第15話 決闘
私たちに話し掛けてきたのは、ジオークだった。
赤い頭をがしがしと掻きながら、困った顔をしている。
「レノを見なかったか? あいつ、訓練中に勝手にどっか行きやがって」
ジオークは、誰に対しても
「レノールなら、薬草園で見掛けましたよ。まだ、あの辺にいるんじゃないかな」
ルイがしれっとした顔でうそぶく。表面上は、親切ぶっているが、ジオークにさっさとどこかへ行って欲しい、というのが顔に書いてある。
私は、それを見て、
「ジオーク様! 私、ジオーク様が剣術の指南をされているところを是非とも拝見させて頂きたいですわ!」
私が笑顔でジオークに縋りつくのを見て、ルイがむっとした顔をするのが、視界の隅にうつった。少しだけ、胸がすっとする。
「お、おお? 俺は、別に構わねぇが……嬢ちゃんには、ちと退屈じゃねぇか?」
「いいえっ、とんでもありませんわ!
王国屈指の最強騎士と
「クロエ」
ルイが私を引き留めようと呼びかけてきたが、私は、無視した。
「さあ、行きましょう。ジオーク様♡」
これ見よがしに、ジオークの太くて逞しい腕に掴まって歩き出すと、ルイがすっくと立ちが立って、後をついてくる。
「……お、ルイ殿下。何か大事な用があるって言っていたのは、もう良いんで?」
「……ああ」
ジオークの問いに、ルイは、目も合わせずに答えた。
♡ ♡ ♡
私は、ジオークに付き従って、王宮庭園の一角にある訓練場へとやって来た。
……もちろん、ルイも一緒だ。
到着早々、ジオークは、他の騎士団員たちに取り囲まれて、剣術の指南を始めた。その筋骨隆々の逞しい腕で大剣を振るい、真剣な表情で部下たちに喝を入れている。
(眼福~~~…………♡)
ゲームの攻略対象ではないジオークのリアルな姿をこうして間近で見られるのは、貴重な体験かもしれない。私は、この世界に転生出来てちょっとだけ良かったと思ってしまった。
(それにしても……)
私は、ちらと横を伺う。
先程からルイは、壁に背を預けて、退屈そうな顔であらぬ方向に視線を彷徨わせている。明らかに不服そうだ。
(嫌なら付いて来なければいいのに)
目の前にあるルイの姿が、私の前世の記憶を呼び覚ます。
付き合っていた頃は、優しくて、私の行きたいところへ連れて行ってくれて、何をするにも楽しそうな態度で接してくれていた彼。
でも、結婚した途端、自分の興味関心が向かないものに対して、嫌そうな態度を隠さなくなった。
それならそれで、別々に行動すれば良いのに、彼は、私に文句を言いながら、付き添うのだ。まるで、俺は、こんなにお前のために尽くしてやってるんだぞ、と見せつけるかのように――――。
私の中に、ふつふつと怒りが沸き上がり、つい意地悪をしたくなった。
「ルイ殿下は、剣術のお稽古は、宜しいのですの?」
私は、ルイに向かって、にっこり笑い掛けてやった。
「え~……俺は、もういいよ~……」
明らかに面倒そうな口調と表情をするルイを後目に、私は、ジオークに向かって熱い視線を送る。
「きゃ~♡ ジオーク様ぁ、素敵ですぅ~♡」
「あー、なんか身体動かしたくなってきたなぁー」
ルイが片腕を回しながら、剣を抜く。
ちょうどそこへ、レノールが息を切らせながら現れた。ルイを見つけて、大声で叫ぶ。
「ルイー! 勝負だっ!!」
全身に闘志をみなぎらせているレノールを見て、ルイが苦虫を噛み潰したかのような顔で、ため息をつく。
「しつこいな……」
ルイは、他の相手を探そうと視線を巡らせた。
しかし、レノールの勢いに、他の団員たちは皆、ルイに近づけないようだ。
結局、ルイとレノールが手合わせをすることとなった。
(ふんっ、レノールにコテンパンにやられればいいんだわ)
私は、表面上、心配そうな表情を繕いながら、内心では、ほくそ笑んでいた。
本物のルイならば結果は分からないが、今は中身が前世の夫なのだ。現代人に西洋の剣術など扱える筈がない。
これは、さぞかし胸のすく光景が見られるだろう……と期待した私の予想は、すぐに裏切られた。私が思っていたよりも、ルイの剣術が様になっていたからだ。
(そう言えば……子供の頃に剣道をやっていたって、聞いたことがあるけど……まさか、そのお陰? でも、さすがに剣道と西洋の剣術は違うと思うんだけど……)
それとも、私が引きこもっている間に、ルイが剣術の腕を磨いたのだろうか。
まさかルイが勝つとは思えないが、私は、はらはらしながら二人の勝負の行方を目で追った。
……もちろん、ルイが負けることを期待して。
しばらく二人の剣が交わる音が続いた。……が、徐々にルイの方が押されてゆく。
当たり前だ。いくら身体は、ルイ王太子でも、中身は、前世の夫なのだ。
やがて勝負がついた。
レノールの剣がルイの剣を払い落し、ルイが勢い余って地面に尻もちをつく。
私は、ほっと胸を撫でおろした。ルイが意外と善戦したため、期待していたほど胸のすく思いはしなかったのが残念だ。
だが、その時、周囲から「あっ」という微妙な空気が流れたことに気づいた。
理由を考えて、すぐにルイが王太子であったことを思い出す。
(もしかしてこれって、ちょっとまずい状況なんじゃ……?)
地面に尻もちをついた王太子ルイと、それを見下ろす騎士レノール。本来であれば、多少手加減をするなりして、ルイの面目を立たせるべき場面であったのかもしれない。
ところが、勝負に勝った筈のレノールは、まるで自分が勝負に負けたような顔をして言った。
「…………なんだよ、それ。俺をバカにしてんのか?」
レノールは、怒っていた。
「……もう、いい」
そう言い捨てると、レノールは、腰に下げた鞘へ剣を仕舞い、訓練場を後にした。
その時、私の頭の中に、ある一つの恐ろしい疑問と解が浮かんだ。
私は、気が付けば、レノールの後を追い掛けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます