第2話自動人形
眼の前に立つ人形のように美しい白銀の髪に、現代日本では目立つであろうラピスラズリのような碧眼の眼をした少女が一人、眼前に立っていた。
「でだ、あんた……誰?」
「私は
名前はありません。
なにせ"人形"ですから」
「へいへいそうかよ。
で、ここで何してる」
「貴方のお世話を担当いたします。
メイド……というのでしょうか、教養がなくて、申し訳御座いません」
「あっ……いえいえこちらも、何も用意できずすみません……」
無名の
「マスターはこの世界に来たばかりでしょうから、この世界の情勢を教えるように仰せつかっております」
「ほぇ~(マスター……)
そういえば、名前無いんなら、俺がつけるべきだよな……マスターだし。
……あ、そうだ、いいの思いついたぜ。
お前の名前はヴィクトリア・シークレット。
ヴィシーでいいか?
あ、それとさ、情報整理は明日から。
疲れてるから、寝たいんだよね」
彼女の世界は、自身も知らない感情に支配されていた。
「ありがとうございますッ……
大事にします、その名前……」
彼女は、初めて心の底から、人の温かさを知った。
そして彼女が唐突に泣き出したことに、夜桜は困惑の色を見せる。
「おいおい泣くなって、俺が泣かせたみたいになるじゃんか……」
彼女は、人に愛されたことがなかった。
「泣いてる……?
私は泣いて……いるのですか?」
「あぁ、泣いてるよ」
しかし、彼女の持ってしまった感情は、彼女の仕事でこの上なく重荷になってしまうのは明白だった。
「申し訳ございません……」
「あ、そう言えばさ、君どこ住んでんの?」
「あ、えっと……この部屋に住まわせていただくことになっております」
驚きの一言に身体が硬直する。
しかし、よく部屋を観察すると、さっきまではなかった布団が寝室の半分を占領していた。
「え!?
あ、そ、そうか……よろしくな……」
──────────
「はぁ……一日目でこれかよ……」
俺は現在、王宮の風呂に入っている。
王城には大浴場があり、毎日そこで体を清めることが義務となっているらしい。
まぁ、現代社会では当たり前のことなのだが。
「それにしても、まさか俺が勇者だなんてなぁ……
実感が湧かねぇ」
俺は湯船に浸かりながら、ふと呟いた。
「勇者様……ねぇ……
俺が勇者だなんて、正直言ってありえないだろ……
この世界にもし魔王とかいたら瞬殺されちまうぞ?」
そんなことをぼやいているうちに、体は完全にリラックスしきっていた。
そんなところに一つの人影が見える。
「そうだね~、君が勇者などありえない」
なんだ、この不躾なやつは。
「なんのようだ~?浴場ではリラックスしたいんだ。
今の話は水に流してやるからよ」
そのまま声の主は、自分の隣へと座る。
「お前~、そんな強くないだろ?」
「あぁ、よえーよ、弱すぎて初級風魔法で死んじまうくらいには貧弱だよ」
「おや、では私が直々に護衛を……」
「別に無理しなくていいよ。やられるこっちが辛い。
俺の名前は夜桜亜貴、お前は?」
「僕?僕はねぇ~、騎士団長エル・バーディッシュ」
金髪か茶髪か、とにかくきれいな髪色だ。
それに、いかにもモテそうなウェイ系大学生のような顔をしているのに、その顔には似つかわしくない程よい腹筋がまた、彼のホストのように嘆美な顔をより一層引き立てていた。
「エルバーでおk?」
「あだ名?団長にあだ名付けるとか、肝据わってんねぇ~」
「使い分けたいだけだよ、状況と場合によって使い分けるさ」
「例えば?」
「失恋したとき慰めるのか、煽るのか」
「それは手厳しい……けど団長はモテるのだよ夜桜君?」
「へいへい、そーかよ」
無駄な会話が幾分か続けられる。するとエルは、唐突に彼女の名を出した。
「あの子、アルフレッドちゃんさ、優しくしてやんなよ~?
彼女、一応捨て子だったし」
「捨て子?あんなに顔がいいのに?」
「だからだよ、彼女の親は貧民街育ち、日銭を稼ぐために娘を担保にした」
エルの語る昔話は、現代では神話と化した、奴隷制度と近しいものを感じた。
「それは彼女の地獄の日々の始まりだった。
彼女は身体こそ求められなかったが、子供の体には耐えきれないような力仕事に、主人の暴力の捌け口となっていた。
……ほら、彼女、国王を主として崇めてるみたいなとこあるだろ?
縋りたいんだよ、あの頃の年頃で親に捨てられ、貴族の使用人になり、王に拾われた。
そんな経験したら、こんな価値のない自分を拾ってくれたハインリッヒ国王は、神サマだろ?」
「確かにな。
あいつの王への忠誠心は、狂気に近いものがある」
するとエルは、優しい顔つきでこういった。
「自立させたいんだよ。
自分で考えて、自分の意志で行動する。
そんな人間らしい生き方を学んでほしいんだ。
君は見たところ、自我の塊のような男だしな」
「ひでぇこといいやがるぜ」
「自立とは、自分が依存する先を増やすことである」
「誰の名言なんだ?」
「先王の言葉だ」
そう言うと、彼は立ち上がり風呂場から出ていこうとする。
「もう上がるのか?」
「ああ……まだ稽古が残っていてね」
「そうか、おつかれさん」
こうして俺の長い一日は、疲労だけが残る形で終わった。
◆◆
「……ふぅ、やっと寝れる」
現在時刻午前2時。
いつもならとっくに夢の中だが、今日はいろいろありすぎた。
風呂から上がり、自室に戻る。
「……なんか、眠れないな……」
布団に入り目を瞑るが、一向に眠気が来ず、むしろ目が冴えてきた。
すると、自分の背中の方……つまり、扉の方から物音がする。
おそらく音源はヴィクトリアだろう。足音がどことなく規則的だ。
自分の方に近付いてくる。
布団を探しているのだろうか。
直線的に俺の方へ向かってくるのが気配でわかる。
「布団はそこだぞ~、早く寝ろよ~」
「あ、え、あ!はい……」
彼女は、その時持っていたそれを、振り降ろすことができなかった。
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