060 部活動初日③

「最初は少し怖かったけど、意外と捕れるものね」


 何十球と無回転打球のノックを受け、自信を深めた様子の美海ちゃん。

 昇二も美海ちゃん程ではないが、大分捕球できるようになってきている。

 しかし、2人共キャッチャーの防具をフルで装備したままだ。

 これを外すとどうなるかはまだ分からない。

 硬球の高速ナックルだからな。

 恐怖が再び鎌首をもたげる可能性の方が高い。

 まあ、怪我をされると困るので、それを試すのはまた今度にするつもりだけど。


「じゃあ、このまま普通のノックと織り交ぜてみるか」

「え? そ、そうね。試合だとこればっかり来る訳じゃないものね」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、腰を落として構える美海ちゃん。

 当然ながら、来ると分かっているのと分かっていないのとでは全く違う。

 ゴロとライナー、フライを打ち分ける中に空中イレギュラーを混ぜ込めば、まず間違いなく捕れなくなってしまうだろう。

 特定の変化球オンリーで設定したバッティングマシンは打てても、ランダム設定や実際のピッチャーが相手だと途端に打てなくなるのと同じだ。


 野球公園でやっていたように左右に振れば尚更のこと。

 右にゴロ。左にゴロ。右と見せかけて左にライナー。


「くっ」


 捕ってはいるが、空中イレギュラーを意識して挙動が若干怪しかった。

 続けて右にゴロ。真上にフライ。

 よし。次、左に無回転。


「あっ」


 手を伸ばせば届く位置へのライナーに、咄嗟にグローブを出す美海ちゃん。

 しかし、彼女を嘲笑うかのように打球は体側へと急激に曲がる。

 慌ててグローブを戻すが、ボールはグローブの先で弾かれてしまった。


「あー、もう!」


 悔しげに地面を踏みつける美海ちゃんだが、グローブに当たっただけ凄い。

 ステータスは小学校の頃から変わっておらず、控え目な数値のまま。

 なので、それなりに動けるのは、いくつも取得したスキルの補正のおかげだ。


状態/戦績/▽関係者/プレイヤースコープ

・浜中美海

▽取得スキル一覧

  名称    分類

・華麗な守備 通常スキル

・聖域    極みスキル(取得条件:通常スキル「華麗な守備」の取得)

・観察    通常スキル

・洞察    極みスキル(取得条件:通常スキル「観察」の取得)

・打球判断◎ 通常スキル

・打球予測  極みスキル(取得条件:通常スキル「打球判断◎」の取得)


