109 注目を集める一戦

 瀬川正樹率いる(?)東京プレスギガンテスジュニアユースチームとの決勝戦。

 そこに至るまでにシニアやジュニアユースのチームをいくつも蹴散らしてきた磐城君は、神童として界隈では一躍時の人となっていた。

 昔の正樹を思い出すような無双っぷりの表れだが、小学生から中学生に世代が進んだことで世間の関心は以前よりも増したらしい。

 それに伴って正樹の方も元祖神童として再度注目を浴びるようになり、この2人の対決はかなりの盛り上がりを見せていた。


 ……まあ、さすがにプロ野球や社会人、高校の夏の甲子園程ではないけどな。

 それでも、既に強豪高校やユースチームのスカウト達の耳目を集めている。

 恐らく特待生待遇ぐらいは容易いだろう。

 つまるところ磐城君の父親である大吾氏との約束は半ば果たしたような状況だ。


 とは言え、大吾氏には磐城君を中学野球のヒーローにすると言った。

 ここで勝てなければ、これまでの快進撃もその大部分が正樹と東京プレスギガンテスジュニアユースチームの評価に変換されてしまうだろう。

 磐城君の存在が霞んでしまいかねない。

 この試合の勝敗は、彼の今後の待遇にも大きく関わってくるはずだ。

 そんな彼の将来のためにも、大吾氏への宣言を嘘にしないためにも。

 勝利が最低条件となる。


 正にその大一番が行われる神戸エメラルド球場に到着してすぐのこと。


「……秀治郎」

「ああ。正樹、久し振りだな」


 1人入口のところで待ち構えていた正樹に話しかけられ、苦笑気味に答える。

 単独行動が許されているのか、勝手に抜け出してきたのか。

 いずれにしても、正樹にとって俺と会うことは優先すべき行動だったのだろう。


 ……にしても、改めて見ても変わってないな。

 小学6年生の時から身長も、顔つきも。

【生得スキル】【超早熟】の影響をハッキリと実感させられる。

 少し切なくなるぐらいだ。


「……ちょっと格好がつかないな。甲子園で再会って言って別れたのに」

「いや、そんなことは別にいいんだ。けど、問題はそうなった理由だ」

「まあ、少し計画が狂ってさ」

「……あの磐城巧って奴のためか?」


 小学校の頃の自分。

 そして俺達のチーム状況。

 それらを照らし合わせ、俺の意図を読み取ったようだ。

 当時自分がその対象だった正樹は、さすがに分かるか。


「ま、そんなとこかな」

「やっぱりそうか。でもな。俺は、俺達は踏み台になるつもりはない。いつまでもお前の思うようにはさせないぞ」

「ああ、勿論。正樹はそれでいい。ここは真剣勝負の場だからな。本気で来い。そうじゃなきゃ何の意味もない」


 そうとだけ告げ、正樹に背を向ける。

 今の彼は打ち倒すべき敵。

 余り試合の前に長々と話をしているのはよろしくない。

 外聞も。

 実際、試合前や試合中に相手選手と会話するのを避けるようにといった通達があったりするぐらいだしな。


 もっとも。

 正樹からすれば、ある意味で挑発されているような状態だ。

 磐城君の成長に利用されているようなものだからな。

 ちょっと話したぐらいで手心を加えてくるようなことはあり得ない。

 彼自身が告げた通り、むしろ全力で来てくれることだろう。


 こちらもこちらで、彼らの鼻っ柱を叩き折るつもりだ。

 練習などで取得できる【経験ポイント】に補正がかかるスキルのおかげか、新体制になって以降、相手チームは負け知らずのようだからな。

 ここらで敗北を経験させることが、将来の野球界のためにもなる。


「じゃあ、試合でな」

「ああ」


 背を向けたまま言葉を交わし合ってから、正樹と別れて自分のチームに戻る。

 そうしながら、俺は彼のステータスを頭の中で振り返った。

 【衰え知らず】のおかげで各種パラメータも全て以前のままだった。

 球速153km/hに肘に負担のかからない変化球。

 それと多種多様のスキル。


 対する磐城君のスペック。

 球速155km/hに多彩な変化球。

 正樹の完全上位互換というところだ。

 化物中学生と呼ぶに相応しい。


 チーム力は……平均して、実戦経験まで加味すると同程度というところ。

 ただ、俺や磐城君が突出しているおかげでもあるので、層の厚さはあちらが上。

 ここまで実力差の小さい相手は、公式戦では初めてになる。

 今までと同じ感覚で戦うと、間違いなく足を掬われることになるだろう。

 より一層、気を引き締めていかなければならない。


「磐城君。準備はいいか?」

「勿論。大丈夫だよ」


 エースで4番という花形も花形を任された彼だが、落ち着いた様子。

 緊張していない訳ではないだろうが、自分を制御できている。

 メンタル系のスキルもあるにせよ、いい精神状態で臨むことができそうだ。


 そして試合が始まる直前に、虻川先生と共にオーダー表の交換に向かう。

 相手のキャプテンは正樹だったが、ここでの会話はなし。

 互いに試合モードだ。

 それぞれのスターティングオーダーは以下の通り。


【先攻】山形県立向上冠中学高等学校

1番 捕手  野村秀治郎

2番 二塁手 鈴木茜

3番 遊撃手 浜中美海

4番 投手  磐城巧

5番 三塁手 大松勝次

6番 一塁手 瀬川昇二

7番 左翼手 諏訪北美瓶

8番 中堅手 泉南琴羅

9番 右翼手 佳藤琉子


【後攻】東京プレスギガンテスジュニアユースチーム

1番 右翼手 高橋幸助

2番 左翼手 後田智明

3番 一塁手 松内道弘

4番 投手  瀬川正樹

5番 三塁手 小町丈哉

6番 中堅手 麦田亮

7番 二塁手 東雅弘

8番 遊撃手 大坂博一

9番 捕手  古谷健治


 オーダーの組み方からして、相手チームはどちらかと言えば正統派に近い。

 スタンダードな強豪という感じだ。

 U15アマチュア全国硬式野球選手権大会の方の覇者だけに、しっかりと情報収集はしていたが、それ以前にちらほら見たことがあるような名前もある。

 多分、小学校の頃に鎧袖一触したチームの中にいたはずだ。

 ステータスで随分成長したことは既に分かっているが、数字に表れてこない部分でどれだけ進化しているかも楽しみだ。


「プレイ(ボール)ッ!」


 相手チームが守備につき、人間の審判が号令をかける。

 さあ、試合開始だ。

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