第9話だんちょー
夢から醒めて最初に耳に響いたのは、聞いたことのない轟音だった。
深夜3時、アンティーク物の時計を買った後、王から直々に贈呈された魔力駆動式100MP型が、使い所に困っていたところ、アンティーク物はアルフレッドが意気揚々と持って行ってしまったので、それを使用することにしたのである。
あの日以来、気を遣われているらしい。
自分も、最初は、また守れなかったって、思っていた。
だが、あいつは生きているのだ。
殺されるという雰囲気ではなかった。
そんなわけで、俺はそれで割り切った。
割り切ったのだ。
閑話休題
なんと、この電子機器のない完全アナログな世界で、目覚まし時計なるものが使えるらしい。
だが俺は、その機能を実際に体験するまでもなく、響き渡る轟音で目が覚めた。
「ヨザっ……勇者様!大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫だ」
「支度は……済んでいるようだな。
私について来い。状況確認と避難誘導を始める」
自室からは、街の様子は見えない。
「あぁ、分かった」
嫌な予感はあった。だが、ここまで事態が急速に悪化しているとは、誰も思っていなかった。
誰もが、最後だとは、考えていなかった。
────────
満月の夜、これから戦場になるであろうこの地に、一組の男女が佇んでいた。
どこまでも続く地平線を背に、1つの規則的に組織された軍隊を横目に見ながら。
「あぁ!神は言っているッ!
最も美しい瞬間は、人の死だとッ!!
神は言っているッ!!
それをなしてくれるのは四大天使っ!!
そのうちの一翼だけだとッ!!」
顔が引き攣り痙攣し、青がかった色の肌が露わになる。
男は、女には目もくれず、足を、上下にせわしなく震わせていた。
「ッ……どうでもいい、早く始めろ」
「あぁ、それもそうだな」
舞台の壇上に二人の男女が肩を並べる。
軍の前に立つ女の顔は、もはや先程の人間離れした魔の色はなく、そこには、ベッタリと、聖女のような仮面が張り付いていた。
「皆さん、貴方達はこの地で、蔑まれてきました」
そのインパクトのある一言目に、観客の視線が集まる。
「我々は救いです。あなた方に、そして、彼らに。
機会とは平等で、皆が掴み取れる位置にあります。
あなた方は、掴み取ったのです。
私達の恩恵と、福音を授かる幸福を。
恐れることはありません。ただこの国に、救済を」
大歓声とともに、雄叫びを上げる兵士たち。
鍛え上げられた肉体に魂を宿し、駆動する軍隊は、その裏にある狂気に触れることはなかった。
「終わったか」
「士気は上々だ。残る異分子はこの国で最後……
華々しくいこう」
「僕はこの地に思い入れはない。
母さんを取り戻す手掛かりがあったから留まっていただけで……」
女の顔は既に男の話には興味をなくしたようで、別の方向に向いていた。
「さぁ、始めよう。惨劇は、今宵、幕を下ろす」
男と女は、口を揃えてこういった。
『神を救い、我を救えよ。さすれば、救済を与えん』
審判の日はもう、始まっている。
────────
「街半分が丸ごと削れてやがるッ!!」
目にしたのは、まるでこの世のものとは思えない、見るに堪えない惨状だった。
被害者数は5000人をゆうに超える、大規模攻撃。
「東側はもうだめだ!
おそらく生存者はいない、おそらくローゼンタールだろう……クソっ、こんなにも早く大規模侵攻が起きるなんて……」
「……俺は北口方面に向かう、お前は、南口方面を頼む」
「あ、あぁ……分かった」
「──冷静に頼むぜ」
町の中央で俺たちは別れた。
これが最善だったのだろうか、それを知るすべは今の俺にはない。
住民を東口及び、宮殿に避難させた。
最善を尽くし──!
「おっ……前……はっ……」
見たくもない懐かしい顔が何食わぬ顔で闊歩していた。
「ん〜……どこもかしこも生存者がいない……
この奇襲がバレていた?
ではなぜ…………ッ!フフッ、お前は……なんだ?
私に復讐しようとでも言うのか?
自分の立場を分かっていない哀れな奴め……」
「嫌いだよ、テメェのその恍惚とした表情が、毎夜毎夜夢に出てきて仕方ねぇんだよ……
なぁ?ラファエル」
「おっ♡覚えていてくれたのか、光栄だな。
勇者様♡」
憎たらしい表情を浮かべる。
クソっ……いま、こいつとやり合って、勝てる見込みは?他にも敵が?
だとしたらここで戦うのはまずい。
だとしたら逃げっ──
「だめだよっ♪勇者様♡」
────
「っぶねぇ!!」
一瞬でも反応が遅れていたら自分の体を縦に引き裂いていたであろう刃をかろうじて幽幻で受け止める。
「おっ、これに反応するか、これはなかなか……」
いつ展開したのかわからない魔法陣がラファエルの手に表示される。女とは思えないほどの怪力に、踏ん張っていた足が地面にめり込む。
どんだけ強いんだよッ!!
