第19話友達

「ここが俺の拠点、バルザールホテルだ」


高くそびえたつ巨大な建物に、一人放心する。

ただ、カンダとリクはさも当たり前のようにずかずかと進んでいく。


「いいところだね、さすがティノープル通り一番のホテル……」

「そうだろうそうだろう、しばらくの間はお前らも泊まっていくといい」


だだっ広い玄関から察するに、本当に格式の高い宿なのだろう。

ほてる……と、言っていた気がする。

ふと目の前を見ると若い細身の男が近づいてきた。


「おかえりなさいませアシュフォード様。

そちらは……」

「あぁ、俺の連れだ。部屋を用意してくれ」

「部屋はどうなさいますか?」

「俺の部屋の隣が空いていたはずだ」

「かしこまりました。では料金を……」


リク……?あ、アシュフォード?まぁどっちでもいいか。

リクは無言で懐からカードらしきものを取り出すと、それを使用人に渡した。


「確かに、確認いたしました。

では、8012号室です。鍵はこちらに……」


若い男が差し出した鍵を受け取り、リクはとことこと歩いていく。

しかし階段ではなく、扉の方へ向かっていく。


「オイ、そっちは階段じゃないぞ?」

「ん?

あぁいや、この扉で上まで行けるんだよ。

エレベーターってんだ」

「……ここの文明レベルってやっぱり何度見ても現代と同等にしか見えないね」

「王国の技術が掠れて見える……」


えれべーたーというものに乗ると、リクはすぐさま右横のボタンを押した。

すごい不思議な感覚だ。

体が宙に浮いて、それでいて上に押しつぶされるような感覚。

その感覚は数十秒ほど経ったあと、軽快な音が鳴り響くと同時に無くなった。

目的の階に着いたのか、扉が開く。


「着いたぞ」


迷いなく進むその姿はまさに勇者そのものだ。

まぁ、リクは勇者ではないだろうが。


「俺の部屋はここだから、お前達は自分たちの部屋でくつろいでいろ」


リクはそう言って、私達に鍵を渡して、そそくさと自分の部屋へと帰っていった。

カンダは『あの見た目だとわかんないけど、別に人情に厚いタイプじゃないから、西隆寺クンは』と言っていたが、旧友ならもう少し仲よさげにしても良さそうな気がする。

旧友……そういえば、ヨザクラは友達だったのだろうか。

友達と言われると、何だか違う気がするのだが……

けど、久しぶりに──


「会いたい……」

「誰に会いたいって?」

「うおッ!」


驚きのあまり飛びずさる。

こいつはこういう節がある。

掴み所がないと言うか、神出鬼没と言うか……



「……ただの独り言だ」

「へぇ、そうなんだ。

ま、いいや」


まぁ実際、何がしたいのか良くわからん男だ。


「……なぁ、率直に聞くんだが」

「なんだい?ボクに答えられることだったらなんでも」

「お前は何が目的なんだ?

私の旅についてきて、何を成したい」

「あれ?言わなかったっけ

君は危なっかしいからほお──」

「それは嘘だろう」

「えっ──」


やはり、そうだったのだな。

顔から滲み出る動揺の色は、彼が嘘をついていることを明確に示していた。


「何が目的だ。

カンダ・トオル」


長い沈黙が流れる。

それを先に破ったのは、他でもないカンダだった。


「……友達を、探してるんだ」


儚い横顔に、一瞬、息を忘れそうになる。


「……友達?」

「うん、友達。

とっても大切で、勇敢で、それでいてカッコいい。

君についていけば……会える気がしたんだよ」


そして、一拍間をおいて、彼は言った。


「ううん、そう決まっているから」


とてもとても、それはおぞましい笑顔だった。


「ごめんごめん、ちょっと暗くなっちゃったね」

「あっ、いや……お前も、大変なのだな」

「大変?何が大変だと思うの?」

「えっ」

「キミがボクの何を知っていると言うんだ。

ボクはキミのことをよーく知っているけど、キミはボクのこと、な~んにも知らない。だろ?」


だんだんと近づいてくるカンダに、恐怖めいたものを感じた。

壁に追いやられる。

緊迫感と焦燥感。

彼の言葉の節々に狂気を感じる。

けれども不思議と……あぁ、なんで。


「え、もしかして……泣いてるの?」

「あ、あれ?なんで私、泣いてっ、いる?私が?」

「あ、えと……ボクは泣かせるつもり無かったんだけどなぁ……

困ったね……」


涙が溢れて止まらない。

これはなに?

恐怖から?

それとも、彼への同情から?

……いや、多分どちらも違うのだろう。

彼が、私に本当のことを話してくれたのが嬉しいのだ。

私を、ちゃんと信頼してくれた気がして。


「……ごめん、急に泣いてしまって。

ねぇ、私達……友達にならない?」

「────これは計算外だね」


カンダは、今までになく困惑した表情を浮かべる。

そりゃそうだ。

会って数日の人にこれを言われたら誰でも困惑するだろう。

だが、ここで言わなければ、いつか……後悔することになる気がするから。


「あっ、いやその……すまん、友達というものがいなくてな……

私……私の初めての友達になってくれないか?」


カンダはもっと困惑しているように見えた。


「いや、いやいや、いやいやいや……

えっと……うん、まぁボクは別に構わないけど。

自分で言うのも何だけど、初めてがボクなんかで良かったの?」

「あぁ、そうだ。

お前が良い。カンダ」

「そっか…………分かった。

じゃあ僕らは友達ってことで……良いのかな?」


……ちょっとぎこちない気がしたが、初めての友達ができた。

ヨザクラ達にも、会ったら報告しないとな。


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