第12話聖母の囁き

今現時点でわかったことをまとめておこうと思う。


現時点で犯人らしき人物、また、それに付随する怪しい人影は見つからず。

それと、星界教からの動きはいまだない。

アンゴレウスが俺を突き出す可能性は未だに否定できないが、どちらにしろ彼の依頼を受けることは必須だろう。


ふと窓の外を眺めた。


雪が降りしきるこの南に位置する大陸、ローサルベルク大陸。


今は夏だ。

夏という名前がついているからか、子どもたちは外で鬼ごっこをしている。

ブラウン君のそれを眺める横顔は、どことなく楽しそうだった。


この世界では元の世界との季節は逆転している。

……別に、それがどうしたって話だが。


「元気でしょう?子供達」


いつの間にか、隣に立つ老人が一人、アンゴレウス司祭。

未だに信用はできていない。

なぜなら、こいつは星界教の司祭だからだ。


「あんたは……あんたは、どうして俺を、教会に突き出さないんだ?」


それを聞くと同時に、少し笑われる。


「組織や国以前に、我々には救うべき人間がいるのです。

それがたとえ死者であろうとも、その人の名誉を、無念を晴らすために力を使うのです。

"情けは人の為ならず"とはよく言いますが、自分のために他人を救える人は、この世に存在しないと考えています。

私はあなたを救いたい。

私は、この村を救いたい。

私一人のチカラではできなくとも、貴方がいれば、救うことができるかも知れません」


アンゴレウスは静かに、体を垂直に曲げこう言った。


「どうか、この村を、お救いください。


勇者様……か。


これまで散々勇者勇者言われてきた。

アルフレッドにも、ハインリッヒ国王にも、エルにも、ラファエルやヴィクトリアにも。

俺のこの肩書は、もう意味を持たない、無用の長物なのに。


夜の静けさが、自身の孤独を体に刻み込む。


睡魔が襲い、体の全身が震える。寒気と悪寒。


だが、寝れない。


ふと気がつくと、マリアが、部屋の中へ入ってくるのが見えた。


「えとっ……失礼しますっ……」

「何の用だ、今からこっちは寝るところなんだぞ」


俺の声に反応したのか、マリアがビクッと体を震わせる。


「っ……あのっ。どっ、どうしてそっ、そんなに、おっ、おびえているのですか……?

あのっ!わたくしっ、っ……あのっ、気になっちゃって……司祭様とのお話をっ、そのっ……聞いてしまいましてっ……

あのっ、勇者っ、様っ……この村をっ、救って、頂けますか……?」


また、またか、またなのか。


「ッ……俺は!勇者じゃねぇんだよッ!」


マリアの襟を掴み、壁に押し付ける。

一方、彼女は体をビクッと震わせ、倒れ込む。

だが、今の俺にそんなことはどうでも良かった。


「俺はっ……俺はッ!!

まだッ……何も救えてねぇんだよ……」

「っ、なっ、泣いて……いるの、ですか?」


目からは何も出ていない。俺は怒っているんだ、多分相当。

お前にだ、マリア。

そんなことを気にせず、俺の顔色を窺いながらも、優しく語り掛ける仕草で続ける。

「大丈夫です。あっ、貴方が、どれほどっ、悪人であろうともっ……かっ、かかっ、神はっ……全てを、許してくれますッ。

だから……そんなに、きっ、気負わないで……?」


抱きつかれた。

それを拒否する程の体力など、俺にはない。

目が見えない。視界が揺らぐ。


俺は、気張っていたのだ。


国がなくなって、アルフレッドも消えて、ソフィアも消えて、ヴィクトリアも消えた。

俺にはなにもないはずなのに、何かを守ろうと必死だった。


おれは、なんでっ…………


溢れ出す。堤防の決壊のように、失恋をした乙女のように。

目、顔、そして全身の筋肉が弛緩して、マリアにより掛かる。


何だこれっ……ダッセェ。


「大丈夫です。貴方はただ────」


────

ちゅーちゅーちゅー

可哀想な子。この子も君も……

フフッ……アッハハハハハッ!!


太陽堕ちるこの深き夜に、血ワ交わる。


────

二日目


頭が痛い。昨日は、物凄く痛い夢を見た気がする。

たしか、ヴィクトリア似の金髪の女性に泣きついた夢だ。


アンゴレウスとの話を盗み聞きされたとかなんとか……

けれど、なんだか心がスッと、軽くなった気がした。


考え事をしていると、扉が開く。


アンゴレウスか?


「あっ、あのっ……失礼っ、しますっ……」

「あーー!!!!!!!」


頭が困惑する。夢に出てきた、ヴィクトリア似の金髪女性と似た人がなぜここに……

何が起こっているんだ?ここはまだ、夢の中なのか?

