第5話銘打たれた愚か者

───

「ッッは!」


目が覚めると、そこは見知らぬ天井……ではなく、見慣れた場所。

昨日の夢、凄かったな。妙にリアルでそれでいて……


まぁ、誰かに相談するほどでもないだろう。


「いたっ……」


俺の手に、刃物が刺さっていた。


「あ?ああああぁぁぁぁ!!!」


悲鳴が止まらない。自分で自分の鼓膜を劈いて止まらない。

なぜ?どうして?初めて感じる強い痛み、そして恐怖心が自分の心を捉えては離さない。


「ま、マスター?なっ……なんでい……だっ…、大丈夫……ですか?」

「あぁぁぁ!!あ?ヴィ……ヴィクトリアか……」


酷く動揺しているようだ。当たり前だ、自分の主人がこんなことになっていたら誰でも心が揺さぶられる。

俺の比ではないだろうが。


「いっ……医者を呼んでくれ……」

「だ…………」

「?なんだ?早っ……くしてくれ……おい、聞いてるのか?」

「だめです……殺したはずなのに……

もう、死んでるはずなのに……

また、また……殺さなくちゃ……」

「お、おいっ……何言ってるんだよ……」


訳の分からない言葉を喋りながら、ヴィクトリアは近づいてくる。

そして彼女は、俺の右手に刺してあるナイフを手に取り、ズブっと抜き、そしてお腹に刺し直した。

その行為を繰り返す。


「どうして死なないの?早く死んでよ!!

マスタ──」


それを俺は、恐怖で足と声と手が動かないまま、返り血で白い洋服がどんどん赤く染まっていくのを眺める。

数時間に思えた時間が二人の間に流れた。

声を振り絞って、話しかける。


「お……ま゛え゛……ヴィクトリア……だよな゛?

もぅ゛……や゛めで……ぐれ゛よ」


ヴィクトリアはそれでも、刺すのを止めなかった。まるで、自分の感情を殺すかのように。


「なんであの夜アルフレッドに護衛を頼まなかったのですか?馬鹿なんですか?

……私……は、あなたが嫌いです。

マスター……

早く……逃げてください……でなければ私を……私を──」


涙を流しながら虚無を見つめる彼女の顔は、まさしく、絶望に囚われた、まさしく狂人のそれであった。


「俺……久しぶりにまともな女の子と話してさ……嬉しかったよ……だから……」


おれは、彼女の顔を見て、ただ抱きしめることしかできなかった。

だって俺には、寛容さしか取り柄がないんだから。


「殺してください……」

「無理だよ……今の俺に、そんな力は残ってない」


彼女は泣き崩れた。俺の胸の中で。

俺は、彼女に優しく語り掛ける。


「お前と」


今、自分ができることは、それくらいしかないのだと悟ったからだ。

しばらくすると、彼女は落ち着きを取り戻してきた。

そして、ゆっくりと俺から離れこう言った。


ごめんなさい、そう言いかけたその時、彼女の顔と胴体はキレイに切り離されそのまま、

体ごと地に突っ伏した。


「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


眼の前の光景を見たくなかった。

理解したくなかった。

理解が、追いつかない。

なんで死んだ?敵襲?

その疑問の数々は、目の前の光景がすべての回答を提示した。


「魔法適性すらないゴミめ、重要な役割を与えてやったというのに……

あぁ……すまない、危うく殺してしまうところだったぞ、"勇者様"

ヤルダバオート様がお前を"保護"しろとのご命令だ」


白き羽を持ち、白き目を輝かせ、髪は金髪で白いローブを着た女。

白いローブについた返り血は、コイツが殺したという事実を肯定する。

犯人なのだと、肌で感じるその途方もない悪意がそれを肯定した。


「んで……」


絞り出した声で、もはやなんの意味もない問いを投げかけた。


「んで……なんでヴィクトリアを殺した!?

