第二章 旅立ちと余響

第10話旅立ちの敗戦


────────

…………

「──ここ……は?」


目を開けると、先程まで暗闇で包まれていた景色が、明るい小麦色に変わっている。

それに、いま自身が寝そべっている地面は、舗装された街路ではなかった。

草の生えた、立派な自然。

体を起こしてみる。手の感覚はあり、自身の体から痛みと傷がなくなっている。


「これで、貸しはなしだ。

夜桜亜貴、我はそなたに力を貸した……

もう会うことはないだろう」


そこには、連れ去られたはずの、ソフィアが仁王立ちで立っていた。


「まっ、待ってくれ、お前どうして……」

「何もクソもないわッ……われは、われの望みのために動いただけ……

いつか、我が家族を──」

「家族?」

「っいや、何でもない」


あれは、夢であったのだろうか、いや、そんなことはないはずだ、先程の体の痛みは、本物だった。

死を、感じた。


「っ……そうだ、国は?アルフレッドは?」


ソフィアは何も言わず崖の先、崖下の方を指差す。

そこには、跡形もなく消え去った国の残骸だけが残っていた。

思わず仰け反る。

先刻まで自分がいた南の方面は、人間、いや、生物がいた痕跡はとうになく、残るは荒廃した大地と、焦がれた材木だけであった。


「どうして……という顔をしているな。

ローゼンタールはローザから流れてきた流浪人や、放浪者。果ては国外追放者が集まり形成された国家だ。

彼らがこの土地へ舞い戻ったということは、もうすでに、王国は壊滅したことだろう」


よく見ると、その土地にポツポツと人がいる。

人々の表情こそ見えないが、彼らの歓喜の宴らしき音が耳をつんざいてきた。


「っ──どうしてテメェは平気なんだよ!!」


感情をピクリとも動かさないソフィアに不意に怒りが湧く。

まさしく八つ当たり。

勇者のする所業じゃねぇな……みっともねぇ。

エルにも確か、そう言われたっけ。


「我は、"魅王"だぞ、これくらいで──」

「テメェの家族も、友達も!!ここにいるんだろ!?

そいつらのこと、なんとも思わねぇのかよ!?」


眉をピクリと動かし、小さい体で精一杯背伸びをして言う。


「我に、家族などいないわっ!!痴れ者め!!

それに、われが何を思ってお前を助けたか……

今後一切、お前とは関わらん!一生だ!!」


そう言いながら、口から少し舌を出し、べーっと顎を突き出す。


「……ごめん──ありがと!」

「絶対だかんなっ!!

……それと、お前に意中の赤髪の女は、生きている。

探したければ自分で探せ、我は手伝えん」


……口を酸っぱくして言ったわりには、そういう情報教えてくれるんだなと、思わず俺は笑ってしまった。


────────


少し冷静になった頭で考えてみる。

これからどうしようか、アルフレッドを探すか? サバイバル?どうやって生き残る?

だが、俺にはそんな経験は少なくとも画面の中でしかなかったので、恐らく一日目に熊などの野生動物にに襲われてお陀仏だろう。

ローゼンタールへ行くか。

恐らくこれは、一番の得策。

だが!それは、癪にさわるというか……

プライドが揺れるというか……ともかくその選択肢はなしだ。

俺のブルジェンコフ(店長)を殺した罪は許さん。


「この世界、天候やら人口密度やらが地球と違いすぎて、感覚が狂う……誰か人を探さないとな……」


────────


山は雪化粧を厚く被り、草原では、生命が眠りに落ちて、食料等の生きるための物資はほとんど見つからなかった。

魔物や魔獣は見つけたが、ほとんどは殺すと、魔力結晶になり消え、腹の足しにもならなかった。


「はぁ……はぁ……もうっ……

げんっ……かいっ!!」


そのまま雪の上に倒れ込む。

何故かこの世界、磁気や磁場はちゃんとあるのに、それが、地球とは逆方向。

つまり、北が熱くて南が極寒なのだ。

感覚が狂うのにはさほど時間はかからなかった。


「この森林抜けたら、フローザライト共和国があるはずなんだ……

ここで、音を上げちゃ駄目、だなっ……」


ボロボロになった足で歩み続ける。

それでも、体に降りかかる雪は、容赦なく俺の体力を奪っていく。


「ヴィ……クト……リア」


足元の小石に躓き転ぶ。

だが、足元を見ても、ただ一面に雪が覆いかぶさった大地が見えるだけだ。

どうやら、相当疲れているらしい。

そのまま、重力に逆らわず、地面に体を叩きつけようとする。

だが、それは上手くいかず、大きな谷間に阻まれた。

……谷間?


「だ、大丈夫……で、しょうか?」


そこには、ヴィクトリアが立っていた。

────────


あ、あのっ、どうか、しっ、死なないっ、で……?


目を開けると、ヴィクトリアがいた。

まぁ、それは、自身の疲労による単なる勘違いであったことがわかる。

そして、目を開けた瞬間、終わったわ──と、思った。

俺はそれなりにモラルと社会性を保っていたはずだが、今、それが完全に崩れ去ってしまったことがわかった。


「あっ、えっ……と、だっ、大丈夫……ですか?」

「あー……大丈夫、ただの国が滅んだ流浪人さ」 


彼女も事情を察したようで、目を少し伏せる。


「国がっ……?あっ、えと、その……ローザ王国のことはっ……きっ、気の毒でっ……」

「あー、大丈夫だから、その……早くこの拘束というか痴態というか、魔法を解いてくれないか?」


俺の目は、今、死んでいる。

このヴィクトリア似の巨っ……とにかく、似ているこの女に、拘束魔法をかけられ、磔というかF○のサボテン○ーと同じ格好にさせられているのである。


「あっ……えっと、か、解除……」


……解除されない。


「おいおい、いつまでこの今度くだり続けるつもりだよ、プレイヤー飽きちゃうよ、クラ○ドもそろそろこのイベントムービースキップしたいって思うよ!

……何でこんなツッコミしないといけないんだよっ!」

「えっと、すみませんっ、クラ……からきこえっ……ま、せんでした……」

「大人の事情なのっ!」


かれこれ三十分は拘束されっぱなしである。

魔獣に襲われすぎて寝不足気味の体も覚めきって、早くフカフカのベットで寝たいという思いが膨らむばかりだ。


「いいから解除してくれッ!!」

「はっ!はい!!かっ、か、解除キャンセレーション!!」

「発音まったくちげぇじゃねぇか!!」

「あっ、えと、すみません……みっ、見張りはっ……初めて、で……

ふっ、不審者がっ……見つかるのも、初めてっ、なんです……

だっ、だから、"犯人"がもって」

「犯人?」

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