058 部活動初日①

 仲間の勧誘はまず候補者を絞り込んでから、ということで部活に向かう。

 どうやらプロ野球珍プレー愛好会は毎日活動しているらしい。

 いや、活動日は特に決まっていないと言った方が正しいか。

 単に、割り当てられた部室に陸玖ちゃん先輩が入り浸ってるだけなのだそうだ。

 部屋に入ると、今日も彼女はデスクトップパソコンの前に座っている。


「陸玖ちゃん先輩」

「ひぃ!?」


 呼びかけると、集中していたのか飛び上がって驚く陸玖ちゃん先輩。

 いいリアクション過ぎる。


「あ、あ、えっと、野村君」

「はい、野村秀治郎です。こんにちは、陸玖ちゃん先輩」

「う、うん。こんにちは。えっと、鈴木さん、浜中さん、瀬川君も」

「「こんにちは」」「……こんにちは」


 ワンテンポ遅れたのが誰かと言えば、勿論あーちゃんだ。

 彼女は彼女の時間で生きているからな。

 けど、ちゃんと挨拶はしている。

 義務教育の賜物だ。


「昨日もそうだけど、陸玖ちゃん先輩は何してるの?」


 古い体育会系だったらぶん殴られてそうなフランクさで問う美海ちゃん。

 初日の醜態を見て、年上という感覚が完全に喪失してしまったのだろう。

 とりあえず陸玖ちゃん先輩には、親しみやすい先輩としてあり続けて欲しい。

 と思ったが――。


「あ、これね! 珍プレーの動画を編集して分析しているの!

 これは東京プレスギガンテス対神奈川ポーラースターズ戦で神奈川ポーラースターズのファーストの選手が送球を取れなかった時の映像なんだ!

 スローモーションにして拡大するとね! ほらここ!

 ショートが捕球から送球動作に入った時にボールの縫い目が変に引っかかっちゃってるのが分かるでしょ!?

 タイミングがギリギリだったから握り直す時間がなくてそのまま投げたみたいなんだけど鋭い変化球になっちゃってファーストが捕れなかったんだ!

 結果捕球失敗でファーストにエラーがついたんだけどちょっと可哀想だよね!」


 いきなりテンションが上がり、一気に捲し立ててくる陸玖ちゃん先輩。

 美海ちゃんは圧倒されて「え、ええ」と曖昧に頷くことしかできない様子。

 人見知り以外にもハイテンションになるトリガーがあったようだ。

 正にオタク特有の早口って奴だな。

 このテンションの高低差は慣れないと面食らうだろう。


 けど、本気で好きなことは伝わってくるし、悪いことではないと俺は思う。

 ただ、本人はそう開き直ってはいないようだ。

 言い終わって我に返ったのか、顔が真っ赤っかになってしまう。


「うぅ、またやっちゃった……」


 落ち込んだように俯いて呟く陸玖ちゃん先輩。

 彼女のような先輩にはフォローをするのが後輩の務めだ。


「まあ、タイミングがあんまりにもギリギリだったら、投げないって判断をした方がリスクを回避できることもありますからね。結果論ですけど」


 後からなら何とでも言える。

 分析なんてものは大概そうだ。

 けど、また同じ状況に遭遇した時に確率の高い選択ができるように、様々な情報を頭に詰め込んでおいた方がいいのは確かだ。

 ……まあ、理屈を超えたところにいる本能タイプの選手もいるにはいるけどな。

 少なくとも俺達に関しては、考える野球の方が合っているだろう。


「ともあれ、そういうことがあるからファーストミットは大きい訳で……ファーストが高い捕球力を求められるポジションである証明ですよね」


 当たり前に送球を逸らさず、コンマ1秒でも早く捕球する。

 その上で相当レベルの打撃力も要求される。

 傍から見ている者が無意識に課すハードルが高いポジション。

 それがファーストだ。


「野村君……意地悪だけどいい子だね……うふふふ」


 テンションが落ち切った様子だった陸玖ちゃん先輩がにへらと笑う。

 俺の反応は割と珍しいものだったのだろう。


「む」


 そんな陸玖ちゃん先輩の姿を見て、あーちゃんが警戒したように俺の腕を抱く。

 宥めるために彼女の手を探して握ってやると、腕にかかる力が弱まった。

 陸玖ちゃん先輩が目を丸くする。


「ふ、2人ってそういう関係?」


 あーちゃんが首を横に振る。


「陸玖ちゃん先輩の想像よりも深い関係」

「え、え、ええと?」

「あー、秀治郎君と茜は保育園からの幼馴染で……えー、その、親公認で将来を約束し合った仲、みたいな?」


 あーちゃんに代わって答えるが、途中で言ってて微妙な顔になる美海ちゃん。

 まあ、気持ちは分からんでもない。


「ま、漫画みたい……珍しい……うふふ」


 好奇の視線に変わる陸玖ちゃん先輩。

 彼女のヤバげな笑みにはあーちゃんも引いたらしく、俺の背に半分隠れる。


「ところで陸玖ちゃん先輩」

「……あの、それ、言いにくくない? ……先輩だけでも、いいんだよ?」

「陸玖ちゃん先輩は陸玖ちゃん先輩なので。それより――」


 サラッと流されて軽く肩を落とす彼女に、部室の中に置かれた物品の中の1つに視線を向けながら続ける。


「そこのカメラって何に使うんですか?」

「……これ? これはアマチュア野球愛好会のお古なの。たまに近くでプロ野球の試合がある時は、これで撮影しに行くんだ。珍プレーを撮りにね」

「撮れたことあるんですか?」

「あるよ。片手で数えられるぐらいだけど」


 ってことは、結構試合を見に行っているのかもしれない。

 珍プレーと言うだけに、毎試合発生する訳じゃないからな。


「その映像も編集して、どこかのフォルダに?」

「うん」

「じゃあ、結構カメラの性能もいいんですか?」


 さっきの動画のようにスローモーションにして分析とかにするなら、元々の映像の時点である程度のフレームレートと解像度がないといけない。


「そうそう。結構小型だけどハイスピード撮影もできるんだ。いい位置から撮影できれば直球の回転数も画像から割り出せるよ!」

「いいですね。想像以上だ。ちょっとそれ使ってみてもいいですか?」


 徐々にテンションが再上昇してきた陸玖ちゃん先輩がハイテンションモードに入り切らない内に、被せるように尋ねる。


「いいけど……何を撮影するの?」


 少し落ち着いて、不思議そうに首を傾げる陸玖ちゃん先輩。

 そんな彼女に俺は悪戯っぽく笑いながら「それはセッティングしてからのお楽しみです」と言い、準備に取りかかったのだった。

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