第18話仲間ハズレ

私の一日は、10000回の素振りから始まる。

体に染み込んだ習慣だけで、体を動かす。

もうこれを強制する団長も、見守ってくれる国王もいないのに。

一緒にやる仲間も……ヨザクラも、おそらく……


「朝、早いね」

「おまっ、えっ、起きてっ……いたのかっ」

「まぁね」

「お前もっ、やるかっ?」


鍛えがいのある体を見ながらつぶやく。


「いや、ボクは遠慮しておくよ。

それより……」

「……なんだっ」

「……いや、ボクは出かけるところがあるから。

好きに散策するといいよ。

これ、ここのお金ね」


彼の手には、眼が眩むほど大量の金貨が入っていることが分かる袋が握られている。


「こんなのっ、どこでっ、稼いだんだっ……」


そういうと彼はとても不思議そうな顔をしながら言った。


「拾っただけだよ?」


エミル様、どうして彼にこんな世界中の運を託したのでしょうか。

そう嘆きながら、私の10000回の素振りは終わりを迎えた。


──────


街に出てみたはいいものの、いまいちこの国の言語がわからない。

うーん、騎士団のドワーフ語講座でも受ければよかったな……

町中を呆然と眺める。

喧噪の中で一人──

光景が、世界が、王国のそれと重なる。

なるほど、私はまだ、前に進めていないらしい。


「……っ」


嗚咽を抑えながらわき道に入る。

わき道に入った途端、自身が押さえつけていたものを地面へとたたきつけた。


「ゔっ……お゛ぇっ……」


そのまま道端に倒れこむ。

息が苦しい。


『お前が憎い』


ごめん。


『嫌いだったよ』


ごめんなさい。

私が、なんでっ、わたしだけっ……


『なぁアルフレッド。

お前は何のために剣を振るう?』


「『僕はね、守りたいものを守るためだって思ってる』」


声は二重に重なって。

涙は自然と頬を伝っていく。


『お前もいつか、王よりも守りたいものが出てくるだろう』


嗚咽はすすり泣いている声に、いつの間にか変わっていた。


『僕?僕は──』


だんちょ──


「おい、おいっ!」


どうやら人がいたらしい。

眼の前には、髭の似合う半裸の男が立っていた。

冒険者らしき風貌だ。

恥ずかしい所を見られてしまったな。


「うぅ……」

「大丈夫か、嬢ちゃん」

「すっ、すまない……何でもないからっ」

「いやぁ、けど嬢ちゃん、泣いて……」


その場を立ち去ろうと立ち上がったところで、男に腕をつかまれる。


「おい、何してる」

「あぁ?いや、この嬢ちゃんが道端で泣いてたのを……」


つかんでいた男の腕を、見知らぬ青年が掴んだ。

誰だろうか……?


「こいつはボクの連れだ」

「いやぁ……ってあれ?

……お前、どっかで見たことがあるような……

あぁ!思い出した!!」

「…………?」

「お前神田じゃん!」

「……場所を変えよう。

人が集まってきてる」


カンダだ。


男の腕をつかんでいた青年は、カンダだった。

カンダの言葉で我に返ると、自分たちの路地を覗き込んでくる人たちの視線を感じた。


カンダに連れられるまま、自分達の部屋まで戻っていった。


──────


男二人は、互いに座っていた。

方やベッドに。

方や椅子に。

片方は途方もないほどの警戒心を剝き出しにしながら。

もう片方は朗らかな笑顔を露にしながら。


「よぉ、マジで久しぶりじゃねぇか」

「…………ボクは、お前の事を知らない。

…………まず、キミは誰だ」

「……?」


男は困惑の表情を浮かべる。

カンダが彼の事を知っていることなど、


「あぁ、そっか。

この世界だと元の世界とは違う顔なんだよな。

うん」


男は何かに気付いたようで、傾げた頭をカンダへと向ける。


「俺だよ、俺。

りくだよ」

「……何言ってんだ」

「いや、だから……西隆寺陸さいりゅうじ りくだって。

PRCメンバーだろ?」

「……証拠は」

「ほら、あの……あおいがやらかした未成年の主張……覚えてる?」


その男……リクという名前らしい男の言葉を聞いた瞬間カンダは、自身が無意識にしているであろう貧乏ゆすりを止め、問う。


「……本当にキミなの?

陸クン……なの?」

「ちょっと待て、私の脳が追い付かな──」

「あぁ、そうだよ!

多分お前とかが騒いでた”転生”って目にあってよ。

確か‥‥‥大学2年生の夏休みだったかなぁ──

まさかお前も転生してきてたなんてな……」


テンセイ……また知らない単語。

ここに飛ばされてきてからというもの、知らない単語ばかり飛び交うようになった。

まるで、自分が仲間外れにされてる感覚に陥る。


「あぁ、ごめんごめん、別にキミのこと忘れてたわけじゃないから……

怒ってる?」

「怒ってない」

別に、怒ってないのだ。

ただ、道端で吐いたところを見ていた割には、二人ともこっちに構ってくれない。

……少し寂しくはあるが、別に怒っていない。

断じて、怒ってない。


「すまない嬢ちゃん……

旧友の仲なんでね」

「というか西隆寺クン……結構変わったね、見た目も前より厳つくなってて……

うん!かっこいいと思うよ」

「お前、それ思ってねぇ時の顔じゃん」

「…………」

「ごめんて」

「……そのむすーって顔、あんまり人前でやるんじゃねぇぞ、死人が出る」

「誰が死ぬというんだ」

「俺だ」


……何をほざいているんだこの男は。


強面なのにわりかし冗談をいうタイプなのか、お前は。


「まぁいいや、お前ら、いくら持ってる」

「おあいにく、一文無しだ」

「そうか、なら丁度良い。

俺の仕事用にあしらわれた部屋がある。

その部屋を一部屋貸してやるよ」

「…………わかった、助かるよ」

「おいお前……いきなり初対面の相手をしん──」


カンダの顔に思わず言葉が詰まる。

その笑顔には私に有無を言わせないという意思が見え隠れしていた。


「……大丈夫、西隆寺クンはいい人だから」

「……分かった。

今はカンダの言うことを信用しよう」


私はその目から、顔を逸らすことすらできなくなっていた。

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