第19話 魔法の訓練

 三人でアフタヌーンティを楽しんだ後は(イリアは始終仏頂面であったが)、再び作業を開始する。


 イリアは、薬草たちの葉の状態を観察し、それらを逐一メモしているようだった。

 ヴィヴィアンは、変わらず椅子から立とうとせず、優雅に食後の紅茶をすすっている。やはり私を手伝う気はないらしい。

 アルフォンソは、日傘を広げて、私の頭上に掲げてくれる。

 ……が、雑草を抜く手伝いはしてくれないようだ。


(ぇえい、私が言い出したんだから、私が最後までやらなきゃよね!)


 そう自分に言い聞かせて、私は、残りの雑草に取り掛かった。




「……あ、そちらのうねは、やらなくて結構です。

 直接肌に触れると、危険な毒草を植えていますから」


 イリアに言われて、私は、自分の与えられたノルマが終わったことを悟った。 

 身体中が痛くて悲鳴を上げている。明日は、筋肉痛になりそうだ。


 〝危険な毒草〟に興味はあったが、ここであまり身を乗り出しても、いいことはないだろう。逆に警戒されてしまう恐れがある。


「何か、他に手伝うことはない?」

「大丈夫です。今日は、もうこれで終わりにしましょう」


 イリアは、少し言い淀んだ後、次の言葉を付け足した。


「助かりました」


 心なしか、イリアの口調は、優しかった。

 少しは私の努力を認めてもらえたのかもしれない。そう思うと、今感じている身体の痛みと疲労が、少しだけ誇らしかった。


「それじゃあ、私に魔法を教えてくれる?」


 私は、期待を込めてイリアを見た。

 しかし、イリアは、空の色が赤く染まっているのを見上げて、眉をしかめる。


「今日は、もう時間がないので……また明日、ここへいらしていただけますか?

 お昼過ぎ頃、私は、いつもここにいるので」


「えっ、そんなぁ。今日、教えてくれるんじゃないの?」


「先ほど言いましたとおり、魔法は、魔力を消費します。

 そんな疲れ切った顔をした人に、これ以上無理はさせられません。

 一晩しっかり身体を休めて、また明日、ここへ来ていただければ、教えましょう」


「そんなことを言って、明日も、また雑草を抜かせるんじゃ……」


「あなたのお陰で、雑草は、あらかた除去されました。

 明日は、水やりだけで済むので、すぐ終わります。

 安心してください、約束は守ります」


 そう言って、イリアが僅かに微笑む。その美しさに思わず、どきっとする。

 貴重なイリアの笑顔を見たことで、私の心は満足したようだ。我ながら現金である。


「…………わかったわ」


 正直なところ、もう身体がくたくたで、今すぐにでも熱い湯舟に浸かって、ベッドへ倒れたかった。

 私が帰ろうとしたところで、イリアが思い出したように言った。


「……あ。今度は、ちゃんと食事を摂ってから来てくださいね」



   ♡  ♡  ♡



 翌日、私は、イリアに言われたとおりに、食事を摂ってから王宮の薬草園へと向かった。

 薬草園には、イリアと、何故かヴィヴィアンの姿もあった。


「どうして、またヴィヴィアンがここにいるのかしら?」


(お姫様って、暇なのかしら?)


「何言ってるのよっ!

 ルイお兄様の婚約者であるあなたは、私の未来の義姉あねでもあるのよ。

 義姉あねの不貞を、義妹いもうとの私が、見過ごす筈がないでしょう!」


「不貞って……ただ魔法を教えてもらうだけなんだけど」


「それにしても、あなた……あのタバサというメイド長のことは、大丈夫だったの?

