特に気にしたりはしない。

 極論、最高のバッターを9人並べられれば敬遠なんてしてられなくなるからな。

 WBWアメリカ代表チームなんてそんな感じだし。

 まあ、だからこそ逃げずに勝負して貰わないと困るって側面もあるけど……。

 今のところは成り行きに任せるしかない。

 今はそれよりも勝ち星の計算についてだ。


『公式戦全162試合を6で割ってローテーション投手1人当たり27試合と考えて。自分が左右各27試合、合計54試合登板してチーム50勝を目指します』


 日本プロ野球1部リーグのペナントレースは、前世における大リーグの試合数と同じ162試合で順位を争うことにとなっている。

 間違いなく、大リーグ贔屓な野球狂神の匙加減によるものだろう。

 これに関しては文句を言っても仕方がない部分だ。


 それはともかくとして。

 内訳は、まず自球団を除いた同一リーグの5球団×18試合で90試合。

 残りは交流戦で、他リーグの18球団×4試合で72試合。

 90試合+72試合で合計162試合だ。


・先発54試合登板とか1950年代1960年代の日本プロ野球かな?

・自分で言ってておかしいと思わんのかな

・まあ、50年代60年代は両投げでもないのに50試合登板とかしてたけどな

 中継ぎとかじゃなく、先発ピッチャーのカテゴリーで

・それどころか、60試合以上登板してる選手もいるぞ

・異常者かな?

・先発、中継ぎ、抑えを全部やってた、みたいな感じでの登板回数だけどな

・30~40試合先発した上でな

・むしろ、そっちの方が異常者なのでは……?


 実際、当時の起用方法は現代人からすると頭がおかしいレベルだからな。

 ダブルヘッダーで1日2先発、翌日また先発みたいなこともあったらしいし。

 ブラックもいいところだ。

 結果、当然と言うべきか大抵の選手が数年で壊れてしまった。

 それを当たり前と認識していた時代が確かにあったことが尚のこと怖い。

 嘘のような本当の話だ。

 まあ、前世だとその果てに400もの勝利を積み重ねた投手もいたけれども。

 特異過ぎる事例を引っ張り出してきて正当化することはできない。


・投手コーチでもある訳だし、登板するのは自己責任ってことでいいだろうけどな

 それにしたって50勝は盛り過ぎだろ

・いいとこ右15勝、左15勝で30勝ぐらいじゃね?

・それでも十分過ぎるわ

・化け物定期

・最多勝確定やないか

・いや、お前ら。チーム50勝であって野村の勝ち星が50とは言ってないからな

・ほとんど同じことでは?

・お前、ムエンゴ投手にも同じこと言えんの?


 野球は0点に抑えれば負けないとはよく言われることだ。

 しかし、1点も取れなければ勝てないのもまた事実。

 つまり、どれだけ好投したとしても打線の援護がなければ勝利投手にはなれない訳だが、9回当たりの援護点を示す指標である援護率が異常に低い者がいる。

 それがいわゆるムエンゴ投手だ。

 先発投手がそういうタイプだと、最終的にチームが勝ったとしても勝ち星を得ることができないといった事態が起きやすくなる。

 そうした要素もあり、投手の勝利数を他の成績より下に見る向きもある。


 ただ、まあ。

 俺は基本的に先発完投を念頭に置いて登板するつもりでいる。

 なので、登板試合でのチームの勝敗はそのまま俺の勝敗となるだろう。

 チームの50勝はイコール俺の50勝。

 そうなる。いや、そうさせる。

 中継ぎ投手にしても抑え投手にしても、ブルペンにも入れないようにしたい。

 全員温存して、他の試合で力の限り頑張って貰うために。


 何はともあれ、俺の中では俺が投げ切る前提での話。

 その上で昇二に美海ちゃん、倉本さんまで加わった厚い打線の援護がある。

 ムエンゴなんて起こり得ないと思っている。

 何なら自分で自分を援護ジエンゴすればいい。

 勝ちの権利を得られない状況はほぼないだろう。

 だから動画では控え目に言ったが、目標は常に全勝。

 54勝0敗を目指す。


 現代野球だと異常極まりない数値だ。

 しかし、前世では片方の腕だけで年間40勝しているピッチャーもいる。

 21世紀になってからでも、24勝0敗なんて成績を残した選手もいた。

 それを右と左でやれれば近い数字になる。

 本当の化け物というのは、俺のような【マニュアル操作】によって人類最高峰まで上げたステータスの暴力で活躍しようとしている作り物じゃない。

 ほとんど理論値みたいな数字を現実で叩き出した人間のことを言うのだ。


『浜中選手は27試合登板してチーム18勝を目標。残る81試合を1勝1敗ペースで40勝として112勝50敗。これでリーグ優勝する計算です』

『夢物語のようにしか聞こえませんが……』

『まあ、これもまた来シーズンの結果で判断して下さい、というところですね。伴わなければ、批判して下さって構いませんよ』


・ほーん、煽ってくれるやないか

・そこまで言うなら見守ってやるよ

・袋叩きか、はたまた熱い掌返しが見られるのか

・楽しみだな。結果が出るのが


 といったコメントが流れた辺りで。


『野村秀治郎選手。ありがとうございました』


 司会役の関川さんが動画の締めに入った。


『さて、本日の動画はここで一先ず終了となりますが、その前に村山マダーレッドサフフラワーズから告知をさせていただきたいと思います』


 彼の言葉に合わせて画面が切り替わり、スライドが映し出される。


『来たる11月22日の日曜日に村山マダーレッドサフフラワーズ初のファン感謝祭が山形きらきらスタジアムにて実施されます』


 ファン感謝祭。通称ファンフェス。

 ファンにとって選手を見に行くことができる1年最後のイベントだ。

 間もなく開催され、尚且つ――。


『その観覧チケットが明日から御覧のチケット販売サイトより販売されます。観覧をご希望の方はチケットをお買い求めの上、御来場の程よろしくお願いします』


 今日は告知をするのに丁度いいタイミングでもあった。


『イベント内容の詳細につきましては、球団ホームページの特設サイトがチケット販売に合わせて公開されますので、そちらをご確認下さい』


 関川さんのアイコンタクトを受け、俺が引き継ぐように続けるとスライドが次のものに移って球団ホームページのURLが大きく表示された。

 その後、画面はスタジオに戻って俺とあーちゃんがアップで映し出される。


『ただ、まあ。折角動画を見に来ていただいたので、先行してファン感謝祭にて行われるイベントの1つを発表したいと思います』


 動画の俺がそう言うと、隣のあーちゃんがカメラ目線で口を開く。


『秀治郎とわたしの公開結婚式を山形きらきらスタジアムのグラウンドの一角で行います。合わせてウエディング仕様の限定グッズの配布や販売も予定しています』

『勝手ながらファンの皆様の祝福を賜りたく、万障繰り合わせの上ご参加いただければ幸いです。よろしくお願いいたします』


 最後にそう締め括り、2人同時に頭を下げる。

 コメント欄が加速した。


・ファン感で結婚式? マ?

・前代未聞じゃね?

・ウエディング仕様の限定グッズの配布と販売、だと?

・チケット代はご祝儀で、配布のグッズは引き出物代わりか


 戸惑いのコメントが一気に流れていくが、動画はライブではない。

 混乱する視聴者達を置き去りにしたままエンディングに入る。


『村山マダーレッドサフフラワーズ公式チャンネルでは、球団や選手の最新情報と裏話、イベントのダイジェストなど様々な動画を投稿していく予定です』

『よければ、チャンネル登録と高評価をお願いしまーす!』


 仁科さんと泉南さんの挨拶の後で画面が切り替わり、エンディング用に編集された定型映像が映し出される。

 その間はリアルタイムのコメント欄もまだ生きているので、動画の感想などのコメントが次々に書き込まれていった。


・しかし、茜選手はずっと隣で秀治郎選手を見てたな

 フリップを出した時とコメントする時以外

・あの子はそういう子だよ

・ヒーローインタビューでも秀治郎選手ラブな発言がほとんどだしな

 プロになった瞬間からもうそんな感じだった

・もう慣れたわ

・村山マダーレッドサフフラワーズのファンは大概セットで推してるからな

・あれ? ファン感での結婚式も結構受け入れられてる感じ?

・そもそもファン感なんて普通はファンしか行かないだろ

 で、ファンなら2人のことはよく分かってるし、別にな

・そりゃそうだ

・驚きはしたけど、よく考えると2人ならやりそうだし、面白そうかなって


 最後の最後にぶっ込んだためか、その話題が多く見られた。

 やがてエンディング映像も終わり、動画と共にコメントもとまる。

 それとほぼ同時に、スマホから着信音が聞こえてきた。

 相手が誰かはおおよそ予想がつく。


「しゅー君、みなみーから?」

「だろうな」


 画面を確認すると案の定、彼女の名前が表示されている。

 それを見て、俺は苦笑しながらビデオ通話のボタンを押した。


『秀治郎君! さっきの動画の――』

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