俺を連れっていきたいだけなら、殺す必要はねぇだろうが!!

いたいけな少女の命を踏みにじりやがって……

お前何様だよ!!」


その問いに、毅然と、そして冷静に彼女は答えた。


「彼女はウチの間者スパイだ。

命は我が手中にある……

それにしても愚かな奴め、愛なんて汚れたものを……」

「バカにするな!!

ヴィクトリアは……優しかったんだ!

それをおまえは……お前はッ……」


「その顔……あぁ♡」


顔の筋肉が蠢き、体中を駆け巡り弛緩する。

文字通り、顔が溶ける。

溶けて、醜く青い肌があらわになる。

目の前の信じがたい光景に体の奥深くから湧き上がるものが溢れて止まらない。


憎悪、嫌悪、そして恐怖心が体に染み込んでいく。

吐き気は、止まらない。


「あぁ、いいねその表情……私はニンゲンのその表情が大好物なんだ」

「ッ……イカれてんのか!!」

「イかれてる?イかれてるのはお前じゃないか!!」


体ごと仰け反り、有り得ない方向へ曲がる。


「どういう意味だ!」

「お前はコイツが死んでもまだ、涙を流していないんだよ。

イかれてるのはあんただよ、夜桜亜貴」


聞きたくなかった、理解したくなかった事を、無慈悲に突きつけるこの女は……


「お前はこの世界がまだ、幻想がなにかだと思ってる。

これはリアル!

前の世界がどんなところかは知らないが、ここは戦時中。

召喚された自分の運を恨むんだな」


悪魔だ。


「何者だ!!」


異音を聞きつけたのか、扉が乱暴に開かれ、中にアルフレッドら騎士団が入ってくる。

眼前の惨状に、騎士団のメンバーらが言葉を失っているさなか、アルフレッドは的確な指示で、王宮への厳戒令の施行や応援要請などの対応をはじめ、目の前の敵と対峙する。


「……教会の手先か?」

「そうッ!

我が名は四大天使の一人にして神の言葉を紡ぐ者──ラファエルだ。

今から星界教は貴国に、宣戦布告をする!!

これからはローゼンタールだけじゃない!

全世界がッ!お前らの敵になる!!」


目には恍惚によってか、卑しい光が宿る。


「そうか、では置き土産に貴様の頭を置いてもらおうか」

「それはできぬ相談事だ。

なにせ私は大天使、貴様らごとき人間には敵わないだ」

玉網ボーンネット!!」


捕縛用と思われる糸状の金網がラファエルに降りかかる。しかしそれを軽々と避け、窓を破壊し外に出た。

「すべて存在するものは神のうちにあり、神なくしては何ものも存在しえず、また理解もされない。

お前らは世界から消えるべき、理解しがたい存在」


アルフレッドの剣がラファエルに突き刺さる。

しかし陽光でボロボロに干からびた皮膚が、それが生物ではないことを証明する。

最後に見た奴の顔は、愉悦に歪んでいた。


「クッ……デコイか……」


歯軋りをしたのもつかの間、すぐさま俺のそばに駆け寄った。


「大丈夫か!?酷い出血だ……すぐに止血して……」


そこで彼女は疑問を覚えた。

傷口がないのだ。

この出血の量を見るにもうすでに死んでいてもおかしくない、意識を保っているだけで奇跡というべき状態だ。

しかし、彼に傷口と呼ばれる箇所は一つも見つからない、どこを弄ってもだ。


「おれ……より、ヴィクトリア……をッ……」

「……?誰だのことだ?ここには奴とお前しかいなかったぞ」

「な……に言ってやがる、いるだろ……そこに……」


しかし、目をやった先に、彼女の体はなかった。

夜桜は何かが切れたように暴れだす。

ヴィクトリアという彼以外誰も知らないであろう名前を連呼し、時々呼吸を荒くしながら、絶望を噛み締めた表情で咆哮する。

その頬には確かに、涙が──流れていた。

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