頭が追いつかない。

とっ、取り敢えず、名前だけでも聞いておこう。


「えっと……あのっ……どっ、どう致しましたか?」

「あっ、ゴメン!君、名前、何だったっけ」


彼女は、少し困惑した顔をしながらも、名前を教えてくれた。


────


これが、彼女の名前らしい。


しかし、こんなこと、前にもあったような……

「えとっ、それと……昨日の夜のっ……ことは……

そのっ……忘れてくださいっ!!」


頬を赤色に染めそう吐き捨てて、コーヒーの入ったマグカップを乱暴に置き、扉を閉め去っていった。


「俺、なにか嫌われることしたっけ……?」


少し気を落としながらも、彼女が残していったコーヒーを啜る。

カップを戻し、そのまま食堂へ向かう。

そこには立って給仕をするマリアと、マリアに向かって感謝を述べるアンゴレウスがいた。


「おはよう御座います、旅人様。

昨晩は、上の方で大きな声が聞こえてきましたが、なにかありましたかな」


昨晩……正直、自分の記憶には"怒鳴った"記憶など無い。

"怒鳴った"?

俺は何を言っているんだ。

俺は昨晩、夜になるとすぐに眠たくなって……

いやっ、ちがう、違う違うっ!!

あれは夢なんかじゃない!

……俺の部屋にはマリアが来たはずなんだ。


なんだ、この違和感。

自分が不快感を覚えると同時に、マリアがおずおずと口を開ける。


「えっと……それはっ……私がっ……無礼をはたらいてしまったせいで……」

「なるほど……それは失礼いたしました。

なんと申していいやら……今度必ずお返しいたしましょう」

「あ、あぁ……」


俺は困惑のあまり、言葉を口にできなかった。


────────


今日も村人たちの聞き込みに回ったが、何の成果も出ず、そのまま教会へと帰ってきてしまった。


自身の無力さと、捜査方法の単純さに絶望しながら、自室に戻る。


「はぁ……

もう三日目か、見つかる気がしねぇよ……」


そのまま俺は、睡魔に誘われるまま床についた。


三日目


頭が痛い。目が回る。まるで貧血かのような症状に戸惑いながらも、カーテンを開ける。

今日は何日だ。

少しだけ疲れているだけだ。

少し寝れば、こんなの……


──


ちゅーちゅーちゅー

あっ……おいしっ……あの方には……まだ……


──


五日目

頭が痛い。体の全身が弛緩して、うまく力が入らない。


ここはっ……どこだ……。


意識の覚醒。五冠が冴え渡り、世界が自分と一体化したかのような全能感とともに目が覚める。

俺がいた教会の客室よりも薄暗く、湿ったい。


手を動かそうとする。


だが現実は酷く、動かせるのは腕だけで、手首は、既に手錠にかけられていた。

アンゴレウスが報告したか。

或いはあの連中が自力で見つけ出し連行したか。


そんな過程はどうだっていい。


今の状況、おそらく地下……地下牢らしきところに閉じ込められている。

ここから脱出する手段など、俺には無に等しいだろう。


幸いにも目が暗闇に慣れてきた。


どうやら、他にも人がいた痕跡がある。

だが、その当事者はどこにも見当たらない。


恐らくここの主が連れて行ったのだろう。


ふと耳を澄ますと、足音が聞こえた。


カッカッカッと、忙しなく鳴る足音は、徐々にこちらへと向かってくる。


「は〜い♡おまたせ〜♡」


女だ。声からして推測する。


「わたし〜あなたの事、と〜っても大事にしてるのよ〜?美味しい美味しいご馳走なんですもの♡

それに〜、減らない死なない壊れないのオプション付き♪

手放す理由、無いわよね〜」


独り言なのか、気にせず俺の方へ言い放つ。


「キミもそう思うでしょう?勇者様♡」


耳元で囁く声に、ゾクリと、背筋が凍る。

コレじゃ……まるでっ!!

ヴィクト──

叫ぼうとしたところで、息が詰まる。

それと同時に、体に言い様もない激痛が走った。


「…………ッッッ!!!」

「あはぁ〜、痛くない、痛くないよ〜♡

けど、その声結構好きなのよね〜、顔もわたし好みっていうか〜」


右手を恐る恐る覗く。傷口は見えない。

だが、女と目が合う。


今にもキスしそうなほどの近さに、いつもの俺なら赤面していただろう。だが、彼女の口元を見ると、そんな感情など、1ミリも湧かなかった。

口から下顎にかけて、血が滴る。


恐怖以外の、何ものでもなかった。


俺の体は一瞬にして弛緩し、まともな抵抗などできなかった。


体が熱い。目が焼けるように痛い。


脳が焼きれるのが感覚で分かる。


その痛みと恐怖から逃げるように、そのまま俺は、意識を手放した。

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