第8話 王弟
私は、心臓が止まるかと思った。
(うそっ! 今の声に出てた……?)
誰もいないと思って、つい油断していた。
私が、後ろを振り向くと、そこには、王侯貴族のような恰好をした一人の青年が立っていた。黒髪にアメジストの瞳。少し陰のある冷ややかな印象の美男子だ。
(えっ、確かこの人って……)
私の中にあるゲーム情報から、一人のキャラクターが浮かび上がる。
【デュロイ=フォン=ロンバート】十七歳。国王陛下の腹違いの弟で、ルイの
「……で、誰を殺すって?」
デュロイが切れ長の瞳を細めて、冷ややかな笑みを浮かべる。
空気がぴりぴりと痛い。
「お、おほほほほーっ! 一体、何の冗談かしら。
聞き間違えですわよ。私、そんなことっ」
「あんた、ルイの女だろう。
もしかして……ルイのために、王弟である俺を殺そうとしているのか?」
私の言葉を途中で遮り、デュロイが鋭い視線を私に向ける。
私の真意を探ろうとしている目だ。
「ま、まさか、そんなわけないじゃない!」
「じゃあ、ルイ本人を殺そうとしているのか?」
「っ?!」
「図星か」
「違うわっ! ただ驚いただけよ!」
「まあ、アイツは、親父に似て、女癖が悪いからな。恨んで当然か」
デュロイが冷めた口調で言い捨てる。
「……え? それって、どういう意味?」
デュロイの言う『親父』というのは、前国王陛下のことだろう。
ルイが女性にモテるのは、あの完璧とも言える容姿を思えば、当然のこと。
だが、『女癖が悪い』という情報は、ゲームでも描かれていなかった気がする。
「今更、知らないフリはよせよ。
あんた、これまでも散々、あいつと親しくなった女共に、裏で〝お仕置き〟してただろう」
(〝お仕置き〟って…………なるほど。それ故の〝悪役令嬢〟ってわけね。
ゲームでは、そこまで詳しい描写がなかったから、知らなかったわ)
つまり、デュロイは、クロエ嬢の弱みを知っている人間、ということだ。
だた、そのことが公になっていないところを見ると、今のところデュロイには、クロエ嬢に対して敵意のようなものはないらしい。
「……まぁ、いいや。ルイの成人祝いなんて、クソつまんねーと思ってたけど、あんたが出るなら、俺も行くかな。なんか面白くなりそうだし」
そう言って、デュロイは、整った顔で、裏がありそうな笑みを浮かべた。
(まずいわね……)
クロエ嬢は、デュロイに近づいてはいけない。
そのことをゲームで知っている私は、焦った。
どうやって断ろうかと考えていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「クロエお嬢様、お戻りが遅いので、お迎えに上がりました」
アルフォンソだった。まだ出会って間もないのに、今は、アルフォンソの無表情の顔を見て、ほっとする自分がいた。
「アルフォンソ……どうして、ここが分かったの?」
「王宮の従者から伺いました。
既に、王太子の成人祝いの式は始まっております。急いで参りましょう」
そう言って、アルフォンソが私に向かって腕を差し出す。
エスコートされているのだと気づき、私は迷わず、その腕をとった。
「では、ロバート子爵も、式に参列されるようでしたら、お急ぎになられた方が宜しいかと」
アルフォンソがいつもの無感情な口調で言った。
「……ああ。俺は、あとで行くよ」
私は、ちらっとデュロイの顔を伺った。
デュロイは、アルフォンソの方を警戒するように見ていたようだったが、私の視線に気付くと、ふっと笑みを零す。
(……っ?!)
それは、背中がゾクゾクするほど妖艶な笑みだった。
私の頬が熱くなる。
「頭、あんまりぶつけると、バカになるぞ」
デュロイが自分の額を指さして笑う。私がさっき壁に頭をぶつけていたのを見られていたのだ。
私は、ぱっと自分の額を手で押さえて言った。
「ほっといて!」
♡ ♡ ♡
廊下を進み、デュロイの姿が見えなくなったところで、私は、ため息をついた。
「……はぁ、迎えに来てくれて助かったわ、アルフォンソ。ありがとう」
すると、 アルフォンソが声をひそめて言った。
「あの男には、お気をつけください」
「あの男って……デュロイのこと?」
「次期国王の座を狙って、ルイ王太子を暗殺しようと企んでいる……という噂もございます。もちろん、証拠はありませんが」
「そう……ありがとう。気を付けるわ」
私は、デュロイを攻略した時のことを思い出していた。
彼には彼なりの苦悩がある、ということを私は知っている。
(結構、好みのタイプなんだけどなぁ……)
実は、デュロイには、クロエ嬢と共犯の疑いをかけられて処刑されるルートが存在している。自分の身を守るためには、絶対に近づいてはいけない相手だ。
それに、デュロイは、なかなか勘が鋭い。
もし、こちらの手の内がバレて、王太子殺害計画を立てていた、と処刑されては元もこうもない。
私は、デュロイには充分に気を付けよう、と心に決めた。
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