169 皆の近況

 夏の甲子園の予選を目前に控えた6月下旬の土曜日。

 前期の日程はほぼ消化しており、今日は3部リーグの試合はない。

 しばらくは移動の予定もないため、完全なオフだ。

 なので各自7月頭の入れ替え戦に備えて体を休めたり、調整をしたりしている。

 そんな中で俺とあーちゃんはと言えば、山形県のとある屋内野球練習場にいた。

 調整のためではない。

 当然ながら、こんなところに2人でデートをしに来た訳でもない。

 今回もまた人に会うためだ。


「ところで昇二、正樹の調子はどうなんだ?」

「兄さんの?」


 そこに集まったのは、かつての同級生達。

 その内の1人で小学校からの幼馴染である瀬川昇二に対し、俺は今日この場には来ていない彼の兄、瀬川正樹の近況について尋ねた。

 昨年、右肘靱帯断裂という大怪我を負った正樹は靱帯再建手術を受けた。

 その後、復帰に向けて懸命にリハビリをこなしていたはずだが……。

 現状どうなっているか非常に気になるところだった。


 いや。勿論、都市対抗野球直後に会ってから一切連絡を取ってない訳ではない。

 最近まで順調過ぎるぐらい順調に来ていたことは知っている。

 しかし、ここ1ヶ月程またやり取りが途絶えている状況だった。

 俺もそこそこ忙しくてフォローできていなかったのもあるが、アチラはアチラで何かそうなってしまう理由でもあったんじゃないかと少し心配だった。


「SIGNのメッセージもササヤイターのDMも既読スルーなんだけど」

「ああ……」


 昇二は俺の言葉に何やら納得したような反応を見せ、それから再度口を開いた。


「えっと、何かもう万全だって聞いたよ。驚異の回復力だって驚かれてるみたい」


 どうやら。便りがないのはよい便り、ということだったらしい。

 一先ずそれを聞いてホッと胸を撫で下ろす。

 だが、それも束の間。


「お医者さんのお墨つきを貰って、予選から先発で投げる予定なんだって」

「……え? もう?」


 続けられた内容に、俺は思わず間の抜けた声で問いかけてしまった。

 昇二はそれに「うん」と頷いて肯定する。

 聞き間違いではなかったようだ。


「練習試合ではもう投げてるみたい」


 いや、さすがにそれは早過ぎやしないか?

