第14話男の子、嘘の子、女の子

朝、目覚めはさほど悪くない。

無料で貸してもらった下宿とは言ったものの、カーテンは朝には自動で開くし、ドアは全て勝手に開く。


不便なことは、何一つ無い。

ただ一つだけ、言えることがあるとするならば──


に、いつかまた、逢いたい。


「おはよう、アルフレッドクン」


カンダはもう起きたようで、服の上に服を重ねて、満足げな顔でコーヒーを淹れる。


「どうして、服を2枚も重ねるの?」

「じゃあ逆に聞くけど、ずっとそのローブ着てるの?」


昨日"せんたくき"というものに投げ込んだ騎士団のローブは、数時間もしないうちに汚れ一つ無い状態になっていた。

それに、着る服もなかったので、そのままそれを着て寝ていただけだ。


「……私は、着る服がないから。

あなたは?」

「ボク?ボクはねぇ……」


すると、気持ち悪いとも言えるような笑顔が返ってくる。

ニヤニヤ、と表現するのが妥当だろうか。


「……親友から、貰ったんだ。

それに、重ねているのは服じゃない。

コートだよ。パーカーと言ってもいいのかな」


"ぱーかー"、"こーと"。

また、知らない単語。


「ねぇ、あなた、どこ出身──」


言葉を遮るように、カンダが手をパンッと叩く。


「さぁ、今日はこの国を案内してあげるよ」

「あっ、でも私、探さなきゃいけない人達がたくさんいるんだけ──」

「じゃ、その前の旅支度ということで」


結局、言い包められてしまった。

私は、少しこの男のことが苦手だ。

すべてを見透かしているような目と、言動が癪に障る。


別に、嫌いってわけじゃないが。


「まずはここ、オズガルド随一の研究所兼鍛冶屋、

殺戮専門研究所ヘパイストス

金さえ払えればなんでも作ってくれるよ。

キミの剣ボロボロでしょ?

旅に出るのなら、ここで修理した方が良い」


鞘から剣を取り出してみる。

そう言えばアイツに折られたんだった。

嫌な思い出を噛み締め、欠けた剣を鞘に仕舞う。


「確かに、一理ある」

「じゃ、キミは少しここで待っててね」


そう言って、ズカズカと研究所の中に入り込むカンダを引き止める。


「ちょっと、待ちなさい!!」

「あれっ?」


カンダが後ろに倒れる。

あれ?そんな強く止めたつもりはないが……


「だっ、大丈夫?」

「イッてて……今日のボクはツイてないなぁ……」


そう笑いながら振り向く。


「大丈夫だって、ボクに任せて」


──────────


ボクに任せて──

彼がそう言ってから、かれこれ三十分程は経った。

だが、彼が建物から出てくることはない。


しびれを切らして、私は殺戮専門研究所ヘパイストスという看板が掲げられた、こじんまりとした空間へと入り込む。


「これはっ……」


外観からは考えられないほど、白く、清潔に保たれた空間が広がる。

どこまでも、まっさらな平地が広がっている錯覚を覚えた。

そこに、二つの影が伸びる。


「そぉそぉ、水素やヘリウムとかの、軽い小さな原子核を持った原子やその同位体の、原子核同士の融合によって取り出されるエネルギー。

その反応を──」


方や、背の小さい、可憐なドワーフの娘。


「あ、知ってるよ!