「会っていきなり殺しにかかるとか……いい度胸じゃねぇか……
俺も殺したいって思ってたとこだよッ!」
柄に念を込める。
あいつを殺せる武器、殺すための──
「……戦いに集中できないのなら、私の前に立つんじゃない。
生命の
──思いつかねぇ!!
腹に強力なエネルギーが収束する。
中の内臓が出てくることはなかったが、それでも、グチャグチャになった体内から、溢れんばかりの悲鳴が漏れる。
「さて、君との遊びにも飽きたところだ。復讐のための粋な計らい感謝するよ勇者様……だがこれで、幕は降りる。
手を掲げた先には、複数の魔法陣からなる巨大な幾何学模様と、その後ろに生成されつつある巨大な杭があった。
逃げられないッ……死ぬ……?
『デリート』
「ここがお前の晴れ舞台だッ!!」
────────
「死傷者多数!他にも、敵勢力魔獣、及び軍の進行が止まりませんっ!!」
「怯むな!ここが落ちれば、我らが主に示しがつかんッ!!」
ここは、私にとって地獄だった。
みんなが笑い、そして何事もなかったかのように家に帰るのが嫌いだった。
私だけ──どうして──?
そう、妬むときもあった。
だが私は、自由を手に入れた。
生きる目標も。
この国は嫌いだ。
何もなかったように消えていく。
風前の灯の国のために、なすすべもなく散ってゆく騎士達に、私は無力感だけが募っていく。
体は自然と、王宮へと向かっていた。
嫌な予感。
"王"を、助けなければ──
王室、大食堂、客室、王宮のすべてを探し回ったが、生きている人間は、どこにも居なかった。
みなが体を切断され、喋ることなく横たわっている。
最後に、大聖堂────
「あぁ、貴方は最大限の努力をしました……ですが、ヤルダバオート様の選択はすべてが無意味。
私の朝食も、貴方の努力も、果ては運命さえも……
──あぁすみません、独り言が多かったでしょうか?」
王は、胸を貫かれ死んでいた。
「ッ貴様あぁぁぁぁ!!!」
剣を突き立てる、奮い立てる、打ち付ける。
だが、そのどれもが、彼の胸元に届くことはなかった。
「あぁ、貴方の太刀筋は美しい。
まだ先刻の怒りが滲み出ている。
それでいて、私を殺すためにイメージで10万通りは私を殺そうと……
ただそのどれもが、上手く行っていないようですが」
無言で、刃を振るう。思えば、王に拾われたときは、侍女で働くこととなっていた。
その時、偶然、エルの稽古を見学することになったんだっけ。そこから、王のために剣を振るいたいって思ったんだ。
一瞬、頭をよぎる。王は、もう死んでいる。この場にヨザクラがいれば、一体何を私に言っていただろうか。
『────』
「集中が途切れていますね、では、ここらで私も帰りましょう。意義のない戦闘に身を置くほど、私の時間は安くない」
自分に支給された両刃の剣がへし折られる。
自身の体が3枚におろされ、そのまま男が去っていく、そんな〈死〉の錯覚。
だがそれは、一瞬にして夢想だと分かる。
「意義はある、大義ですらだ、恩義を返そうとするのが、人の性だろ?」
あぁ、また、私の大切な人が、散ってしまうのか。
私はまた、生かされるのか。
「無茶ですッ!!団長では勝てません!!私達では……」
言葉が出てこない。
エルは私に、ちいさな声で語りかける。
「大丈夫だ……必ず勝つ、だからお前は────」
「ッ!!ダメです。
王は……ハインリッヒ様は、そんなことっ──」
エルは今までに見たことのない憎悪に満ちた顔で、言い放つ。
「俺はっ!お前のことが憎かった……
俺より速い足取りで、あの方の隣りにいることが……
あぁ、気に食わなかったよ、だから……」
まるで別人のように、優しい顔立ちで彼は言う。
「精々、目の届かないところへ──」
「ッ……!!それはっ」
「天翔石……」
天翔石は、私の体に溶け込み、そして、私の体を軽く浮かす。
指定された位置に指定物を飛ばす魔具、
とても高価で、一個あるだけで家一軒は買えるのだとか。
一度使えばもう二度と手に入れられないことから、縁切り天翔石という言葉さえあるほどだ。
一度使ったら、もう二度と元には戻れない。
「団──────」
「美しい幕引きだ。
上のものが下のものを守って死んでゆく……
果敢無き命。
すぐに持って言ってやろう」
「大丈夫さ、力強き女ほど、怖いものはないよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます