閑話12 動機は逆恨み(五月雨月雲視点)
正直に言うと、ボクはスポーツ全般が好きじゃない。
根っからのインドア派……という訳ではないんだけど、子供の頃に運動音痴だと周りに散々笑われてから大分卑屈な性格になってしまった。
その自覚がある。
結果として対人恐怖症気味になってしまい、ずっと周りからも大人しくて人見知りな子という印象を持たれてきた。
反面、心の中は鬱屈としていて早口で多弁だったりするけれども……。
客観的なボクの姿は概ねそういうものだと思う。
頭の中では色々な言葉が飛び交っていても、結局口からはうまく出てこないし。
運動をする時もそう。
一々考えながら動くせいで、何もかもがテンポ遅れ。
傍から見ていると滑稽らしく、馬鹿にされ続けてきた。
だから運動は苦手だし、嫌いだ。
最初にスポーツ全般と言ったけど、そこには勿論野球だって含まれる。
むしろ野球が全ての元凶と言っても過言じゃない。
義務教育の中で否が応でも触れざるを得ず、嘲笑される機会が多かったから。
幼稚園ぐらいの頃だったら多分、まだ野球が好きだったんじゃないかと思う。
小っちゃな幼児用のグローブをはめてパパやママと笑ってる写真が残ってるし。
記憶にはないけど。
でも、今は。それこそ卑屈な憎しみのような感情が心にはあった。
ボクは、この社会では少数派だ。
……だけど、それもちょっと不思議に思う。
人の趣味は千差万別。
なのに、野球に限っては好意的な人間の割合が余りに多過ぎる。
他のスポーツと比べるといっそ異常な程に。
まるで何者かに操作されているかのようだ。
何とも得体の知れない気持ち悪さがある。
けど、そこに気づいたからと言って何かが変わる訳じゃない。
表立ってそんなことを口にすれば頭がおかしい扱いを受けてしまう。
だったらせめて、とネットの片隅にある野球嫌いが集まる賑わっていない掲示板を見に行ったりもしたけれど……。
そのほとんどが陰謀論者やカルト教団の信者みたいな頭のおかしい集まりみたいになっていて、そっ閉じする以外になかった。
いくら野球を苦手に思っていても、そういうのはさすがに何か違うと思う。
だから結局。
ボクは小学校、中学校、高校とモヤモヤした気持ちを抱いたまま、野球を最上のものとする価値観の中で過ごしてきた。
オドオドとした言動と普通じゃない考え方のせいでクラスメイトとのつき合いも希薄だったから、ボクは長い時間1人で考え続けることしかできなかった。
体育やスポーツ大会の度に毎回毎回笑いものにされ、日に日にスポーツというものに対する鬱屈した感情を大きくしながら。
……変な子だったと思う。
けど、何と言うか、道化みたいなポジションってことで、クラスから排斥されたり、苛められたりするようなことはなかったのは運がよかったのかもしれない。
そんなような事情を大学で出会った陸玖にたどたどしく伝えたところ。
「うふふ、珍しい……」
彼女からは奇妙な笑い声と共にそんな言葉が返ってきた。
何故か変質者のようなニヤケ顔をしていて、ちょっと怖かったのを覚えている。
彼女と知り合ったのは、大学1年生では数少ない選択講義の後。
名称はスポーツ分析学概論。
次のコマは空いていたので講義室でボンヤリしていると、同じく人見知りなはずの陸玖が何故か話しかけてきたのだ。
聞くと、ボクが憎々しげに講義を受けているのが気になったとのこと。
どういう理由? と思ったけれど、陸玖は珍しいもの好きらしいので、ボクの中にあった普通とは異なる感覚を何となく察したのかもしれない。
で。
興奮すると凄い前のめりになる陸玖がその性格のままにグイグイと来て、何で親の仇を見るような顔をしていたのかを尋ねてきた。
鬱陶しくなって、やけくそ気味に自分の事情を話した時の反応がさっきのだ。
離れていっても仕方がないってぐらいの気持ちで言ったのに、割と好意的(?)でボクの方が逆に引いたぐらいだった。
「月雲、お昼一緒に食べに行こう?」
陸玖はそんな世間からすると好ましくないボクの考え方を知ったのに、まだ好奇心を満たし終えていないのか、変わらずボクにつきまとった。
図らずも行き場のなかった気持ちを吐き出した相手にそうされて、多分ちょっとだけ絆されてしまったんだと思う。
徐々に一緒にいる時間が多くなった。
陸玖はボクを否定するでもなく、いつも話を聞いてくれた。
だから、少し救われてしまったのかもしれない。
「でも月雲。スポーツ全般が嫌いなのに、何であんな講義なんて取ったの?」
「……嫌い、だからこそだよ」
「えっと、どういうこと?」
「ボクはね。スポーツの面白い部分を潰してやりたいんだ」
高校までの生活の中で、そう心に決めたんだ。
多分、正しい考えじゃない。
けど、心に蓄積されたある種の逆恨みを昇華し、ボクがこの社会の中でどうにか生きていくために必要な目標なんだ。
「それとスポーツ分析学に何の関係があるの?」
「スポーツの全てを詳らかにして、娯楽としての魅力を失わせるのに必要だから」
「つまり?」
「この場面ではこうするのが正解。こうするのは不正解。それをハッキリさせたいんだよ。素人が見ても一目で分かるぐらいに」
「それが娯楽としての魅力を失わせることになるの?」
「取るべき行動がプログラム、選手がそれを出力する機械だと考えれば、結果は全てが予定調和になっていくはず。けど、それってつまらないでしょ?」
スポーツの魅力は予想がつかないところにあるんじゃないかとボクは思う。
なのに、事前に正解が分かったらネタバレされた物語もいいところだ。
まあ、今のところ選手のスペックや調子にはかなりの不確定要素があるけど、それもいずれは全て把握することができるようになるはず。
打者、投手双方の筋力量やフォームを正確に観測し、心理や意図を構えの違いからシミュレートしてやれば勝負の結果は自ずと導き出すことができるだろう。
多角的にスポーツを丸裸にして陳腐化する。
それがボクの目的だ。
統計学の側面から指標として作られたWARなんかも、もっともっと広く普及すれば、いずれ選手は画一化して個性が失われていくだろう。
指標のいい選手は優れた選手。指標の悪い選手は劣った選手。
誰が見ても分かり易い正解を、誰もが目指すことになる。
最適化された車が似たような形になっていくのと同じだ。
「でも、その道のりはきっと長いどころじゃないよ?」
「分かってる。でも、多分そうしてないとボクはこの社会の中にいられないから」
「そっか。……これもまた、暗い原動力ってところかな」
ポツリと陸玖が呟く。
暗い原動力、か。しっくり来るな。
うん。
このネガティブな気持ちが、ボクのモチベーションだ。
「けど、月雲。正解と正解がぶつかり合っても勝ち負けは出るんじゃないの?」
「それは……負けた方が不正解だっただけだよ」
「なら、どこまで行っても不確定要素が必ず残るってことになるんじゃない?」
「…………でも、極限まで減らすことはできるから」
「そうだね。ごめん。これは少しばかり論点がズレた指摘だったかもね。月雲は勝ち負けの話はしてなかったし」
どこか苦笑気味に陸玖が言う。
言い包めようとかそういう意図があった訳ではないようだ。
勝ちに不思議の勝ちあり。
負けに不思議の負けなし。
よくそう言われる。
勝ち負けで言うなら、不思議の勝ちをなくすのがボクの目的。
結果として。勝ち方は均一化される。
勝ちのバリエーションは少なくなる。
そうなれば人間は慣れて飽きる。そのはずだ。
「私は月雲のやりたいこと、応援するよ」
「え?」
急にそんなことを言われて驚く。
理解されるような話だとは思っていなかったから。
「あー、でも、応援だとちょっと聞こえがよ過ぎちゃって逆に語弊あるかな。えっと、月雲の研究を利用したい……こっちだと悪く聞こえ過ぎちゃうか、うーん」
「どういうこと?」
「私のやりたいことと結構被ってる部分があるからね。……うん。そうだ。月雲と共闘したい。これがしっくり来るかな」
何やら納得したように、うんうんと頷く陸玖。
「不確定要素を極限まで減らす。それってスポーツ選手が皆、勝利のためにやってることと同じだからね。で、私の今やりたいことも近いところにある」
誰かのことを思い描くように遠い目をしながら彼女は続ける。
「月雲が見ているのは、勝利のもっともっと先。行くとこまで行った最果て。その時、本当に月雲が言った通りになるのかどうかも、それはそれで興味があるしね」
それから陸玖はボクの顔をジッと見詰めると――。
「だから月雲。よかったら、月雲も山大総合野球研究会に入らない?」
そう言って手を差し出してきた。
これが、スポーツ嫌いなボクが山大総合野球研究会に誘われて入会した経緯だ。
その後。
何故か県内で話題になってる年下のプロ野球選手との食事会に参加したりもしたけれど、ボクは変わらず大々的には言えない目的のために日々を過ごしていた。
そんな6月末のある日のこと。
「……ねえ、月雲。野球の試合を見に行かない?」
「え?」
「野村君から入れ替え戦のチケットを貰ったんだ」
陸玖が突然そんなことを言ってきたのだった。
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