第7話 もう限界です。

 念の為、その後も色々とルイ王太子から前世での話を聞いてみた。前世での年齢や職業、生まれた場所から経歴、趣味……そして極めつけは、「前世での奥さんの名前は、何て言うんですか?」と聞いた私に、ルイが答えた名前を聞いて、確信した。

 やはり、彼は、私の前世の夫だと。


(……言えないっ!! 絶っ対、私が転生者だって言えないわっ!

 「私が前世であなたを殺した妻で~す♡」なんて知られたら、協力どころか、即刻、首をねられて終わりよ。はい、婚約の前に処刑ルート決定ーっ!)


 私は、心の中で泣き叫び、必死に笑顔を取り繕った。


「ルイ王太子様、そろそろ成人祝いの儀に、ご出席頂けませんか。さすがに招待客の皆様が、もう限界です」


 従者が助けを求めるように扉の外から声を掛けた。

 話に夢中になっていたせいで、すっかり舞踏会のことを忘れてしまっていた。


「とりあえず、会場へ参りましょう、殿下。皆、ルイ殿下のことをお待ちですから」


「ありがとう。クロエに話を聞いてもらって、少し落ち着いたよ。誰にも話を信じてもらえなくて、パニックになっていたんだ」


 心から信じきった笑顔を向けるルイ王太子。その顔は、乙女なら誰でも見惚れてしまう夢の王子様そのものなのに……中身は、夫――前世の夫!

 私は、心の叫び声が口から出てこないよう必死に呑み込んだ。


「……そ、それは良かったですわ。誰かに話してしまえば、それだけ心がスッキリするものですからね」


 すると、ふいにルイが懐かしいような、嬉しそうな感慨深い表情で私を見つめた。


「なんだか不思議だなあ。クロエと話していると、まるで昔の妻と話をしているみたいだ。まだ俺たちの仲が壊れる前の、親しかった頃の……ね」


「えっ、そんなこと……」


(まさか、バレたっ?!)


 私は、思わず、ドキっとした。


「それから……その〝殿下〟って呼び方、やめてもらえないかな。前までは、どう呼び合っていたのか分からないけど……俺は、もっと君と、気楽に話が出来ると嬉しい」


「あ、はい。では、何とお呼びしら……?」


(ほっ……とりあえず、バレてはないみたいね)


「出来れば、前世の名前で……と言いたいところだけど、他の人に聞かれたら怪しまれるだろうし、何より一度死んだ男の名前だからね。今は、ただ〝ルイ〟と呼んでくれないかな。敬語も出来れば使わないでくれると嬉しい」


「わかりました……あ、いえ。分かったわ、ルイ」


(乙女ゲームでも、確かクロエ嬢は『ルイ』って呼び捨てにしていたものね)


「これからどうすれば良いのか、分からないけど……もし良ければ、また話を聞いてもらえるかな?」


「……え、ええ。私で良ければ、いつでも話相手になるわ」


(ちょ……何言ってるの?! 私! そんなの嫌って言いなさいよっ!!)


 思ってもいないことを口走ってしまい、私は、心が引き裂かれそうだった。


 そして、私たちは笑顔で別れた。

 舞踏会へ行くための準備をするルイを部屋に残し、私は、再び会場へと戻る。


(ふぅー……これで何とか、ルイの第一印象は良かったみたいね。

 まずは、第一難関クリア…………って、全然よくなーーーーいっ!!!)


 誰もいない廊下で、私は、一人、頭を壁にぶつけた。

 がごんっ、と思ったよりも大きな音が出る。

 痛い……だが、今は、それどころではない。


(どうしようどうしようどうしよう…………まさか、まことまでこっちの世界に転生していたなんて……!)


 ルイ王太子に婚約を破棄されなければ、何とか生き延びられる……と思っていたのに、これでは大誤算だ。


 もし、このままうまく婚約破棄を免れたとしても、それでは、クロエはルイと結婚することになってしまう。つまり、私は、誠と結婚することになるのだ。


(転生してまであいつと結婚するなんて……死んでも御免だわっ!!!)


 例え見た目は変わっても、中身は、夫なのだ。どんな結婚生活みらいが待っているかなど、目に見えている。だからこそ私は、あいつを殺したのだ。また、互いに殺し合う未来が待っていると分かっていて、結婚なんて出来るわけがない。


 私には今、二つの道がある。

 それは、まるでゲームで表示される選択肢のように感じられた。


 ♡ルイに婚約破棄される ⇒ 処刑ルート

 ♡ルイとこのまま結婚する ⇒ 夫婦で再び殺し合い


(……って、どっちも嫌ーーーーっ!!!)


 私は、ガンガン、と壁に頭をぶつけながら、解決策を考えた。

 でも、痛いばかりで何も思い浮かばない。


「……こうなったら、もう一度あいつを殺すしか……」


 その時、誰もいないと思っていた廊下から声が聞こえた。


「ふーん、誰を殺すんだ?」


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