第18話 魔法は万能ではありません。

 私とヴィヴィアンを乗せた馬車が、王宮に着いた。

 ヴィヴィアンが自分の部屋へ誘ってくれたが、私は、それを断り、薬草園へ向かうことを告げた。


「どうして、薬草園あんなところに?

 ……まさか、ルイお兄様からイリアに乗り換えたんじゃないでしょうね?!」


 ヴィヴィアンがとんでもない勘違いをして、私を睨んでくる。


「違うわよっ!

 薬草園の管理を手伝うって、イリアと約束したのよ。

 その代わりに、イリアが私に魔法を教えてくれるって」


「何よ、あなた。魔法も使えないの?」


 よほど、この世界では、魔法を使えるのが普通なのだろうか。

 ヴィヴィアンは、信じられないものを見る目で、私を見ている。


「うっ……そうよ、悪い?

 でも、別に私の所為じゃ……」


(私が〝クロエ嬢〟になる前の〝クロエ嬢〟が、魔法の訓練をしていなかった所為で……って、よく知らないけどっ)


「何を言っているの? あなたが魔法を使えないのは、あなたの所為でしょ?

 おかしな人ね、あなたは」


 ヴィヴィアンが呆れた口調で言う。

 私は、反論したい気持ちでいっぱいだったが、事情を説明するわけにもいかない。

 自分が転生者であることは、誰にも言わない方が良いだろう。


「魔法を習うにしても……どうして、魔法をイリアに教えてもらう必要があるの?

 そんなの、ルイお兄様に教えてもらえばいいじゃない」


「えっ、あいつ……じゃない、ルイって、魔法が使えるんだっけ?」


「何を言っているの?!

 ルイお兄様は、勉学に馬術、剣術、魔法……それに容姿と性格も、全てが完璧なのよ!」


 ヴィヴィアンが、サファイアの瞳を輝かせながら主張する。


「ああ……はいはい」


(そう言えば、何でも出来るスパダリ設定だったわね。

 容姿はともかく……今の性格は、完璧とは言えないけど……)


「ルイお兄様は~、笑顔が太陽のように美しくて~♡

 女性に優しくて~、とっても紳士で~♡

 何をしていても絵になるしぃ~……♡」


 ……と、ヴィヴィアンのルイ讃美歌が聞こえてきそうだったので、私は、そのまま一人で薬草園へ向かおうとした。

 しかし、そんな私を、ヴィヴィアンの呆れた口調が引き留める。


「……あっ、ちょっと! あなた一人で薬草園まで辿り着けるの?」



  ♡  ♡  ♡



 薬草園に行くと、ちょうどイリアが水やりをしているところだった。

 イリアは、私の顔を見て、意外そうな顔をした。


「……まさか本当に来るとは」


「約束したでしょう。ちょっと色々あって、来るのが遅くなってしまったけど……約束は守るわ。だから、あとで、ちゃんと魔法を教えてよね!」


 私の言葉に、イリアは、ふぅ、と溜め息をついた。


「それでは、とりあえず、そのあたりに生えている雑草を除去して頂けますか」


「え……雑草?

 薬草の採取とか、薬の調合とかは?

 ほら、ポーションがたくさん必要なんじゃない?」


「いいえ、結構です。今は、ここの薬草たちの世話が優先です」


 私は、ゲームで楽しんだ調合ゲームがリアルで出来ることを期待していたので、がっかりした。


「え~……ってか、そんなの魔法でちゃちゃ~っと出来ないの?」


 私の安直な質問に、イリアが眉をひそめる。


「……あなたは、魔法を何だと思っているんですか。

 魔法は、万能ではありません。使えば、その分、魔力を消耗します。

 人の手で出来ることは、極力、人の手で行うべきです。

 魔法にばかり頼っていては、人が本来もっている生きる力を失ってしまいます」


「えぇ~、それじゃあ、さっきイリアがやっていた水やりは?

 あれも魔法でしょう? 人の手でやらなくて良いの?」


「私は、忙しいのです。他にも、やらなければいけない公務が山のようにある。

 魔法を使って水やりをするのは、効率化を考えてのことです」


「それなら、雑草を抜くのも、効率化を……」

「嫌ならいいのですよ。どうぞ、お帰りください」


 イリアにそう言われてしまっては、返す言葉がない。

 つまり、イリアの指示通りに動かなければ、魔法を教えてくれない、という意味だろう。もしかすると、そう言えば私が諦めて帰るとでも思っているのかもしれない。


 それに、魔法の使えない私に水やりは手伝えないので、致し方ない。


(これも全部、魔法を習うためよっ。がんばらなきゃ!)


「やるわよっ! やればいいんでしょ!

 ……まぁ、私が言い出したことだし。

 それに、便利さに頼らず、自分の手でやるっていう考え方には、私も共感できるわ。素敵だと思う」


 私が褒めると、イリアは、何とも形容しがたい複雑そうな顔をした。

 私に褒められるとは思っていなかったのだろう。 


「それじゃあ、抜いた雑草は……この麻袋へ入れればいい?」


 私は、地面に転がされていた大きな麻袋を見つけて、取り上げた。


「薬草と間違わないでくださいね」


「しないわよっ!」


 私は、張り切ってしゃがむと、そこかしこに生えている雑草を見つけては、手で引っこ抜いていった。草むしりをするのは初めてだったが、これが意外と面白い。根っこから綺麗に抜けた時の感触が快感で、私は夢中になった。


(……ふぅ……あっ、腰いたいっ。

 もっと動きやすい恰好をしてくるんだったわ~)


 しばらく夢中で雑草を抜いていた所為で、身体中が痛い。

 今日は、天気が良いので、直射日光が……あれ? 暑くない?

