第13話 薬草園
突然、背後から声を掛けられ、私は驚いて、振り返った。
そこには、藍色の髪をしたイリアが立っていた。
「えっと……ごめんなさい。私、道に迷ってしまって……」
「ルイ王太子ならば、今の時間は訓練場です。
こことは真逆の方角ですが」
イリアは、私が聞いてもいないのに、答えをくれた。まるで私の心が読めるかのようだ。
「どうして……」
「あなたがいつもルイ王太子に会うためだけに、城へ来ていることは周知の事実だからです。
まぁ……ここ十日ほどは、あまり見かけておりませんでしたが」
……やりずらい。
こちらが訊ねる前に、答えを被せてくるのは、やめてほしい。
ゲームでの印象そのままだ。
「あ~……それじゃあ、私、行くわね。ありがとう」
そう言って私は、苦笑いを浮かべながら、再び緑の迷路へと足を踏み出した。
しかし、数歩進んだところで、背後からイリアの少し苛立った声が呼び止める。
「……そちらは、真逆です。城門へ戻ってしまいますよ。
はぁ……仕方ないですね。少し待っていてください。
私の用事が済んだら、訓練場まで送ります」
「あ、ありがとう」
(なんだかんだ言って、面倒見がいいのよね)
私は、さっさとこちらに背中を向けて歩いて行くイリアの後ろについて、一緒に薬草園へと入って行った。柔らかな土と、ハーブに似た香草の香りがする。
(薬草園かぁ……ここで、色んな薬の材料が採取できるのよねぇ)
私は、ゲームでポーションを作りまくった時のことを思い出し、懐かしく感じた。
見れば、そこかしこに生えている薬草のどれもがゲームで見慣れたものばかりだ。
私は、草を引っこ抜きたくなる衝動を懸命に
イリアは何をしているのだろう、と様子を見ると、彼は、掌を宙にかざして、何かを念じるように眉間に
すると、宙から霧雨のような水が降ってきて、辺りに生えている薬草にかかった。
空気がキラキラと光り、小さな虹がかかる。
水の魔法だ。
「うわぁ~……キレイ……」
私は、初めて見る魔法の光景に目を奪われた。
ゲームでは何度も見たものの、二次元のイラストに水のエフェクトが掛かっているような演出だけだった。
こうして実際に目の前で見ると、魔法のすごさが良く分かる。
(そうよね。ここは、ファンタジーの世界だもの。
もしかして……私にも、魔法が使えるんじゃない?!)
私は、期待に胸を膨らませて、イリアの真似をしてみることにした。
掌を宙にかざして、雨よ降れ~、と念じる。無意識に、眉間に皺が寄る。
……だが、何も起きない。
「……何をやっているんですか」
いつの間にか閉じていた目を開けると、イリアの蔑むような視線が私に向けられていた。
……恥ずかしい。穴があったら、入りたい。
「えっと……イリアの真似をしてみたんだけど……」
「使えるわけがないでしょう。
訓練もなしに、誰にでも出来るなら苦労はしない」
(あー……そっか。ゲームでプレイしてたのは、聖女だったから……潜在能力として光魔法が使えたのよねぇ……)
どうやらクロエ嬢は、魔法の訓練とやらをしていなかったようだ。
そう言えば、ゲーム内で彼女が魔法を使うシーンはなかった気がする。
なんて使えない悪役令嬢なんだろうか。
「そ、そうなんだ……あ、じゃあ、私も訓練すれば、今のイリアみたいな魔法が使えるようになるのかな?」
私は、期待を込めた瞳でイリアを見つめた。
イリアは、訝しむような目で私を見返す。
「それは、あなたの努力と、潜在的な魔力量によります。
私に聞かれても答えられません」
……冷たい。
でも、この氷のような仮面を落とした時の快感がたまらないのだ。
私は、イリアを落とした時のことを思い出して、身悶えした。
ああ……またイリアが私を冷たい目で見ている。
やめよう。
「良かったら、今度、私に魔法の使い方を教えてくれない?」
「意味がわかりません」
「え」
「魔法を学びたいのであれば、然るべき学びの場へ通うか、魔法教師を雇えばいい。
私があなたに魔法を教える理由がない、と言っているのです」
「理由……う~ん……それじゃあ、この薬草園の管理を手伝うわ。
こう見えても、薬草学と錬金術のレベルはMAXまで鍛えたのよ!
……って、言っても分かんないか」
私は、何か自分の有用さを証明できるものはないかと、周囲を見回した。
「これは、クズね。根っこを乾燥させて煎じたものは風邪薬になる。
センナは、下剤。ゲンノショウコは、下剤止め。
マオウは、気管支喘息の特効薬。
セイヨウシロヤナギは、解熱鎮痛剤……」
手頃そうな薬草を指さしながら、私は、それらの名前と効能を言い当てていった。
「……そして、この〝
イリアは、あっけにとられた表情で私を見ていた。
「……よく、御存知ですね」
「どう? 使えるでしょう?
報酬として、魔法を教えてくれる、というのでは、どうかしら?」
「……まぁ、いいでしょう。こちらとしても、人手不足で困っていました。
正直、助かります」
先ほどとは打って変わって、イリアの態度が柔らかくなるのを見て、ほっとする。
本来ならば、ポーション作りは聖女の仕事となる筈なのだが、悪役令嬢が作ってはいけないという法律はない。
(ん? ……そう言えば、確かここには……)
私は、ふとあることを思い出して、薬草園の中を見回した。
そして、目的のものを見つけると、近づいて手を伸ばす――――。
「さわるなっ」
突然、イリアが強い力で私の腕を掴んだ。
驚いて顔を上げた先に、真剣な藍色の瞳がある。
「……それは、毒です。死にたいんですか?」
イリアは、静かに怒っていた。
「ご、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……」
(しまった……ついゲームをしている感覚でいたわ。素手で毒草に触れたら、そりゃあマズイわよね……)
「はぁ……まったく、あなたという人は……」
イリアが溜め息をついた。その時、突然、怒声が耳を貫いた。
「クロエ!」
声のした方を見ると、薬草園の入り口からルイが飛び込んで来た。
その後から、ヴィヴィアンも続く。
「ルイ……ヴィヴィアンも……どうして、ここに?」
私の問いに、ヴィヴィアンが頬を膨らませて答える。
「もうっ、あなたが勝手にはぐれるから、私とルイお兄様で探しに来てあげたんじゃない!
そうしたら、探してる途中で、あなたの執事に会って……彼が、あなたはここに居るって言うから来たのよ」
そう言うヴィヴィアンの背後から、黒い燕尾服を着たアルフォンソが姿を現す。
「アルフォンソ」
「クロエお嬢様、ご無事で良かったです」
アルフォンソが綺麗な所作で頭を軽く下げる。
(そう言えば、アルフォンソが居たのよね。
迷子になった時、彼を呼べば良かったんだわ)
アルフォンソには、<隠密行動>というスキルがある。
いつもは、陰ながらクロエ嬢を見守っていて、名前さえ呼べば、どこからともなく現れてくれるのだ。
(……ということは、迷路で私があたふたしていたのをずっと見られていたのよね……)
そう思うと、今更ながらに恥ずかしい。
そんな和やかなムードの中、ルイだけが何故か怒った様子でこちらを見ている。
「イリア……クロエに何をしている?」
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