059 部活動初日②

 まず野球道具置き場になっている部屋から諸々道具を持ってくる。

 練習環境の確認もしておきたかったので、部室を訪れる前に虻川先生のところに行って使用許可は貰っておいた。

 余り使用頻度は多くないようだが、手入れはしっかりされているようだ。

 大会に出場した時に道具がボロボロで白眼視されたりしないように、最低限のことはしているのかもしれない。


「じゃあ、第1回珍プレー再現会を行います」

「「「はい?」」」


 首を傾げたのは美海ちゃん、昇二、陸玖ちゃん先輩。

 あーちゃんだけはパチパチパチと手を叩いて盛り上げようとしてくれている。


「今日は空中イレギュラーを再現したいと思います」

「空中イレギュラーって、部活紹介の時に陸玖ちゃん先輩が説明してた奴?」

「そうそう」

「無回転で打球が飛んで、不規則な軌道を描く……のよね?」

「その通り」


 美海ちゃんの確認の問いに、わざとらしく大きく頷く。


「さ、再現なんて無理だよ……極稀に、偶然発生するものだから……」

「いや、偶然でも人の手で起きた現象なんだから、やれなくはないですよ」


 勿論、試合中で相手ピッチャーがいて、とかなら厳しい。

 しかし、意図して再現しようと状況を整えてやれば不可能ではない。

 嘘か誠か、ノックの時に意図的に打てるノッカーがいると聞いたこともある。

 前世の話だったけど。


 そして実のところ。

 今生の俺にとっては割と難易度が低かったりするのだ。

 何故なら、それを可能とするスキルが無数の選択肢の中にあったからだ。

 で、既に取得しておいた。


▽取得スキル一覧

  名称    分類

・無回転打球 通常スキル

・幻惑打球  極みスキル(取得条件:通常スキル「無回転打球」の取得)


「無回転打球を打つ方法としては、ボールの中心を正確に真芯で捉えること。その上で、弾くのではなく押し出すようにインパクトを加えること。この2つが肝だ」


 基本はサッカーの無回転シュートと同じ。

 ただ、ボールが小さいから難易度がとんでもなく高い。

 僅かなズレも許されない。


 余談だが、ホームランを打つにはボールの中心から7mm下を叩くのがコツだ。

 スピンがよくかかり、打球が伸びるのだそうだ。


「とりあえずネットに向かって打つので、それを撮影して下さい」

「う……うん」


 自信満々の俺に陸玖ちゃん先輩は、戸惑い気味に機材をセットし始めた。

 俺もバットとボールを持って準備に入る。


「ちょっと練習しますね」


 ノックの要領でボールを自分でトスして打つ。

 普通にバッティング用のネットに突き刺さる。


 うーん……回転は少なめだが、微妙にズレてるな。

 まあ、スキルがあっても打ちやすくなるだけで100%打てるようになる訳じゃないからな。仕方がない。


【離見の見】を発動させ、意識を集中させる。

 長年の経験の賜物……と胸を張って言えるものじゃないが、ゲーム視点に近くなるこの状態の方が俺にとっては色々なものが見えやすい。

 ある種のルーティンのように集中し易いのだ。

 そのままトスの時点で回転を極力抑え……。


 ボールのど真ん中を、打つ!


「あ!」


 ネットの奥から見ていた陸玖ちゃん先輩が驚きの声を上げる。


「うん。いい感じ」


 程々に距離を取っておいたので、しっかりと軌道に変化が出た。

 ライナー性の打球は高速ナックルとでも言うに相応しいものになっていた。


「す、すすす、凄い! 滅茶苦茶揺れてたよ!!」


 一気にハイテンションになった陸玖ちゃん先輩は、慌ただしくカメラをノートパソコンに繋げてキーボードを叩き始めた。

 どうやら既に撮影を開始していたようだ。


「ほらほら! 完璧な無回転! すんごい気持ち悪い軌道!!」


 ハイスピード撮影した動画を再生したノートパソコンのディスプレイを指し示しながら、声色に興奮を滲ませる陸玖ちゃん先輩。

 彼女の肩越しに見ていた美海ちゃんも目を丸くしている。

 昇二もまた映像をまじまじと見詰めていた。

 できて当たり前という顔でいるのはあーちゃんだけだ。


「ぐ、ぐにゃぐにゃしてるぅ……う、うふふ、ふふふ」


 だらしない笑顔を見せている陸玖ちゃん先輩はとりあえず放置。


「じゃあ、これを捕ってみよう」


 他の3人に向けて言うと、あーちゃんはコクリと頷いて準備に入った。

 だが、美海ちゃんと昇二は理解が遅れたのか固まっている。


「そこまでやんないと意味ないだろ?」


 別に技術をひけらかしたくてこんなことをしている訳じゃないのだ。

 これもまた練習。

 体験したことがあるのとないのとでは全く違う。

 実際に試合で遭遇した時、たとえ取れなかったとしても動揺することなく、落ち着いて次のプレーに移行できるはずだ。


「ただ、危ないからちゃんと防具はつけてな」

「それ、何で持ってきたのかと思ったら……」


 野球道具置き場から持ってきたキャッチャーの防具一式に視線をやり、若干呆れたように嘆息する美海ちゃん。


「ほらほら、用意して」

「はいはい」


 彼女は急かす俺に適当に返事しつつ、防具を身に着け始めた。

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