 周囲には、影になるような木や屋根などないはずなのに、何故か、私のいる場所だけ日影がある。不思議に思い、私が顔を上げると、そこには、日傘を片手に立つ、黒い執事がいた。


「あ、アルフォンソっ?! いつから、そこにいたの?」


「クロエお嬢様が、三本目の雑草を綺麗に抜かれて、嬉しそうなお顔をされていた時からです」


 アルフォンソが無表情のまま言う。


「なっ……ほぼ、最初っからじゃないのよ!」


 雑草を抜くのに夢中になっていて、全く気付いていなかった。

 おかげで直射日光を浴びずに済んだわけだが、ずっと傍で様子を見られていたと思うと、恥ずかしい。


(そう言えば、今って、春なのかしら? それとも、秋?)


 ゲームの世界だからだろうか。あまり季節感というものが感じられない。


「ねぇ、まだですの~? わたくし、退屈ですわっ!」


 その時、ヴィヴィアンが、少し離れたところから文句を言った。

 見ると、いつの間に用意したのか、薬草園の端っこに、白い丸テーブルと椅子が置かれ、その上に広げた大きなパラソルが日陰を作っている。ヴィヴィアンは、椅子に座って、優雅に紅茶を飲んでいた。


(人が懸命に雑草を引っこ抜いている傍で~……)


 と、私は、少しむっとした。でも、ヴィヴィアンには、ここまで道案内をしてもらった手前、あまり強くは言えない。


「……あのねぇ、ヴィヴィアン?

 無理して、私に付き合うことないのよ。

 王宮に戻ったらどう?」


 私は、なるべく優しい口調で、ヴィヴィアンをさとすように言った。

 しかし、ヴィヴィアンは、つんと鼻を逸らして答える。


「いやよっ!

 その……あなたとイリアを、二人きりになんて、させるわけないじゃないっ!」


「別に、何もないってば……」


 私は、ちらとイリアの様子を伺った。

 当のイリアは、こちらの会話など耳に入っていない様子で、薬草たちに肥料を与えている。


「あっ、退屈なら、ヴィヴィアンも一緒に雑草を抜かない?」

「いやっ」


 にべもない。


(仕方ない……早く終わらせよう……)


 そう思って、私が再び雑草を抜く作業に戻ろうとした時だった。


 ぐりゅりゅりゅりゅ~~~……


 一瞬、時が止まった。


 私の腹の虫が、盛大に音を立てたのだ。


(そう言えば……朝食べたっきり、お昼を食べそこなっていたんだったわ)


 恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

 お腹に力を入れて抑えようとするも、音はまない。

 どうしよう……恥ずかしすぎるっ!


「……よかったら、これでも食べる?」


 ヴィヴィアンの声に、私が顔を上げると、丸テーブルの上に、先ほどはなかった筈のアフタヌーンティセットが置かれている。


 ぐりゅりゅりゅりゅ…………


 焼き立てのスコーンの香ばしい匂いに、私のお腹の虫が返事をした。


「いっ、いつの間に用意したの?!」


 私は、お腹の音を誤魔化すように大声を上げた。

 ヴィヴィアンが、少し頬を染めて肩をすくめる。そして、ぱっと掌を皿の上にかざすと、そこに新しいスコーンが追加された。

 まるで魔法だ。


(あっ……そうか、ヴィヴィアンの魔法って……)


 その時になって、ようやく私は、ヴィヴィアンの魔法についての情報を思い出す。

 ヴィヴィアンは、自由自在に食べ物を具現化することが出来るのだ。

 

 美味しそうなスコーンの香りに、私の足は、ふらふらと引き寄せられる。

 しかし、すぐに足元の雑草が視界に入り、その場に踏みとどまった。


 「あ、でも、まだ雑草が……」


 私は、薬草畑を見回した。まだ雑草を抜いていないうねが半分も残っている。

 このままにしてよいものか、と私が迷っていると、背後からイリアの大仰なため息が聞こえてきた。


「……はぁ。少し休憩してはどうですか。

 こううるさくては、作業に集中できません。

 早く、その音を止めてください」


 私は、肩をすくめて、イリアの言葉に従うことにした。


「あ、ねぇ。イリアも一緒に食べない?」

「いえ、私は結構です」


 ぐりゅりゅるるる…………


 今度は、私のお腹ではない。

 見ると、イリアの顔が赤くなっている。


「な~んだ、イリアもお腹減ってるんじゃない」

「いえ、今のは、私ではありません。……ふところで、ドラゴンを飼っているのです」

「へぇーそうー……って、んなわけあるかいっ!」


 結局、頑なに自分の腹の虫の音を否定するイリアを、私とヴィヴィアンで無理やり椅子に座らせた。自分は立ったままで良いと言うアルフォンソも含めて、四人で美味しくアフタヌーンティを頂いた。

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