第13話ラックラックスは戻れない

──い!

──ん!

──す──かー?


誰だ。私に話しかけているやつは。

……ヨザクラか?

手をつかもうと、形を認識しようと、手を伸ばす。

閃光とともに墜ちてゆく星々は、あの夜と同じ色を表す。

────────勇者様ッ!!


「えぇっと……大丈夫?」


目を開ける。

元々いたローザ王国とは真逆の、照りつけるような陽光と今にも死にそうな、顔面蒼白という言葉が似合う青年が……いや、肌がありえないほど透き通っているだけだろうか。

とにかく、青年は自分の顔を覗き込んでいた。


「あっ……貴方は?」

「ボク?ボクは……」


髪は縮れていて、けれど不潔感は全く無く、銀髪と言うには輝きのない艶のある白髪。

顔はヨザクラと似たような雰囲気を感じさせる顔立ちだ。


まるで、同じ世界からきたかのような。


服には、見たことのない緑色の布地が使われていて、しかも二枚重ねで着ていた。

それこそ、ヨザクラが召喚されたときの服装と質感が似ていた。

青年は、少し顎に手を添えたあと、物憂げな表情で口を開く。


「……ウロボロス──とかかな」

「うろ……?」


少しだけ目を伏せる。だが、すぐに元の剽軽な顔に戻り、口元に手を添えた、"秘密だよ"とでも言いたげな顔をする。


「ごめんごめん、冗談だよ。

ボクは、神田徹かんだ とおる

神の田んぼでかんだで、徹夜の徹でとおる。

あぁ、言語違うから、わかんないんだったよね。

キミの名前も教えてもらおうか、ボクも言ったんだしね」

「……その前に、この体勢を何とかしてもらおうか」


カンダはキョトンとした顔を見せ、なにかに納得したかのように頷く。


「ごめんごめん、ボクなんかが君の顔を覗いてしまって……」


一息ついたところで、再度彼は問いかけた。


「で、キミの名前は?」

「アルフレッド・アルフォンズだ、よろしく頼む。

……早速で悪いが、ここはどこだ?」


エルやヨザクラの居場所も把握できない。

天翔石は予め送られる地点がセットされているものだが、それを知り得るのはエルだけだ。

…………合流しなければ。


「ここはクロウエノ大陸、その最西端に位置する聖域、クロウド森林だ。」


青年はそれを鼻で笑って続ける。


「ま、聖域って言っても、弱い魔物を寄せ付けないだけなんだけどね」

「貴方、この土地に詳しいのね」

「……そうだね、何回目だったかな」

「幼い頃来てたとか?」

「うん、よく来てた」


今にも消えてしまいそうな儚い、切ない表情に、思わず息を呑む。

気まずい沈黙は、カンダの方から破ってきた。


「よし!じゃあ、まずは病院へ行こう。

倒れてたわけだしね」


そう言って、手を差し伸べられる。

掴め、ということなのだろうか。


「あっ、え?あ、ありがとう」


その善意に私は戸惑いながらも応える。

なぜ、こんなに親切なんだろう。


「あの、どこかで、お会いしたことが?」


すると、明らかにボケっとした表情で応える。


「えと……初めてだと思うけど」


また、数分の沈黙。

やはり、沈黙に耐えられなかったのはカンダの方だった。

「キミは、どこ出身なの?」

「私?私は……多分滅んだよ」


声が掠れる。

自分の願望が入った言葉を、心のなかで自嘲する。

それに反して、彼はあっけらかんと笑い、軽い言葉が返ってきた。


「あー、ローザ王国だっけ、残念だったね。確か、4日前だったっけ、敗北宣言」


信じたく無かった。

聞きたくなかった。

それは、エル、ヨザクラ、そして騎士団全ての死を暗喩していたような気がしたから。

私達のやったことが、無に帰したという、直喩だったのだから。


「……そう」

「あれっ、ごめんボク……ちょっと酷かったかな」


そう言って、バツが悪そうに頬を掻く。

そうこう言っているうちに道が開けてきた。

彼いわく、近くに都市があるらしい。


「着いたよ、ここが、クロウエノ大陸最大の科学都市、オズガルド科学共同体。

この世界にしちゃ、中々のもんでしょ?」


眼前に広がる、なんとも言えないレトロチックな雰囲気に飲まれる。

空は黒雲で覆われ、煤と灰の匂いが鼻にこびりつく。


「ここが……話には聞いていたが、なんとも言えぬ重厚感──」

「さぁ、まずは病院だ」


自分を急かすように手を引き走る。


少なくとも、道に倒れていた人を引っ張る力じゃない。

すると、足に小石か何かが引っかかったのか、そのままの体勢で倒れ込む。


「お前、ちょっと意気込み過ぎじゃないか……?」


起こさなきゃ、そう思い手を差し伸べようとする。

だがその手は彼の手に触れることなく、空振りした。

眼の前を馬車が通り、彼が視界から消えたことだけが分かる。

──今の、普通に死んだのでは?