 そんな俺の疑問を代弁するように。


「靱帯再建手術って復帰まで平均1年以上かかるんじゃないの?」


 美海ちゃんが横から訝しげに問う。

 実際、リハビリがうまく行かなければ1年半から2年、それどころかもっとかかる可能性もあるし、最悪そのまま引退ということもなくはない。

 逆に1年未満で復帰した選手もいない訳ではないが……。

 やはり早く感じる。


 ただ、正樹にも治癒力を高めるスキルをいくつか取得させているからな。

 改めて考えると、確かに療養期間を大幅に短縮できる要素はあった。

 加えて【衰え知らず】のおかげで能力的には怪我をする前と変わらない……どころか、手術後に俺が【マニュアル操作】で弄ったからスペックは向上している。

 これも復帰までの時間を短くすることができた大きな要因に違いない。

 勿論、正樹が今回は医者の指示をしっかりと聞いて、焦ることなくリハビリに取り組んだおかげでもあるだろうけれども。


 ……うん。

 状況を整理すると、十分あり得る話だと思えてくる。

 ただ、それでも頭の片隅では時期尚早な感が消えない。

 怪我というものを重く見ているせいかもしれない。


「まあ、だから返信しなかったんだと思う。とめられると思ったんじゃないかな」

「いや、うーん……けど、チームドクターがいいって言ったんだろ?」

「みたい」


 専門知識を持つ医者が大丈夫だと太鼓判を押しているのであれば、少なくとも肉体的には何ら問題ない状態なのは間違いない。はずだ。


「さすがにそういうことなら、無理にとめはしないさ。そこまで来たら後は当人と東京プレスギガンテスユースの判断次第。それ以上でもそれ以下でもない」


 怪我について専門的に勉強をした訳でもない俺が口を出すのも違うと思うしな。

 もしチームや医者の判断が間違っていたとしても、その時はその時だ。

 どういう形であれ、彼にはプロの舞台に上がって貰う。

 乞われれば、そのためのサポートは必ずする。

 方法も検討済みだ。

 今のところはそれでいいだろう。

 自分の中でそんな風に方針を再確認していると――。


「実際、練習試合で新しい変化球をバンバン投げていたと僕も聞いているよ」


 しばらく黙って話を聞いていた磐城君が、恐らく兵庫ブルーヴォルテックスユースの偵察部隊から得たであろう情報を口にした。

 先に述べた通り、今は夏の予選が始まる直前。

 大事な時期ではあるが、彼も最終調整のためにと帰省していた。

 ちなみに片道6、7時間の日帰りで、滞在時間は2時間程度とのことだ。


 それでもこうして来てくれたのは、体の違和感が大きくなってきたからだろう。

【成長タイプ:マニュアル】の場合は【マニュアル操作】を使うことでしか、時間経過で低下したステータスを元に戻す術はない。

 だから、前々から何とか公式戦ギリギリに帰ってくるように呼びかけてはいた。

 それでも正直、直前は時期的に厳しいかと思ったが……。

 彼がこの場にいる以上、1日とは言え、チームを離れることを許されたらしい。


 以前にも不調に陥った時に帰省して調子を戻したことがあったからな。

 アチラの監督やコーチ陣も、磐城君には必要なことだと判断したのだろう。


 まあ、それはともかくとして。

 今は正樹の話題だ。


「チームとしても僕としても、彼を相当な脅威と見なしているよ。どうも、小学校から停滞していた球速も急に上がったみたいだしね」

「え? もしかして靱帯再建手術をすると球速が上がるって本当だったのか!?」


 山形県立向上冠高校の現在のエースにして4番打者も務めている大松君が驚いたように言うが、その噂話は明らかな嘘だ。

 冗談で言っているのだと思うが、勘違いしている可能性も捨て切れない。

 なので、しっかり正しておくことにする。


「リハビリ中にきっちりトレーニングしたから球速が上がるだけで、手術したおかげでそうなる訳じゃないからな。間違っても、わざと怪我しようなんて思うなよ」

「わ、分かってるサ」


 大松君の視線がちょっと泳ぐ。

 えっと……本当に分かってるのか?

 不安になってきた。

 前世では、怪我をしていなくても球速を上げるために手術を受けた方がいいなんて勘違いをしている人が結構な割合いた、なんて話も聞くからな。

 念を押しておこう。


「靱帯再建手術なんて受けたら、美海ちゃんが言う通り平均1年以上は棒に振るんだからな? しかも、滅茶苦茶きついリハビリつきで」

「そ、そそ、そうだよな」


 何故どもるんだ。

 本当に大丈夫なのか尚更心配になるが……さすがにネタだよな?

 まあ、強い口調で言ったから分かってくれたと思っておこう。

 誰も好き好んで怪我なんかしたくないはずだし。


「まあ、何にせよ。磐城君は時間がないんだ。サッサと始めよう」

「うん。よろしくお願いするよ」


 彼らが皆、万全の状態で夏の公式戦に臨めるようにすること。

 それがこの集会の目的なのだから。

 まずは磐城君から。

 フォームチェックをする振りをしながら、低減していたステータスに【マニュアル操作】で【経験ポイント】を割り振っていく。

 その途中で。


「ん?」


【スキル習得画面】に変化があり、思わず声を上げてしまった。


「……何か問題でもあったかい?」

「ああ、いや。大丈夫。けど、スイングと体重移動に微妙なズレがあるな。カーブを投げるから、タメを強く意識して何度か打ってみてくれ」


 誤魔化しつつ、それっぽいことを言いながらマウンドに向かう。

 勿論、単なるパフォーマンスだ。

 彼のステータスは既に元のカンスト状態へと復帰している。

 なので、俺が抑え気味に投げれば……。


 ――カキンッ!!


 磐城君は気持ちよくかっ飛ばしていく。

 体の感覚もしっくり来ているようで、表情が和らいでいる。


 ――カキンッ!!


 更に何球か続ける。

 その間に、俺は先程の変化について考えていた。

 正樹の時と同じように【隠しスキル】が追加されていたのだ。

 内容を確認し、有用だったので即座に取得しておいた。

【七転び八起き】という名前のそのスキルは、過去のステータスの最高値まで戻す際に消費する【経験ポイント】を大幅に軽減するという効果を持っていた。

【再生工場】の機能限定・個人バージョンって感じだな。

 どうやら、時間経過で低下したステータスに再度【経験ポイント】を割り振って上昇させた数値の合計が一定以上になると発生条件が満たされるらしい。

 それ故に、磐城君以外のステータスがカンストしてから日の浅い面々の【スキル習得画面】にはまだ表示されていなかったが……。

 恐らく、いずれは彼らも取得できるようになるだろう。


 反面、これは【生得スキル】【衰え知らず】を持つ俺や正樹では絶対に条件を満たすことができない【隠しスキル】ということになる。

 ……効果としては俺には全く必要がないものではある。

 けれども、【隠しスキル】というのはちょっと羨ましい。

 ロマンを感じる。

 とは言え、特殊な条件を満たさないといけないからな。

 俺でも取得できるような【隠しスキル】が果たしてあるのだろうか。

 心の中で首を傾げてしまうが、今はそんなことを考えていても詮ないことだ。

 磐城君に意識を戻す。


「スイングによく力が伝わるようになったな」

「うん。違和感がなくなったよ。ありがとう」


 何はともあれ、彼の状態は万全に戻った。

 後は大松君を筆頭に、美海ちゃん、昇二、それから倉本さん。

 元同級生の集会ということで、一応この場には諏訪北さん達4人組も一緒に来ていたりはするものの、彼女達については単なる賑やかしだ。

 大松君に確実に参加させるためでもある。

 4人組との会話はそこそこに、淡々と【成長タイプ:マニュアル】である大松君達のステータスを順番に弄っていく。


 ……うん。よし。

 これで全員、十二分に力を発揮することができるだろう。

 高校3年生。

 最後の夏だ。


「今年の甲子園は、更に面白くなりそうだな」


 山形県立向上冠高校。

 兵庫ブルーヴォルテックスユース。

 東京プレスギガンテスユース。

 正樹が復帰したのであれば、今年はその3強になると言って差し支えない。

 その内のどこが夏の甲子園優勝の栄誉を勝ち取るのか。

 正直、全く読めない。

 だから、今年も俺とあーちゃんは一介の観戦者として。

 かつての仲間達が激突する勝負を、純粋に楽しませて貰うとしよう。

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