第15話エンドコンテンツ……?

八日目

どうすればここから抜け出せるか、何十回、何百回施行してみたが、未だ糸口は見つからなかった。

壁はとても硬く、人間の力では破ることもできず。

腰に隠してある幽幻は、取り出すこともできない。

クソッ、どうする、もう尽くせる手なんて無い……

ヴィクトリアも助けられずに、このまま死ぬのか?

……死にたくない。


「死にたくなっ────」

『何を迷っている』


……誰だ、お前は。

定期的に響く金属音と混じって、男の声が聞こえる。


『私を使うことは考えないのか』


だからっ、お前はっ、誰なんだッ!!


『私はルージュ、死と再生を司る赤の書』


赤の書──たしか、あのウリエルとかいうやつに貰った、教会を壊滅させるための武器の一つ。


狂人エリル・フリューゲルの記した魔導書。


どこに置き忘れても手元に戻ってくるこの本を不気味だとは思っていたが、人の声が聞こえてくるのは初めてだった。


『私はお前の人生が気に入った。

お前のこの先ゆく未来の数々が気に入った。

お前のその空虚な心が気に入った。

試練には立ち向かうための力が必要だろう。

ならばお前に、与えよう。』


いつのまにか、自室にあったはずの本が眼前に広げられる。


「"神の力"?」


『そうだ。お前の理解の及ばぬ神。

その力を理解した時、お前はその力を賜う事ができるだろう。

大事なのは"理解"と"信仰"。

祈れ、縋れ、讃えよ。

さすれば、この世界の偶像崇拝そのものさえも、打ち破ることができるやもしれん』

「お前は……誰だ?」

『私?私は……』


本のページが次々と捲られていく、だがその殆どは白紙で、何も書いていないことが分かる。

そして、本の最後の部分までたどり着くと、誰かの似顔絵が描いてあった。

否──それは、恐らく"コチラ側"の技術で"印刷"されたであろう白黒の写真。


それが、貼り付けてあった。


日本人のような黒光りした髪をなびかせ、しかし風貌はこの世界らしく水準の高い顔をしていた。


──宗教研究家兼発明家ヴィルヘルム・ヨンスター

又ノ名ヲ黒田平八──

なるほど……先人か。


俺の他にも連れてこられたやつ、いたんだな。


『私の元の形は、お前のような転移ではない。神による転生だ』


「っ、聞こえているのか……?」


『あぁ、もうこの本の持ち主はお前だ。

ならば、お前の心の声が聞こえぬはずがなかろうて』


「お前は……どこから来たんだ?」


『本の中だ。

……あぁ、元いた世界の事を言っているのなら、お前の世界とは時代も、様相も、ぜんぜん違うぞ?

なにせ、世界自体が違うからな。

……そうだ、お前の世界は今何年だ』


「……2023年だ」


『そうか、この世界は今1985年だが、列島は江戸幕府が仕切っている』


「……こっちは、もう普通に国民が支配者になったよ」


少しの落胆をおぼえる。

なにせ、この世界で初めて同胞と出会ったと思ったのだ。

違う世界だと言われるととたんに距離が遠くなった気がした。


『まぁいい、お前はすぐにこの書が扱えるわけではない』


「いやいや、今のはこの本の力で脱出できる流れだったじゃん……」


『落ちつき給え。

私がキミの脳内の神を詳細に記し、魔法陣を描いて初めて使えるのだ。

一柱描き切るのに数日はかかる。

それに……』


「それに?」


『私は神"専門"なのだ。

この世界には私の書が散らばっているからな全部で4つだ。

それぞれに名前があ──』


「あー、話が長くなるならあとにしてくんね?

今あいつの対策を考えているところなんだ。

ちょっと待っ──」

『あぁ、分かった分かった。

せっかちなやつだな全く……

しかしお前の記憶、紙魚が出た古書のようにバキバキだぞ……大丈夫なのか?

まぁ、知識の方は問題なく残っているから、コチラとしては干渉はしないのだが……』


「あぁ、恐らくあの女の仕業だろうな。

恐らく俺の記憶を乱して、あの女の記憶を思い出せないようにしているんだと思う……

というより、恐らく自分の近しいところにやつがいると考えて良い。早く説得の糸口を……」


『そうだな、この地下牢生活が一生続く可能性もゼロじゃない。

そうなったら私はどこかにトンズラするとしよう』


俺はそこで押し黙った。


恐怖に押し潰されたとか、そんなものじゃない。

想像していなかった虚無の日々を、こいつが想起させたのだ。

光のない牢獄で一人血を吸われ、肉を噛まれる日々。

うつろな目をして、女を眺めながら、語る口も無くし、ひたすら死を願う死人。


可能性は可能性。

だがそれでも、可能性なのだ。

あり得るから怖いのだ。


確率は低くとも、そんな未来が訪れるとしたら、俺は正気でいられるだろうか。


「俺は……」

「はぁい♡」


女の声が聞こえた。

…………食事の時間だ。


「おい、吸血鬼ヴァンピール

「何かしら?勇者様♡」

「お前、なんで俺の血だけを吸うんだよ。

村の男連中を殺したのって、多分お前だろ」

「そりゃ、食べ続けても味が薄まらなくて、おまけに腐らない……

それに……美味しいんだもん♡」

「は?」


間抜けな声が喉を突き抜ける。


「例えばそう……"神がかってる"あなたの血の味よ

文字通り神の味だわ♡

手放せるはずもなく……いまだに食べ続けているわけ♡

けど……私ももう向き合わなくちゃね。

あの方に差し出さなくちゃ……」


女はあわてて口をつぐんだ。


「あらやだ……私ったら秘密事項をペラペラと……

まっ、に何を言っても無駄か。

そうよね?勇者様♡」


依然として減らない口にアンパンを詰め込みたい気持ちが溢れてくる。

女は俺の顔を一目見ると、クスッと笑って噛み付いた。


「けれどあんた、よく廃人にならないわね……

これだけ

「何いってんだ?クソ吸血鬼ヴァンピール……

俺は見ての通りピンピンしてるぜ、え゛」

「あぁ、なるほど、貴方の加護ね……」

「加護?快楽を遮断する加護なんてな──」


思い出す。記憶を辿る。


【お前にあと5つの加護が発現するから!それ使って頑張るのじゃぞ~】


確かそんな内容だった気がする。


まぁ、兎にも角にも、のは確かだ。

おそらくそこは、自分で見極めなければならないのだろう。


少し、疲れた。


今の時刻は把握しかねるが、あの女が来たということはもう夜なのだろう。


その思考の海にどっぷりと浸り、俺は意識を手放した。

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