正直考えたくない可能性を考慮し、周囲を観察する。

すると、スライムに溺れ、死にかけているカンダがいた。

皮膚にこびりついたスライムを入念に剥がし、一仕事終えたかのような疲労感と、安堵感が漂った。


「はぁ……はぁ……このっ……危ない奴め……」

「ははっ、ボク、運がいい事だけが取り柄なのにね」


ヘラヘラと笑いながら涙を流すコイツに、無性に腹が立つ。

だが、ほとんど初対面の人に腹パンをかますほど非常識ではないため、大人しく握り締めた拳を広げる。


「ほら、立てよ」

「あれ、ボクが助けるんじゃないんだね」

「何言ってんだ?」

「いや、なんでも」


そういうと、さっきの薄っぺらい笑顔とは違い、混じり気のない、純粋な笑顔を向けられる。

私は、不意に顔を避けた。


「あれっ、そっぽ向いちゃった……」


そう、残念そうな声で笑う。


「病院、行くんでしょ?」

「どうやら、ボクはついていないみたい」

「……そうだな」


病院らしき場所についた。

言語の違う看板をボケッと眺めていると、腕を引っ張られ、すぐさま診察をさせられた。


特に問題はなかったが、カンダは、"きどうえんしょう"というものになったらしく、スライムを根こそぎ吸い取らなければいけないらしい。


「んガガガガガガっっっ!!!???」


口に"きゅういんき"なるものを突っ込み、空気ごとスライムを取り出すらしい。

人体というものは不思議だ。


「えとっ、取り敢えず、お疲れ様……?」

「うん、もう大丈夫だって」

「これじゃ、私が貴方を助けたみたいね」

「ははっ、カッコつかないね……」


あとは、"けっかん"からスライムを取り出すだけらしく、ここは魔法の抽出セレクトを患者本人の魔力を元に常時発動させて、5時間後にけっかんと繋がっている"ちゅーぶ"ごと容器に溜まったスライムが消滅するらしい。


なんとも便利であるわけだが、私には用語が全然分からず、その日は、頭が割れそうだった。


らしい口調なのはそのためである。


「なんか、キミには、悪いことしちゃったみたいだね」

「別に……私だって、あそこであんたに起こされなければ、魔物に即やられてお陀仏だったはずでしょ、感謝してる」


私達は今、病院から紹介された下宿屋で寝る準備をしている。

ここのトイレやお風呂は異様に小さい。

完全に子供用としか思えないのだが、それは当然。


この国は、カンダ曰くドワーフの国らしい。


成程、だから会う人皆が自分の目線に入れないわけだ。


因みに、カンダに"おまえもドワーフなのか?"と聞いたら、違うらしい。


まぁ、私より身長高いし……当たり前か。


……ヨザクラにも紹介しなくちゃな。

そうだっ、エルにも紹介しよう。

この男を鍛えてくれと頼めば、二つ返事で快諾してくれるはずだ。


「ねぇ、キミは、何を目指してるの?」

「旅を……始めようと思う」

「なんで?」


初めて問われる、これから始める旅の目的。

私にもわからない。

だがまずは、ヨザクラやエルの安否を確認したい。

彼らと合流するために、旅をするのだと答えた。


「もう……死んでるかも……」


生きている可能性があるなら、私は諦めたくない。

……彼らが死んでいたら、そのときは彼らの弔いをして、私も死のう。


「……分かった、キミは見てられないよ、その淀んだ眼、見ていて痛々しい」


?疲れているのだろう、今日は数キロ歩いたからな。


「……いいよ、それで良いなら。

ボクも旅についていく、キミが死のうとするなら、ボクが殺してあげる」


不思議な感覚────

嫌な感じはしないのに、なんだか、悲しい。


「大丈夫、君ならきっと上手くやれる」


彼は私をベットに押し付けると、そのまま自分のベットへと倒れ込んだ。


夜は耽けて、私は意識を手放した。

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