第9話 逆ハーレムの舞踏会

 大広間へ戻ると、既にルイ王太子の成人祝いの式は、始まっていた。

 会場全体を見下ろせる階段の上に、国王陛下とルイ王太子の姿がある。


(……なんだ。さっきは、あんなに取り乱していた割に、堂々と立っているじゃない。まるで別人ね)


 外見は王太子と言えども、中身は、前世の夫なのだ。

 私は、なんだか納得のいかない複雑な気持ちで式を見守った。


「……ルイ=ジュリアス=エテルニア。ここに、汝をエテルニア国の正式な継承者として認める」


 国王陛下の言葉に、会場は、歓声と拍手で喜びのムードに満たされた。

 私も、周りに合わせて手を叩く。が、淑女の嗜み、とやらを理由に装着されたレースの手袋の所為で音は出ない。


 式が終わると、それまで静謐せいひつおごそかだった管弦楽団たちの奏でる曲調が、リズミカルな曲調へと一転する。

 周囲に居た男女が互いに手に手を取り合い、ダンスを踊り出すのを見て、私は、嫌な予感がした。


 どどどどどど……


「あんっ、ルイ様すてき~♡ こっち向いて~♡」

「ルイ様~♡ 私と一曲踊ってください~♡」

「ルイ様と最初に踊るのは、私よっ! どブスは引っ込んでなさい!」

「何言ってるの! 私は、伯爵令嬢なのよ。身分の低いあなたたちは、私に譲るべきでしょ!」

「何よっ、愛に身分は関係ないんだからぁ!」

「ルイ様~♡ 私と結婚してぇ~♡」


 ……と、地響きを立てながら、貴族令嬢たちの波にもまれて、私は、弾き飛ばされてしまった。


「いったぁ~……ったく、何すんのよっ!」


 悪態をつきながら立ち上がろうとする私の目の前に、すっと白い手袋をつけた手が差し出される。顔を上げてみると、見知らぬ貴族男性が私に向かって、恭しく手を差し伸ばしていた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます」


 私は、差し出された手に掴まって、立ち上がる。軽くドレスをはたいて皺になっていないかを確認していると、貴族男性が再び手を差し出して言った。


「宜しければ、私と一曲、踊っていただけませんか?」


(えっ、ダンスなんて踊ったことないわよ!)


 私は、助けを求めてアルフォンソを見た。

 しかし、つい先程まで隣に居た筈のアルフォンソの姿がない。


(ちょっと、どこ行ったのよ!

 あんたは私のボディーガードでしょ?!)


 心の中で、アルフォンソに悪態をついても意味は無い。


「あ、あの……私、ちょっと気分が優れないので、失礼しますわっ!」


 引きった笑みを浮かべたまま、その場を去ろうと後ろを振り返ったところで、誰かの厚い胸板にぶつかった。


「きゃっ」

「おっと、大丈夫か?」


 低い声につられて、痛む鼻をさすりながら顔を上げた。見上げた視線の先には、赤い髪に黄土色の瞳をした逞しい騎士がいた。


 男の映像が、私の脳内で、ゲームに登場するキャラクター情報の一人と合致する。

 【ジオーク=ザクセン=フォルティス】四十二歳。エテルニア王国の近衛兵騎士団長で、人情に厚そうな渋い男前の顔をしている。


「おい、レノー。お嬢さんをどこか休憩できるところへ連れて行ってやれ」


「え〜なんで俺が……」


 ジオークの呼び掛けに、億劫そうな口調を返した青年の赤い長髪を見て、再び私の中のキャラクター情報が引き出された。

 【レノール=エミディオ=フォルティス】十八歳。ジオークの息子で、彼と同じ赤い髪に黄土色の瞳をしている。


「どうされました? 何か問題でも?」


 そう言って近づいて来た人物も、私の中にあるキャラクター情報と一致する。

 【イリア=ルキウス=マルティヌス】十九歳。エテルニア国の宰相の息子で、ルイの側近でもある。藍色の髪と同色の瞳が、右目に掛けているモノクルの下で冷たく光っている。


 もちろん、乙女ゲームの登場キャラクター達だ。皆、文句なしの美麗揃いである。


(ああ……攻略キャラクターたちが勢揃い……)


 私は、四方を取り囲む面々を見回して、頭がくらくらした。

 足元のふらついた私を、さっと誰かの腕が支えてくれた。

 ジオークだった。彼は、私の乱れた前髪の隙間から覗く額を見て、さっと表情を変えた。


「頭をぶつけたのか……! すまんっ! 俺の所為だ」

「え、いや、これは……」


 自分で壁にぶつけました――と、私が訂正する間もなく、ジオークが軽々と私を横抱きにして抱え上げる。


(ひ、ひえぇ~~~……っ!)


 突然、高くなった視界に、きゅっとお腹の底が縮まる。

 この歳になって〝お姫様抱っこ〟なんて、恥ずかしいを通り越して、ただの罰ゲームである。……ああ、でも今は、十八歳なんだっけ。

 しかも、すぐ目の前にジオークの渋い男前があるとくれば、私の顔は、ゆでだこ状態になっているのだろう。


「大変だ、顔が真っ赤じゃないか。すぐ医者へ連れて行こう」

「おい! こらおっさん、どこに連れて行くんだよ。警備はどうすんだよ!

 もういいよっ、俺が連れて行くから……」

「熱でもあるのでしょうか。頭をぶつけたなら、動かさない方が良いです。私が医師を呼んで来ましょう」


 私の意志とは関係なく、攻略キャラクターたちが騒ぐのを見て、いつの間にか周囲の視線を集めてしまっていることに気が付いた。


「あの、私は、大丈夫ですので、降ろして……っ」


 私が最後まで言い終える前に、広間中に大きな鐘の音が響き渡る。会場に居た全員が、一斉に階段上へと注目する。


「ここで、皆に聞いてもらいたいことがある」


 国王陛下が話を始めたので、私は、少しほっとした。

 でも、ジオークは、私を抱えたまま降ろしてくれそうにない。


「既に、周知のこととは思うが、今日、ここで正式にルイの婚約者を発表する」


(えっ、婚約発表って、今日だったの?!)


「ラヴェリテ侯爵令嬢、クロエ=ロザリア」


 国王陛下の口から、聞き覚えのある名前が発せられる。


「……へ? もしかして、わたし?」

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