 俺がやっていた野球ゲームでもそうだったが、ステータスだけ高い選手よりもステータスが低くてもスキルが多い選手の方が活躍する傾向にあるようだ。

 この世界のプロ野球選手達もそうだった。

 まあ、フィジカルトレーニングが極まっているので、同じカテゴリーの選手同士だとゲーム程大きなステータス差はないけれども……。

 ステータス高+スキル多>ステータス低+スキル多>ステータス高+スキル少って感じなのは間違いない。

 それだけ、スキルの補正値は馬鹿にならないのだ。


 実際、色々織り交ぜたランダムなノックでも、何度か繰り返すと空中イレギュラーも割と捕れるぐらいには美海ちゃんもなっていた。

 ここからもっと確実性を高めるには、さすがにステータスが必要だな。


「次、昇二」


 昇二は【超晩成】である関係でスキルが美海ちゃんよりも少ない。

 そのため、ゴロやフライを混ぜると捕れない様子だ。


「うーん、うまくいかない……」


 美海ちゃんと自分を比べてか、納得がいかない顔で首を傾げる昇二。

【経験ポイント】を貯めてスキルを取得すれば改善されるはずだが、その辺りのことはどうにも説明のしようがない。

 まだまだ我慢を強いることになる。

 それでも彼には、正樹双子の兄と同じ負けん気で頑張って欲しい。


「次、わたしの番」


 最後に、真打登場とばかりにポジションにつくあーちゃん。

 美海ちゃんが脱いだ防具を身に着け、軽く体を解している。

 気負った様子はない。自然体だ。

 彼女には今まで球出しをして貰っていたので、まずは無回転オンリーから。

 美海ちゃんにボールを供給して貰い、ノックを開始する。


「え、嘘……」

「す、凄い……」


 あーちゃんは何と1球目からほぼ完璧に捕ることができていた。

 2人は信じられないという様子だが、俺の驚きは少ない。

 理由を知っているからだ。


 美海ちゃんと同等以上にスキルを保有しているのも勿論そう。

 だが、最たるものは【生得スキル】【直感】の効果だ。

 前にチラッと聞いたところ、何となくボールが来るところが分かるらしい。

 打撃にも活用しているとか。


 ……そう考えると【直感】も大概チート染みているな。

 改めて、本当に頼もしいパートナーだ。


「茜、何かズルしてない?」


 ランダムノックに移っても普通に捕るあーちゃんを訝しみ始める美海ちゃん。


「わたしとしゅー君は以心伝心。次に何をするのか大体分かる」


 いや。うん。

 俺がノッカーだと、あーちゃんにとってはランダムじゃなくなるんだよな。

【生得スキル】【以心伝心】で俺が何をどの方向に打つのか分かってしまうのだ。

 どの程度かは割とアバウトなのだが、そこは【直感】で補われてしまう。

 まあ、誰がやっても結局は【直感】無双になるんだけど。

 だから普段彼女にノックする時は、打球判断より捕球技術向上に重きを置いて難易度ルナティックレベルの打球速度にしていたりする。

 傍から見ると虐待レベルの高速ノックだ。

 尚、あーちゃんはちゃんと捕る模様。


「あー……。それは間違いなくズルよ」


 スキルの存在を知らない美海ちゃんだが、何故か納得したような顔。

 これについては、普段の俺達の姿から何となく察しているのかもしれない。

 言葉がなくとも通じ合っている感はいつも出ているだろうし。


「えっと……み、皆、凄くない?」


 と、一段落したのを見計らってか、陸玖ちゃん先輩が恐る恐る尋ねてきた。

 驚き過ぎたのか若干引き気味だ。


「まあ、これでも全国小学6年生硬式野球選手権大会で優勝してますから」

「え? あ! 耕穣小学校出身なの!? ……って、瀬川君って――」

「正樹の弟ですよ」

「えー!? あの神童、瀬川正樹君の!? 東京プレスギガンテスのジュニアユースチームに特待生で招待された!?」


 急にテンションが上がった彼女の問いに、昇二は居心地が悪そうに頷いた。


「ちょっと待って! そっか、皆の名前! 決勝のスタメン表で見た!」

「え――」


 続く言葉に少しビックリする。

 一躍時の人となった正樹はともかくとして。

 チームメイトの話までは興味を持って調べないと分からないはず。

 いくら野球に狂った世界でも、リトルリーグを網羅するのは相当なマニアだ。


 ……いや、この世界の野球史における珍事だから調べただけかもしれないな。

 陸玖ちゃん先輩のことだから。


「この学校に来る訳ないと思ってたから全く気づかなかったよ! 何で、この学校を受験したの? 野球の強豪校に行けそうなのに」

「いや、まあ、理由は色々ありますけど……公立の中高一貫だから学費的に助かるってのが大きいですかね。ウチ、ちょっと貧乏なんですよ」


 両親の会話を盗み聞いた感じ、余り給料は上がっていない様子。

 家計的に、大学は国立大学でもバイトしないと無理そうな感じだ。


 まあ、今生では現役で大学に行くつもりはないけどな。

 色々終わった後の道楽として頭の片隅に選択肢があるって程度のものだ。


「理由の1つってことなら、私も似たようなものね。兄弟が多いから。公立に受かってくれて助かったって言われたわ。しかも中高一貫だしね」

「僕も同じかな。兄さんが東京に行って生活費とかもあるし、お父さんとお母さんが公立じゃないと駄目って言ってた」


 将来の計画などなど本当の理由はもう少し親しくなってからと隠した結果。

 家庭の複雑な事情3連発となってしまった。

 いや、それも各々嘘ではないのだけれども。

 陸玖ちゃん先輩は地雷を踏んでしまったという顔。

 申し訳なさそうなのが、こっちとしても申し訳ない。


「わたしはしゅー君と一緒にいたいだけ。学校はどこでもいい」


 そこへ、1人事情が全く違うあーちゃんが淡々と告げて空気を壊す。

 陸玖ちゃん先輩が微妙な表情になる。

 丁度いいので話題を変えよう。


「それより、俺達が空中イレギュラーの捕球チャレンジをしてる間、陸玖ちゃん先輩は動画の編集をしてたみたいですけど」

「あ、うん。まだトリミングして貼りつけただけだけど……部活紹介で作った奴の説得力が増したよ。もっとちゃんと編集すれば動画サイトにも投稿できそう」


 空中イレギュラーのハイスピード映像だもんな。

 野球に狂ったこの世界なら、結構再生されそうだ。


「もし野村君がよければ、どうかな? 向上冠中学高等学校プロ野球珍プレー愛好会の活動記録としてアップしてもいいかな?」

「まあ、構いませんよ。プライバシーとかちゃんとして貰えれば」

「うん。そこは私も気をつけるし、虻川先生にも確認して貰うから大丈夫」


 うーん。ちょっとノリが軽いな。

 もう少し念を押しておくか。

 今という時代こそネットリテラシーは大事だ。


「気をつけて下さいね。特にあーちゃんと美海ちゃんの身バレはしないように」

「う、うん」

「陸玖ちゃん先輩もですよ? 3人共可愛いんですから。下手に目立つと変な奴に目をつけられかねない」

「え!? う、うん。そ、そだね」


 何やら顔を赤くしてもじもじする陸玖ちゃん先輩。


「はー、秀治郎君はもー」


 呆れたような口調と共に、恥ずかしげに明後日の方向を向く美海ちゃん。

 あーちゃんは俺の手の甲を摘まみながら、半分嬉しそうな表情。

 ちょっと離れたところでは昇二が嘆息している。


 うーむ。最後の最後で何だか取っ散らかってしまったな。

 ……まあ、いいか。


「はい。じゃあ、今日の活動はここまで!」

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