第11話猟奇殺人
神官はそれから、この村(この先にあるらしい)に起きている事件というか、怪奇現象の説明を始めた。
ある日、独り身で後先短い老人が一人、失踪した。
その次の朝、老体は獣に食い散らかされたかのような、無惨で残酷な様態で発見された。
皆はそれを、『人狼の祟り』だと言った。
その一週間後、村で一番力持ちの若者が失踪。
またその次の日の朝、体から血の抜かれ、身体が干からびた酷い死体が。
そのまた一週間後、村の村長さんが。
上記のような失踪事件が次々と起き、もう村には女と子供しかいないらしい。
彼女の説明を聞いているうちに、教会らしき建物についた。
「えっと……神父様……つっ、連れてきました」
「あぁ、それはご苦労。
いやぁすまないね、旅の人。
私はアンゴレウス、ここで星界教の司祭をさせてもらっている。
よろしく頼むよ」
星界教、と聞いて少し身構える。
色素が抜けたような白い髪に、十字架を模した装飾を身に着けながら、朗らかな笑みをこぼす老人が一人。
怪しげと言えば怪しげだが……
だが、ウリエルやラファエルのような、異常な雰囲気を纏っているわけではない。
安心するにはまだ早いが、身構えるのもまだ早い。
それに、敵だとしても、おそらく俺の正体にはまだ気づいていないだろう。
「というか、村には女と子供しかいないんじゃなかったのか?
村の男は全員行方不明だって……」
「あっ、えっと……それはっ」
「私から説明しよう」
アンゴレウスが一歩前に出る。
「私は、星界教の──大聖堂から派遣された司祭でして……エル様にこの村の保護と、事件の調査を仰せつかっているのです」
「……エルって、フルネームは?」
「エル・エ・ラーファ様でございます。
どうか、なさいましたか?」
「……いや、知人に少し名前が似ててな」
エル、アルフレッド、王様は……流石に死んじまったかな。
生きてんなら────
「会いてぇな……」
「いま、なんと……?」
おっと、声が漏れ出ていたようだ。
慌てて口を閉ざす。
「いや、なんでもない。
少しだけ、寝泊まりさせてもらえないか?生憎帰れるところがないんだよ」
「えぇ、よろしいですよ。
マリア、案内しなさい」
「あっ……えとっ、わ、分かりました……
たっ、旅人様……のっ、部屋は……えとっ、
二階っ、ですッ……」
そうずっとキョドられると逆に気持ち悪いものである。
ともかくそれはいい、まずこいつの外見において記していく。
顔つきや手の細さなどは本当にヴィクトリアに似ている。
だが、あの子にはなかった胸と、とても高い身長に、正直、恐怖してしまう。
髪は銀髪ではなく金色で、陽の光が当たると輝きだして、俺の目を焼いてしまうのではないかと恐怖するほどには美しい。
目も黄金色、金づくしだな。
「こっ……、ここが、旅人様の、へっ、部屋です。
ごっ、ごゆっくりと……してっ、くださいッ……」
バンッ!と、大きな音を鳴らして部屋の扉が閉まる。
嫌われているのではないか、と思うほどに強く。
おれ、何かしたっけ。
──────
ちゅー ちゅー ちゅー
──────
一日目
朝、目覚めた。
小鳥の声は聴こえるはずもなく、陽の光は、雪を溶かすためにはまだ不十分で。
それでいて、あの敗戦からちょうど1ヶ月経った、記念すべきでないにしろ、自分の中で、新しい人生が始まる日。
ここは現実。
元の世界のように本来目的なく生きていくようなことが当たり前の世界。
気分が悪い。
その世界で俺は、教会の破壊をエミルに託された。
もし、本当に教会を打倒したとして、その先に何が残るのだろう。
いや、ヴィクトリアが居るじゃないか。
何を馬鹿なことを言っているんだ。
俺は。
あの日から、その為だけに息を続けているのだから。
──────
「あっ、えっと、おっ、おはようございます……
ち、朝食の用意がっ……でっ、出来ました」
「……あぁ、ありがとう。
それで……食堂どこ?」
名前……何だったか。記憶が曖昧だ。
「えっと……部屋を出て階段を降りて、突き当りを右にっ」
