第4話魔法と加護、それから

それから数日、なんともない日常が過ぎ、ヴィクトリアと過ごす時間も増えた。

今もまさに、その彼女と談笑している最中だった。


「いるか!勇者様!」


大きな声とともに扉が開く。

アルフレッドだ。


「勇者様、稽古の時間だ。

早く行くぞ」

「あ、ちょ、待て!」


俺はアルフレッドに引きずられながら部屋を出る。

それをヴィクトリアはぽかんとした表情を見せながら見送った。


「行ってしまいました……」


──────────────


「はあぁあ!!」


俺は今、騎士団団長候補のアルフレッドと剣を交えている。

なぜ彼女の肩書を踏まえて状況を説明しているかって?

なんで戦ったことも剣を握ったこともない俺が!そんな肩書持ってるやつと訓練なんだよ!!


「どうした勇者様?もう終わりか?」

「まだまだァ!!」


しかし、流石に訓練相手として申し分ないほど強い。

なんとか食らいつけているが、正直、かなりキツイ。

それにしても、この女……戦い慣れてる。

剣技には示現流らしき動きもあるが、やはり根本には西洋古流剣術の動きが取り入れられている。

ちなみにここまで知識があるのは、俺は元々歴史や考古学を専攻していた学生だからだ。

俺は鍔迫り合いを強引に押し返し、一旦距離を取る。

アルフレッドは口角を少し上げ、またこちらに向かってくる。


アルフレッドは一瞬にして俺との間合いを詰めると、鋭い突きを放ってきた。

俺はそれを間一髪のところで避け、反撃を試みる。

しかし、その瞬間。

俺の腹に鈍い痛みが走る。

アルフレッドの蹴りが入ったのだ。

そのまま吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「おいおい……騎士らしからぬ卑怯な攻撃すんねぇ……」

「ハッ!これは騎士の名誉を守るための戦いではない。

勇者様を強化する訓練だ!

相手の騎士団が全員騎士道を重んじるものではないからな。

それに、これは儀式だ」


アルフレッドは、剣を地面へと突き刺し、両手の拳を合わせ、腰を落とす。


まるでボクシングのような構えをとると、一気に間合いをつめてくる。


────────────


ヴィクトリアと夜桜の部屋には、二人の人影があった。

一人は椅子に座り、紅茶を飲む少女。

もう一人は、小窓から身を乗り出し部屋の中を覗くようにしている性別不詳の人物。

ヴィクトリアは、ティーカップを置くと、窓の外にいる人物に話しかけた。


「まず、勇者が召喚されたことは間違いないかと」

「へえ~、あの少年がそうなんだぁ~」

「はい。それと、先程話そうとしていた、ローゼンタールに潜む──のことなのですが……」

「ああ、いいよいいよ。言わなくてもわかるよ、こっちで全て済みだ。

それよりも、だ。

なぜまだ、生きている?

早急に殺害しろと言っただろう?」


性別不明の声色が急に変わり、底冷えするような冷たい声になる。

ヴィクトリアは、その問いに答えるため口を開く。


「私達は……なぜ……」


彼女は自身の固い口を、再び閉じた。


─── 再び場面は戻り、アルフレッドとの模擬戦。

彼女の攻撃はとても早く正確で重い一撃だ。

それに加え、元々俺は体力に自身のある方じゃなかった。


だがこの数日で体は鍛えられ、なんとか騎士団の下っ端程度には体をうまく扱えるようになってきたのだ。

問題は、俺が彼女に攻撃を当てられるかどうかだ。


そんなことを考えているうちに、アルフレッドの攻撃はどんどん激しくなっていく。俺は防ぐだけで精一杯になっていた。


このままではジリ貧だ……


雄叫びを上げながら、最後の力を振り絞った渾身の一撃を放つ。

俺の放った斬撃は、アルフレッドの肩を切りつけ……


「おいおい……この世界……何でもありかよ……」

「これは仕込み魔法の一つだ。

──勇者様の元いた世界には、魔法や加護はなかったのか?」


「あったら便利だな」

「──まあいいか。

これで勇者様は私と対等に戦えるのを手に入れたわけだ」

「え?」


俺が困惑した表情を浮かべているのを見て、彼女はクスッと笑い、言った。


「私が魔力をお前の体に、強制的に流し込んだ。

これで勇者様も、体に魔力が循環し始めて、使えるようになったはずだ」

「な、なにをだよ……」

「魔法だよ、勇者様」


これは後に聞いたことなのだが、魔力は、どの世界の人間、生物にも流れてる自然エネルギーで、この世界はそれが当たり前に使えるのだが、偶然魔力の使えない世界からの召喚だったため、ここまで追い込んでから魔力を流さなくちゃ開花しないだろうという話らしい。

俺は、適当に炎のイメージを浮かべながら、手を翳してみる。


「メラ◯ーマ!」


すると、かざした手元に小さな赤い炎が現れた。


「おぉ!できた!でも……」

「あぁ、訓練すれば、もっと威力は出るぞ!」

「マジすか!?アルフレッド先輩!!

やってみてくださいよ!」


アルフレッドはおだてられて調子に乗ったのか、ドヤ顔で別の魔法を発動する。


「召喚法術、『ジバリスク』!」


次の瞬間、地面が大きく揺れ始め、地割れが起こる。

そして、そこから大蛇が飛び出してきた。


「こいつはうちのジバちゃん!

かわいいだろう。

これは召喚魔術の一つで、お前が呼び出されたのもこの魔術の発展形だ」


アルフレッドが自慢げに語る。

だが、女の子が飼っていいような生物ではない。


「あれ?魔法じゃないのか?」


「あぁ、よく気付いたな勇者様。

魔力によって発動できる術は大きく分けて3つある。

誰でも扱えるような"魔法"

魔力量が少ない人間は使えないが……エルフなどの魔力量が多いものが扱える"魔術"

制約・契約による縛り、神術など、特定の条件を満たすと発動できる"法術"

そして加護だが……まぁ、この説明はまた後でいいか」


まだ見ぬ世界にまだ見ぬ力……

その胸の高まりが鼓動として聞こえてくる。


「なぁ、俺もこいつ、手懐けられるかな……」

そう言って表皮に触れようとする。

だがしかし、触れる直前に尻尾で薙ぎ払われ、俺は地面に腰をおろした。


「この子は私の言うことをよく聞くんだ。

だが、そのかわり、他の者の命令は聞かない。

これは戦争ではとても有利な広範囲防御で役に立つ。

また、召喚するものによって、特殊能力が備わっているから、調べておくといいぞ!勇者様!」


しっかし、こいつもだいぶ丸くなりやがったものだ。

最初の頃は、俺のことをゴミムシのように扱ってたくせに……

そんなこんなで時間は過ぎていき、日が暮れるころ、俺は城の食堂にいた。

そこで、この国一番の王宮レストランの味を楽しんでいた。

ちなみに、俺はもう既にアルフレッドとの戦闘訓練を終えている。

俺達は食事を終えて部屋に戻る、その時だった。


「誰だ!」


アルフレッドが突然叫ぶ。


「あれ?気づかれてしまいましたか……」


アルフレッドの視線の先を見ると、そこには、フードを被った、見るからに怪しい人物が現れた。

おいおい、異世界で初の重大イベントか……?


「誰だ?やけに怪しい奴め」

「貴様……何者だ……」


アルフレッドがそう問いかけると、

目に見えない速さで俺に近づき、そして──


「今日の夜、逃げて──助けて下さい」


耳元で囁くと、そのまま走り去っていった。

彼女が何者かはわからないが、まぁ正直、まだ今は準備フェーズだ、準備フェーズに敵が襲ってくるなんてNGすぎだろ。

気にする必要はない。そう俺は勘違いをしていた。

ここで誰か……アルフレッドに護衛でもお願いしていれば、こんなことは起きなかったのかもしれない。


─── 夜の帳が落ち、辺りは静寂に包まれる。


俺は、自室で寝ていたが、なかなか眠れず、寝返りを打つ。


───足音がする。誰だろう。

その考えを俺は否定した。

考える必要はない、恐らくヴィクトリアだろう。


『……神よ、この者に救済を──

金縛り《ステム》』


後ろで妖しい魔法陣が光る。

俺の耳には、知らない肉の裂ける音と、許しを請う悲痛な叫びが聞こえた。

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