 もしかしたら、来られないのではないかと、イリアと話していたところだったのよ」


「ああ……タバサね。うん、私も昨日あんな風に屋敷を抜け出したから、監禁されるんじゃないかと思ったけど……意外とすんなり許してもらえたのよ」


(本当は、ルイに逢いに行くと言って出て来たのよね~。

 婚約者の王太子に逢って仲を深めるのも必要だとか何とか言って。

 まぁ、アルフォンソには、一応、口止めしておいたし、バレなければ大丈夫)


 私は、ちらと横を伺う。

 無表情のアルフォンソが、私の頭上に日傘を差して立っている。

 実は、昨日私が屋敷を抜け出した後のことも、私はルイ王太子と逢っていた、とタバサに嘘をついている。そのことについて、アルフォンソは何も口を出さなかったから、信用して大丈夫だろう。


「むしろ、昨日、私が倒れたことを気にしていて、屋敷を抜け出すほどに私を追い詰めたと思って、責任を感じているみたい。だから、花嫁修業は、午前中だけにして、午後は好きにしていいことになったの」


(……まぁ、〝ルイと逢うなら〟という条件つきだけどね)


 それに、午前中だけとは言え、やはりタバサの花嫁修業は、厳しい。これまでのクロエがいかに努力をしていたのかがよく分かる。


「……そう。それなら良かったわ。

 あなたが来られないのなら、わたくし、また昨日のように、あなたを迎えに行こうかと思っていたのよ」


 良かったと言いつつも、ヴィヴィアンの表情は、少し残念そうだ。どうやら、昨日の逃走劇が、お姫様のお気に召したらしい。


「ありがとう、ヴィヴィアン。でも、そういうわけだから、大丈夫よ。

 それじゃあ、イリア。約束どおり私に、魔法の使い方を教えてくれるわよね?」


「そうですね。水やりも、あなたが来る前に終わっていますし、いいでしょう」


「やったぁー……!」


 喜ぶ私の様子を、ヴィヴィアンが怖い顔で見つめている。

 監視のつもりなのだろう。……とてもやりずらい。


「それでは、あなたの魔法属性を教えて頂けますか?」


 改まって訊ねてくるイリアに、私は、ぽかんとした顔を向けた。


「へ? 魔法属性?」


 私の間の抜けた言葉に、イリアが眉をひそめる。


「まさか……自分の魔法属性も知らずに、魔法の使い方を教えろと言うのではないですよね」


「え? えーっと……自分の魔法属性って、どうやったら分かるのかしら?」


「……はぁ。まずは、そこからですか。

 約束してしまったので、仕方ないとは言え……少々、早まったようですね。私としたことが」


 イリアが額に手を当てて、その表情に後悔の色を浮かべる。


「うっ、約束は約束だからね! 今更、取り消しなんてダメよ!」


「そんなことは言いません。約束は守ります。

 では、まずは、あなたの魔力量と魔法属性を調べるところから始めましょうか」


「はい。先生!」


 私は、手を挙げて言った。

 しかし、イリアは、私の『先生』という呼び方に反応すら示さず、話を進めた。


「調べ方は、幾つかありますが、手っ取り早いのは、実際に魔力を放出してみることです。ただ……あなたの場合、先日の様子を見る限りでは、これまで魔法を使ったことがなさそうですので、この方法は難しいでしょう。

 ですので、魔力測定器を使うことにします」


「魔力測定器? 名前からして、魔力量を測ってくれる道具かしら?」


「そうです。

 そして……こんなこともあろうかと、ここに魔力測定器を用意してあります」


 そう言って、イリアが懐に手を入れた。そこから取り出したのは、掌に乗る大きさの金色の輪っかだった。外側に色とりどりの宝石が付いている。


「ドラゴンが出てくるのかと思ったわ」

「今日は、家で寝ています」


 昨日のイリアのを冷やかしたつもりが、すげなく言い返されてしまう。隙がない、とはこういうことだ。


「これを手首にはめてください」


「へぇー、きれいな腕輪ね。これを手首にはめるだけでいいの?」


 私は、イリアから腕輪を受け取ると、自分の左手首にはめてみた。

 見た目は、ただの宝飾品にしか見えない。これで本当に魔力が測定できるのだろうか?


「私の知っている魔力測定器とは、形が違うようだけれど……」


 ヴィヴィアンが、横から腕輪を覗き込んで言った。


「これは、私が特別に作った携帯式の魔力測定器です。

 王族の方々が使われるものは、もっと大きく正確な魔力量が測れます。

 これは、その簡易版ですね。なので、あまり精度は高くないのですが……」


 イリアの説明を聞いているうちに、腕輪についた宝石が光り始めた。

 それを見たイリアが、驚きの声をあげる。


「これは……っ」

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