「おっす、ありがと。
あーそれと、何だっけ、名前」
「あっ、えとっ……マリアですっ、
マリア・テノット」
「そう、そうだ、思い出したよ、マリアだ。
いい名前だな」
「なっ、名前でっ、呼ばれると、きっ、気恥ずかしいッ」
たしかそんな名前だったような気がする。
脳の活動が活発化してきた頃に、マリアが起こすついでに持ってきたのであろう、コーヒーを啜る。
「朝はやっぱりコーヒーかな、カフェインが体に染みわたる……エナドリみたいに」
「えなっ……えと、すみませんっ、蒙昧でっ……」
「よく知ってるな、そんな言葉。
今時の文系の学生はほとんど知らんぞ、意味なんて。
あいつら遊ぶことしか考えてねぇサルだしな。
……悪い、今のは忘れてくれ」
「えとっ、博識……なんですね」
ニコリと笑うその頬に、不意にあの子を重ねる。
「俺は朝食をとる。
そのティーカップは……片してくれないか?」
「えっ、えっと……わっ、分かりました……」
マリアが言い切る前に俺は部屋から出る。
そのままの足取りで先程、マリアに懇切丁寧に説明されたルートをなぞる。
「おや、お早いようですね、
「あぁ、少々目覚めは悪かったがな、野宿するよりはマシと言えるよ」
「左様ですか。
では、客人、いえ、勇者様」
立ったときの衝撃で、椅子が倒れる。
「大天使ガブリエル様からの通達で、勇者……というより、あなたの捜索、及び"保護"を命じられておりました。
ですが、あなたが死んだという報告を受けて以降、
その命は取り消されました。
ですが──」
「……保護って、それを言うなら『連行』だろう」
右手に持っていたティーカップを下げ、アンゴレウスは穏やかな態度で応じる。
「私にはあの方の真意は理解できないため、なんとも言えません。
ですが私は、あの方が目を付けるほど……
いえ、あの方が未だにあなたの存在に気が付いていない事実を加味して、折り入ってお話があるのです。
タダとは言いません。
その問題を解決して頂ければ、あなたがこの村へ来たという記録痕跡、全て消し去って差し上げましょう」
「……そんな都合のいい話、信じるやつがどこにいるって……」
「私は司祭です。
儀式を執り行い、教会の一部の管理を一任され、魔法や聖典の研究を怠らないことを教会が吟味した上で選ばれたのが私です……
契約の接吻でもいたしましょうか」
まるで、用意された台本を読み上げるような口調で、しかしそれでもなお感情の籠もった声で語りかけてくる老人とは、なかなか説得力があるものだ。
「で、内容は?
察しはついているが……」
「まずは、この村を回ってみるといいでしょう。
それからのほうが話に入りやすそうですし」
────
「……こっちです」
村長が残した一人息子であるブラウニー君が、村を隅々まで案内してくれた。
だが、どこを探しても、大人の男の人は一人も見つからなかった。
「なぁ、お前のおじいちゃん連れて行った悪い奴、誰だかわかるか?」
「いいですよ、そんなに取り繕わなくて。
じいちゃんは人狼に捧げられたわけじゃないです。もっと野性的で、生きるために殺したかのような殺され方をしていました。
村の皆は、人狼の祟りだとかほざいて、村の祠でお祈りとかしてましてたけど……
正直、意味なんてこれっぽっちもありゃしない。
魔物と魔族を履き違えてる……」
「魔族?」
「魔物のような魔力生命体、自ら魔に堕ちた魔人。
魔族は、魔物と同じく魔力をもとに生まれました。
ですが、魔物とは違い、知能が高く、また、自然から魔力を摂取できないため、魔物よりも凶暴かつ残忍であることが多い生物です。
まぁ、昔の本に書かれていたことです。
その当時は、
「坊主、物知りなんだな」
「いえ、僕もじいちゃんの死の真相が知りたくて調べていたんです。
特段知識が深いわけではございません」
ブラウニーの口は少し、赤く滲んでいた。
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