LHC、粒子加速器とかの部類の……核融合と呼ばれる奴だよね。

まぁボク、専門外なんだけど……」


方や、私に向ける小悪魔のような顔とは違う、純粋な少年のような瞳で熱心に話を続ける人間の青年。


「ちょっと、アンタ!!私のこと、忘れてたでしょ!」


神田の衿台を掴む。


「うぉ、お……あぁなんだ、キミか」

「あぁなんだ、じゃねぇだろ」

「ごめんごめん、ちょっときお──忘れてて」

「今、"記憶から消してた"って言いかけただろ」

「ねぇねぇ、それよりさ、そのLHCって何?詳しく教え──」

「ごめんね~、お嬢さん。

今お兄さんとお姉さんは、ここの店主に大事なお話があるの、お兄さん借りてもいいかな〜」


すると、少女の目に真珠のような膜が張る。


「ぼっ、ぼくが……しょちょう……けん……てんちょう……ですけど……

それに……ぼくっ、男っ……ですッ」

「え」


体中に電流、いや、電撃が走る。

2つの意味で。


女にしか見えない可愛らしい顔の造形をしている。


だが、男だ。


髪の、ドワーフ特有の鉱物化した虹色の髪が美しくきらめく。


だが、男だ。


この空間、清潔感がありすぎて落ち着かないな……


だが、男だ。


「えと……僕になんのようでしょうか……」

「あぁ、この人が、ボクの言ってた新しい武器を作って欲しいって人」

「じ、じゃあ、ここの料金表から、コースを選択してもらっ──」


その言葉を、カンダが遮る。


「無料にして♡」

「えと……それは……無理っ──」


またもや、話を遮られるドワーフのむす……少年。


「そのかわり……LHCと時間跳躍について教えてあげるよ」

「あっ、ああっ、あああぁぁぁ!!!」


目にも止まらぬ速さで顔がとろける。

目の中にハートが浮かび上がるのが分かる。


だが────男だ。


「あぁ、あぁぁぁっっっ……い……すよ……」


声が掠れて聞き取りづらい。


だが、男だ。


「いい……ですよッ♡」


頬を隠すように俯く。


だが、男だ。


「だっ、だから……そのっ、えるえいちしーって、なに?」

「あぁ、ラージハドロンコライダー、

通称、大型Lハドロン衝突型加速器H     C。簡単に言えば、

その小型加速器の大型版なんだけど────

カーブラックホールが────

そこで電話レンジを────

それで────」


自身には理解できない単語が飛び交う。

余り心地良ものではなかったが、これも武器を新調するための時間だと思えばなんてことはなかった。


だが、10分、20分、30分、1時間と、時間は刻々と過ぎていく。


カンダの話に耳を傾け、未だに白い壁が四方に続くこの空間を探索するのにも飽き、多少のイラつきが脳裏を照らした時だった。


「────と、こんなところでSHELNの技術関連の話は終わりだよ。

よし!じゃあ、これから武器を作って欲しいんだけど……」

「いっ、いやです!あの、もっとお話が聞きたいです!!」


カンダは、明らかにイラつきの態度を見せる。

それに気が付いたのか、少年は肩を震わせながら私の方へ向かってくる。


私を通り抜け、奥の作業台に私の手を掴み案内する姿を見たカンダは、さっきの表情が嘘かのように、表情筋は緩み、笑顔を作っていた。


「えっと……これが、『言霊式電磁砲』、こっちのやつは『加速型減圧サーベル』、で、こっちは……

あっ、もう何年も前に売っちゃったの忘れてた……

えと、これは、『空間刈り取り型チャクラム』」

「どれもコレも物騒というか、不気味というか……」

「えと……オーダーメイドで、好きな機能と好きな形状を選べるコースがあるのですが……

まぁ、お金取れないので紹介しても一銭も入ってこないんですけど……ははは……」


居た堪れない気持ちになる。だが、私も一文無しの身、背に腹は代えられないのだ。


「じゃあ、オーダーメイドで、拳と足に纏う感じのやつと、両手剣が欲しいな」


それを聞き、ドワーフの少年は戸惑う。


「えとっ、もう少し詳細を……」

「いや、大丈夫。私は職人の腕は疑わない女だ、君の好きなように作るといい」


少し曇っていた表情に、若干の恍惚の表情が差し掛かる。


「わっ、わかりました!」


そう言って、空中に飛んだ薄い光に対してせわしなく指を動かす。

魔法液晶かとも思ったが、どうやら違うらしい。

これは、"でんき"という──いや、説明なんて誰にしているのだ、私は……


また数時間待つのかと思いきや、ものの数分で華麗な指捌きは止まった。


ドワーフの少年の目は瞳孔が完全に開き、口からはよだれを垂れ流し、それはまるで一流料理店のフルコースを目の前に待ちきれない子供のようだった。

いや、見た目は完全な子供なのだが……


「用意出来ました!!」


そう言い、かまどのようなものから何かを取り出し、こちらへ近づいてくる。


「こちらは、四肢専用魔力ナノ搭載型兵装、桜花」


白く彩られたローブに、内部に見える機械的な装飾に見惚れる。


「その人の体に合わせて、サイズ調整ができます。そして……この品の目玉はこちら!!

その人の魔力特性を加味した、魔装を瞬時に作り出すナノテクノロジーを搭載!!

これで、自分のお気に入り装備一式を、コレを着ているだけで!一瞬で!

着れちゃうんです!!

しかもなんと普段使い用に……」


まるで商人の客寄せのような、腹の底から出てくる声に少し怯む。


「それともう一つ、こちらは両手装備用の剣です……」

「あれ、これは普通の両手剣なのか」

「やっぱり、剣の類は使う人の技量が全てなので……ぼ、ぼくら職人は、注文がない限りこだわらないようにしてるんですっ」



「さぁ、作ってもらったところだし、今度は──」


説明を聞くのが面倒になったのか、笑顔で外へ引っ張ろうとするカンダを止め、少しまつようにと伝える。

私は、こんなすごいものを作ってくれたこの少年に御礼をしなければいけないと、心で理解した。


「少年、名前は?」

「へ?あ、僕は、スミス・コンダンテですっ!!

次からは、お金……持ってきてくださいね……?」

「あぁ、今回の分も払ってやろうじゃないか」


踵を返し、店を出る。

しかし、その前に、一つ問いたいことがあった。


「お前は武器、要らないのか?」


そう聞くと、『ボク、運だけは良いから』と、はぐらかされてしまった。

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